徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第四十一話 謎の業使い)

2006-07-21 21:35:55 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 案の定…玲人が西沢の熱を下げたことについて滝川はいい顔をしなかった。
夕刻になって再び熱の上がり始めた西沢の治療をしながらぶつぶつと文句を並べていた。
 簡単に下げたりしたら逆に長引くんだよ…。
頃合いってものがあるんだから…。

 「そう言うなよ…。 悪気はないんだ…。
玲人は…僕がつらそうにしてたんで…楽にさせたかっただけさ…。 」

病人に文句を言っても仕方がないので、滝川もそれ以上は何も言わなかった。

 ノエルがガラスの水差しに氷水を満たしてきた。
心配そうに覗き込むノエルの頭をくしゃくしゃっと撫でて、大丈夫だよ…と西沢は笑った。
 
 「ごめんね…紫苑さん…。 僕が何もできないから…紫苑さんに負担かけてばかりで…。 疲れちゃったんだね…。 
何もかんも亭主にやらせる馬鹿が何処に居るんだって…親父に怒鳴られた…。 」

 何言ってんの…慌てて脇から滝川が口を出した。 
ノエルのせいなんかじゃないんだから…。

 「親父さんに何言われたんだか知らないけれど気にしなくたっていいよ。
紫苑は昔から自己管理がなってないんだ。
不摂生で年に何度かはぶっ倒れる…年中行事みたいなもんだ。
 ここんとこちゃんと食事摂れてるから貧血で病院行きはなくなったけどな。
それだって…ノエルのお蔭だぜ…。 」

 事故以来…ノエルは父親の言葉に過敏に反応する。
全然気にしていないように見えて、実際にはひどく傷ついていたりするので要注意…。
下手するとせっかく治りかけている自虐行為が復活してしまう…。

 「ノエル…僕の生活は今までと全然変わってないんだから…ノエルのせいなんかじゃないってことくらい分かるだろう…?
風邪だよ…。 心配ないよ…。 」

 どうということもないただの発熱なのに、なぜかやたら不安がるノエルを見て、西沢はノエルの症状が悪化するのではないかと気が気ではなかった。
見た目は変わりないようだったけれど…。



 世界中で燻っている火種は少しずつその勢いを増し始めている。
和平を口にしたそばから銃弾が飛び交い…日に何十何百の人が命を落とす。
彼等は何のために殺されなければならなかったのか…?
指導者でもない兵士でもない…ただ毎日を懸命に生きているだけの人々…。

 価値観の相違とは超えられない壁なのか…?
受け入れるとか認めるとかが不可能だとしても許容できないものなのか…?
 いくら問題解決に奔走しても相手にこちら側の価値観を押し付けているだけでは解決にはならない。反感を買うだけだ。
  
 「女性のスカーフ一枚のことでも生きる死ぬの問題に発展する国だってあるんだからな…。
爆弾落としてテロリスト叩けば済むって問題じゃないんだよ…。
その後こそにデリケートな課題山積ってわけで…。 

 どちらも相手の価値観を尊重しようとは思ってないから…何処まで行っても平行線…交わる時にはまたドンパチが始まるってことだ…。 
調停する側も調停される側も自国の利益を最優先したいのが本音だしな…。」

 まあ…親しい仲でも相容れないことはいくらでもあるから…。
まして…国と国なら背負ってるものも複雑だから…なかなか上手くはいかんだろうな…。

 焦げすぎのトーストを軽くスプーンで削って…西沢も滝川もたっぷりとマーガリンを塗り…ひと口ごとにコーヒーで飲み下した。

 ノエルはふたりの様子を伺いながら…自分もバキバキのトーストを齧った。
目の前にはトマトと胡瓜のサラダ…胡瓜のトマト和えと言った方が当たっているかも知れないが…と目玉のなくなった扇形の目玉焼きが並んでいた。

 智哉に怒られたせいか…ノエルは何とか早起きして朝食の用意をしてみた。
お世辞にもおいしそうには見えないけれど…西沢も滝川も文句ひとつ言わないで食べている。
 
 「目玉焼き…醤油と…ソースと…塩…マヨネーズ…どれが一番かな…。 」

何気なく滝川が言った。
 醤油が好きだけど…ソースも悪くないなぁ…と西沢が答えた。
僕も醤油だな…滝川は言った。

あ…僕…カレーが好き…。

カレー…? 
学食でさ…インデアン・スパに目玉付いてくるんだ…。
  
お~それ今度やってみよう…。 

 他愛のない会話でも楽しけりゃどんな食事も美味しく頂ける。
パンが焦げ過ぎていようがトマトが潰れていようがそんなことは問題じゃない。

 西沢家の離れの部屋でひとりだけ…家族と離れて食べる食事の味気なさ…。
どれほど手の込んだ豪華な料理でも西沢家のペット紫苑にとって…それは餌みたいなものだった。
 何年も何年も…。
どんな腕っこきの料理人がこさえても餌は餌…ノエルの崩れた目玉焼きの方がずっと美味しい。

 西沢の養母は西沢を娘だと思っているようなところがあって、中学まで女装を強要していただけでなく料理などの家事をも教え込んだ。
 西沢自身も高級な餌を食べたくない一心で料理を覚えた。
少なくとも自分で作ったものだけは餌じゃない…そう思えたから…。

 滝川はまだ駆け出しの頃…経済的に支えてくれた妻のために…せめて食事ぐらいは…と作り始めた。
滅茶苦茶下手くそな料理でも…和は喜んで食ってくれたからな…。
 恭介…これめちゃ美味しいわ…おかわりしたいなぁ…なんて言われると、おっしゃぁ…また作ったるわ…なんて…その気になっちゃったりしてな…。
 滝川がすっかり腕を上げた時には…もはやどんな料理も食べられなくなっていた。
ごめんな…和…いい思いさせてやれなかった…。
何年経っても和を思うたびに胸は疼く。

 だから…いいんだよ…ノエル…美味くったって不味くったって…きみが一生懸命作ってくれたものに誰も文句なんか言わないよ…。
だって…僕等にとって一番のご馳走は…そこにきみが居ることなんだから…。
 


 霙雑じりの雨がアスファルトを濡らしている。
雪になるか…と…重たそうな空を見上げながら須藤は思った。
来客用の外の駐車場から西沢のマンションへは細い道路一本渡るだけだが、シャーベット状にぬかるんだ道が実に気持ち悪い。
正面玄関に置かれた靴拭いで丹念に靴を拭った。

 エレベーターを降りてすぐ301号室への案内を間違えないように確認する。
部屋同士が番号順に横並びになっていないから、ひとつ間違えたら全然違う部屋にたどり着くことになる。 

 玄関の扉の前で須藤は三宅に出会った。
三宅は丁寧に挨拶しながらこの前襲われた時に助けて貰った礼を述べた。
三宅とは遠い親戚だが実際に会うのはこれが二回目だ。

ふたりの後ろからぜいぜい息を切らしながら小奇麗な女の人が近付いてきた。
 
 「あのぉ…301号はここで宜しいのでしょうか? 
いまさっき…階段を間違えたらしくて303号へ行ってしまって…。 」

田辺先生…と三宅は驚いたように言った。

 「あら…三宅くんだったの…。 」

こちらは…と三宅は須藤、田辺それぞれを紹介した。

 玄関の扉が開いて中から西沢が顔を出した。
ようこそ…と言いながら三人を部屋へと招きいれた。

 居間には滝川と亮…キッチンの方にノエルが居た。
それぞれが軽く挨拶と紹介を済ますと西沢が三人にわざわざ足を運んでもらった詫びを述べた。
外でできる話ではないので…と…。

 「亮…元気にしてるの…? たまには顔を見せなさい…。 
お祖父さまも心配してるわ…。 」

 田辺は甥である亮を気遣った。
うん…大丈夫だよ…何とかやってるからさ…亮はそんな当たり障りの無い言葉で誤魔化しておいた。
もともと居なかった人だから…なんてことは嫌味みたいで言えない。

 ノエルがコーヒーを運んできた。
久しぶりにノエルの表情を見て須藤は何となく以前と変わったように感じた。
 何処がと言われても説明のしようがないのだが…。
態度だけは相変わらずなので思い過ごしかとも思った。

 「それで…西沢先生…お話しとは…? 」

 田辺が最初に切り出した。 
みんなの目が一斉に西沢に向けられた。

 「三宅くんを襲っている連中について…いろいろ調べてみたのですが…彼等の発症の引き金となった古代遺跡には人為的に潜在記憶を呼び起こさせる細工がなされてあったのです。
それもここ一年~二年くらいの間に仕込まれたものでした。

 それを細工したのは相当に力のある業使いで…しかもかなり遺跡に詳しい人物だということが分かりました。
海外にまで力を及ぼすことができるほどの大きな力を持っている業使いです。
どなたか…お心当たりの方をご存知ないでしょうか? 」

 三人は顔を見合わせた。
海外にまでか…と須藤が呟いた。

 「力のある業使いのことなら…父か兄に聞けば分かるかもしれないけれど…遺跡に詳しいかどうかは…あのふたりにも分からないと思うわ。 」

田辺が自信なさげに言った。

 「私は家門から離れているので…自分以外の業使いについてはあまり知らないんですが…その業使いはこの辺りに住んでいるのですかな…? 」

須藤がそう訊ねると、西沢は…そう考えていいと思います…と答えた。

 「この地域のある公園で細工を試した痕跡があるのです。
特に有名な公園でもないので他の土地から来てわざわざ細工してみるなんてことはしないと思います。
 せいぜい…この地域か周辺の県…県の範囲までいくかどうか…。
勿論…通りすがりに試したということも考えられなくは有りませんが…ね。 」
 
 う~んとふたりの業使いは唸った。
心当たりと言われてもなぁ…。

 「三宅くんは…どう…? 」

西沢はまるで蚊帳の外と言った観の三宅に振った。

 「えっ…僕ですかぁ…? いやあ…業使いなんてまったく…知らないですね。」

業使いなんて…僕が知るわけないじゃないか…とでも言いたげな口調だった。

 「ことは急を要します。 このまま行くとその業使いはとんでもない相手と戦わざるを得ないことになります。
とてもひとりで戦って敵う相手では有りません。
下手をすれば本人だけでなく家族までを巻き込んで…跡形もなく存在すらもしなかったように消されてしまう可能性があります。

 知らん顔して放っておけばいいことかもしれませんが…何人もの同族がすでに巻き込まれています…。
全国的に見ればかなりの能力者が巻き込まれているでしょう…。
その業使いの家族ではないにせよ…巻き込まれた能力者たちの命だって成り行きでどうなるか分かったものではない。
放っておくわけにはいかないのです…。 」

 三宅の顔色が変わった。 家族の…命…。 西沢の顔を見つめた。
そうだ…と言うように西沢は頷いた。

自分だけでは…済まないんだよ…。
三宅を見つめ返すその目がそう語っていた…。









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