徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第三十四話 やめろっつうんだ…。)

2006-07-06 23:13:14 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 籐のソファの上にちょこんと座ってノエルがぼんやりと物思いに耽っている。
喧嘩慣れしているノエルにとっても、エスカレーターの上から突き落とされるなどという体験は初めてで、少なからずショックを受けたに違いない。
そのままそっとしておいて西沢は部屋の扉を閉めた。

 「様子はどうだ…? 」

キッチンへ戻ると滝川がコーヒーカップを手渡しながら訊いた。 

 「さすがにちょっと応えたかな…。 
驚きが先に立ってるから…それほど怖かったってわけじゃないんだろうけど…。」

唇に触れたコーヒーの熱さに顔を顰めながら西沢が言った。 

 「実は…この件からはできるだけ距離を置くようにと関係者に対して勧告したところだったんだ。
下手に巻き込まれると脱け出せない…非常に危険で厄介な状況に陥る可能性があるんで…。 」

 それを聞いて滝川が眉を顰めた。 まさか…ノエルが…巻き込まれたと…?
そのとおりだ…と言うように西沢は頷いた。

 「ノエルだけじゃない…多分…亮も…だ。
発症した潜在記憶保持者と対戦するとこいつは敵だと彼等の意識の中にインプットされるらしいんだ。 
 おそらく他にも…誰かを助けようとしてそうなった者が何人か居るに違いない。
今のところ報告は来てないが…。

 敵と見做されればこちらが動かなくても向こうから襲ってくるわけだから…相手を識別できる…。
僕自身が囮になれば…誰を煩わすこともなく…ひとりで戦えば済むことだと考えていたんだが…知らない間にノエルがすでにそうなってた…。

 相手の動きを止めるためには潜在記憶を消すか…封じる…それでも情報は未来へと引き継がれる…終わりのない戦いに突入…ってこと。 
ノエルや亮にそんな戦いはさせたくない…けどな…。 」

 またまた…馬鹿なこと考えるなよ。
滝川は慌てて牽制した。 
  
 「紫苑…成り行きでなっちゃったもんは仕方ないとしても…わざわざ自分から囮になることはない…身動きが取れなくなるぜ…。

 こうなったら…ノエルや亮を囮に使わせて貰おうぜ…囮って言葉は聞こえが悪いけどな…。
どの道…黙っていてもふたりは襲われる。 
なら…ふたりを護るのと相手の記憶を消すのとで一石二鳥だ…。 」

滝川の言いたいことは分かってはいるが…ふたりを使うことには躊躇いがあった。
本心は…滝川にでさえ…危ないから離れてろと言いたいくらいなのに…。
  
 「僕やる…! 」

不意にノエルが寝室から飛び出してきた。
 
 「紫苑さん…僕を囮にして…。 大丈夫だから…。
いつもいつも護って貰うばかりじゃ…喧嘩ノエルの名折れなんだ…。 」

おお…頼もしいお言葉…。 滝川は笑った。

 「な…紫苑…おまえが心配する気持ちもよく分かるが…ノエルの中ではやっぱり男の性格の方が勝ってる…。
それは抑えるべきじゃないんだよ。 」

 そんなこと…分かってるさ…。 
やるせない眼でノエルの嬉々としてはしゃぐ姿を見つめた。

 紫苑ちゃん…なんでもひとりで背負い込んじゃだめだよぉ…。
滝川の猫なで声が久々に西沢の背筋を逆撫でた。

やめろっつうんだ…その声…!



 御使者会議…それは全国の御使者の代表格が集まる席で顔も拝んだことのないような雲の上の人たちの集まり…まだ御使者となって二年も経たない西沢としては何故自分がそこに呼ばれたのか見当もつかなかった。
 
 西沢を囲んでいるのは親ほども年齢の離れた実力者ばかりで…さすがの西沢も気後れがしていた。
 御使者の地位は、家格とはまったく無関係に決められているらしく、有が総代格の三人の中に入っていることを初めて知った。

 忙し過ぎて…なかなか家に帰って来られないわけだ…。
親父が御使者だってことを知らない亮には事情を話せないものなぁ…。

 代表格がそれぞれ地域の現在状況を報告しているのをぼんやりと聞いていた。
どう考えてもここは場違いで居心地が悪かった。
桂のメロメロな恋愛ものの挿絵を100枚描けと言われた方がまだましだった。

 「ところで…特使…例の件だが…。 」

御使者長が西沢に向かって声をかけた。周囲の眼が一斉に西沢に向けられた。

 「特使…? 聞こえなかったかね…? 」

西沢がまったく気付かない様子なので隣に居た御使者が…呼ばれてるよ…と教えてくれた。

 「えっ…特使って…? 私のことなんですか…? 」

西沢の如何にも当惑した様子に周りがぷっと吹き出した。

 「そうだよ…知らなかったのかね…? きみは宗主より使わされた御使者の中でも特別な立場にあるんだよ…。 」

さすがに御使者長…笑いを堪えながら言った。

 「全然…伺ってません…。 」

 相庭がわざと教えなかったのですよ…。 有が苦笑しながら事情を説明した。
話せば必ず断るでしょうから…。

 ああ…なるほど…。 
御使者長はそういうこと…と頷きながら西沢を見つめた。 

 初めて聞かされた話は驚くべきものだった。
有の長子である西沢はもともと一族の主流の血を引くが、数代に亘って同族以外の者との婚姻が続いたために本家とは少し関係が薄れている。

 宗主は前回の西沢の功績を高く評価し…本家を名乗ってよいという許可を与え…つまり本家の者であると認めたのだ。
それで宗主特使のひとりとして扱われるようになったらしい。

 全身から血の気が引いた…。
気にエナジーを抜かれるよりももっと深刻だった。

そんなもん…務まるわけがないっしょぉぉぉ~!

 「申し訳ないんですが…下っ端の使いっぱしりでまったく構わないんで…それ…お返しできないでしょうか…? 」

 西沢が恐る恐る申し出るとあたりが一瞬シーンとなった。
会議場は笑いの渦に巻き込まれた。

 「紫苑…面白い奴だ…。 権威は望まんと言うのか…?
まあ…その齢で重職というのは不安なこともあるかも知れんが…なに…困ったことがあればここにいるみんなが手を貸してくれる。 」

 新参者の西沢が自分たちと同列に扱われていると言うのに…どういうわけか周りの代表たちはにこにこと穏やかな笑みを浮かべて頷いていた。

 「みんなおまえに命を救われたものたちだ…。
あの時…おまえが楯となって死に瀕する苦しみの一分一秒を耐えてくれなかったら我々は…今ここにはおらん。
 みんな死に絶えておる…。
だから誰にも遠慮することはないのだ…有り難く宗主のお言葉に従え…。 」

御使者長は孫を諭すように優しく語った。

 知られていた…。 西沢はようよう気付いた。
みんな…身体中のエナジーを抜き取られる無様な姿を見ていたんだ…。
ぼろくずのようになった惨めな僕を…。

 突然…西沢は椅子から降りて床に正座し両の手をついた。
御使者たちは何事かと驚いて西沢を見つめた。

 「私がみなさんを救ったのではありません…あれは多くの方々の思いの力です。
もはや死を目前に動くことも適わなかった私に…それでもなお生き延びようとする気力を与えてくださった。

 私こそ感謝すべき立場なのです。 その気持ちをいつどのようにお伝えするべきかと思案しておりました。
ここにこうして生きて在る幸せを…心より有り難く思い…皆さまに厚く御礼申し上げます…。 
どうか…他のお仲間にも紫苑の気持ち…お伝えくださいますように…。 」

 ずっと伝えたかった想い…助けてくれた人たちへの感謝の心…。
やっと御使者仲間にだけでも伝えることが出来た…。
ほんの少しだけ肩の荷を降ろせたような気がした。
 
 平伏する西沢の傍らに居た御使者がわざわざ膝を突き…西沢の手を取って顔を上げるように言った。

 さあ…椅子に戻って…。
ご覧よ…紫苑…みんなきみを待っていたんだよ…いつ会えるかって…ね。

 西沢が顔を上げると御使者たちが一斉に集まってきた。
彼等が持っているのは…滝川が撮った西沢の写真集やモデルを務めた岩島のアンソロジー…西沢のイラスト集やエッセイ集…。

 これにサインくれる…? 娘が大ファンでさ…私もエッセイはよく読むんだよ。
あ…僕にも…息子への土産にするから…って…実は僕もイラスト集揃えてんだ…。

 いやあ…俺は個人的には滝川の趣味の写真が好きだなぁ…不思議世界で。
私はこっちの写真集にお願い…できたら岩島の方にも…。

 西沢は言葉を失った。眼の前の現象がよく飲み込めなかった。
なんで…御使者会議で…サイン会…?

 嬉しくはあるけれど…笑顔が引きつった。
まあ…一応歓迎されているような…気はするんだけど…。

 「おいおい…御使者諸君…気持ちは分かるけれど後にしてくれ…。
会議が終わったらゆっくりとサイン会して貰えばいいから…。 
紫苑…それでいいかな…他に予定はない…? 」

 総代格のひとりがそう声をかけた。
良いも悪いも頷くしかない…笑え…紫苑…。
何だか狐につままれたような気持ちでめまいがしそうだった。

 しかし…さすがに御使者代表格の集まり…会議が再開されると態度が一変する。
ヤジばかりのどこかの会議とは大違い…。
身体を張った厳しい世界に生きている彼等は真剣そのもの…。

 特使西沢は…現在までのHISTORIANと潜在記憶保持者の状況を述べ…先に出した勧告について詳しく説明した。

 他の御使者の話ではやはり…既に敵とインプットされてしまった者が出始めているらしく対処の方法が分からずに四苦八苦しているということだった。
 何しろ襲われている仲間を助けようとすると自分も敵視され攻撃を受ける…どんどん広がれ犠牲者の輪!…なんて冗談では済まない。

こうなると…如何にHISTORIANが距離を置けと忠告してきたところで…もう手遅れ…。

最早一族をあげて対策に乗り出すしか取るべき道がなかった。






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