徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第三十七話 本当にチャレンジする…?)

2006-07-12 18:10:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 ぶらぶらと夕闇の迫るの中心街をひとり遊歩する…。
あっちの店こっちの店を覘きながら…ぶらぶら…歩く…。
楽しげな音楽と色とりどりのイルミネーション…。
もうじきノエルの生まれ月がやってくる…。

 去年までの野良猫ノエルとは違う…。
ちゃんと居場所がある…ノエルの帰るべき家がある…待っている人が居る。 
すごく安心なのに…すごく不安…。

 ひと際目立つ可愛らしいディスプレイ…飾られたウィンドウの中のあどけない天使たち…小さなひらひらのドレス…小人の靴…ふわふわな毛糸のセーター…イチゴの飾りの手袋…カラフルなボンボンのついた帽子等々…。

 だめだよ…ノエル…望んだってどうにもならない…。
だけど…だけど…紫苑さんは0%じゃないって言ったよ…。
そんなの…嘘だよ…。

 亮のお父さんが言ってたじゃない…。
ノエル自身が望むのでなければだめだって…紫苑さんのために…なんて考えちゃいけないって…。
だって…他の事だって僕…何も出来ない…。

 しばらくぼんやりと見つめてから…ノエルはまた歩き出す…。
ノエルは紫苑さんのために新しい生命の気を産んだじゃないか…?
それは…そうなんだけど…。

 無理無理…ノエル…きみはほとんど男の子だもの…。
それに…女の子になりたいわけじゃないのに…そこんとこだけどうにか…なんて虫が良すぎるよ…。

 やがて…繁華街を外れて…恋人たちの集う公園へと差し掛かった。
空いている小さなベンチに座った。

 ぼんやりと街の灯を見つめる…。
紫苑さん…心配してるかなぁ…黙って来ちゃったから…。

 不意に何かふわっとした温かいものがノエルを包み込んだ。
かなり久しぶりのその感覚をノエルは懐かしく思った。

 「随分…久しぶりじゃない…? もう僕のところへは降りてこないかと思った。
紫苑さんと直接話せるようになったんでしょう…? 」

 我が化身よ…。
えらく気が沈んでいるな…? 
また…死神に取り憑かれたのか…?

 「まさか…。 そんなんじゃないよ…。 
前よりずっと幸せだもん…。 」

 では…我が子と仲違いでもしたか…?
人間にはよくあることらしいが…。

 「我が子…って紫苑さんのことかな…?
違うよ…喧嘩なんかしない…。 」

ふうん…。

 首を…首というものがあればだが…傾げながら…ノエルの身体を調べていた。
もう…こんなところで触んないでよ…太極…。
みんなには見えないんだから…ひとりで妙な声あげたりしたら変態じゃん…。

 我が化身よ…。
太極誕生の時を思い浮かべてみるといい…。
紫苑の言葉も…強ち嘘ではないと分かるだろう…。

 求める答えは…多分そこにある。
後はおまえの運次第ということだ…。

 「太極誕生の時…? 」

 我が化身の幸運を祈るとしよう…。
太極は微笑むと…微笑んだように思えただけだが…静かに消えていった。 




 気が付けば…周りは熱々の恋人だらけ…ではなかった…。
ノエルはぐるり…誰とも分からない連中に取り囲まれていた。

 「ゾンビみたい…。 」

 夢遊状態の男たちに囲まれて…少し気味悪く感じた。
能力者は…居ない。
倒すのは簡単だけど…記憶の操作は…どうしようかなぁ…。

 「ま…テキト~でいっかぁ! 」

 男たちがノエル目掛けて一斉に襲い掛かってきた。
公園に居合わせた女性たちが悲鳴を上げた。何組かのカップルが恐る恐る遠巻きに見ていた。
 周りから見ると何人もの男たちが女の子を襲っているように見えたらしい。
お巡りさん呼んで! 誰かあの子を助けてあげて! あぶな~い!

 が…女の子強い! あっという間に二~三人ぶっ倒した。
へへ~んだ! ど素人なんかに負けるかぁ!

 さすがのノエルも梃子摺ったのは…何か格闘技をやっているらしい二人…。
動きも速いし拳も硬い…蹴りも強そうだ。 

 けど…協調性に欠け~! 
夢…潜在記憶…に浮かされている彼等はどうやら細かい共同作業は苦手らしい。 

消えろ!

ノエルはしつこく襲ってきた男の額に触れると男を動かしている潜在記憶に向けて気を放った。

在るべき姿に戻れ! 
  
 何をどうしたのか自分でも分からない…が…次の瞬間…男は正気に戻った。
同じように二人目…三人目…すべての発症者に気を放った。

 男たちが正気に戻るや否や…ノエルは身を翻して闇の中へ姿を消した。
野次馬に顔を覚えられる前に退散…!

 向こうの方で誰かが手招きしている。
怜雄だ…どうして…?
待っていた怜雄と合流してそのまま通りの向こうまで走った。

 運転手つきの高級車が待っていた。
後部座席に腰を下ろすとふわんと身体が沈み込むような気がした。

 「友だちと飲む予定だったんだけど…急にキャンセルになってさ…。
丁度…あの公園の前の銅像のところで待ち合わせだったんだ…。 」

 あ…そうか…待ち合わせスポットだもんね…あそこ…。
ふうっと息を吐いた。 気が晴れたな…ちょっと暴れたから…。
 
 「強いなぁ…ノエル…聞いてはいたけど…紫苑と比べても見劣りしないよ。 」

 おっ…嬉しいお言葉…。
怜雄に賞賛されて満更でもなく気分がいい…。

 「あ~! 紫苑さんに連絡入れなきゃ…。 」

 紫苑…? 紫苑にならさっき知らせたぜ…街のど真ん中で大暴れしてるって…。
今頃…心臓止まって真っ青かもな…。 

 うわ~…怒ってるだろうなぁ…狙われてるから…ひとりでウロウロするなって言われてるのに…。
さっきまでのいい気分は何処へやら…一瞬にしてへこんだ。

 車のウィンドウから流れて見える街の灯を眺めながら…ぼんやりと怜雄の話に耳を傾けていた。
間もなく西沢の待つノエルの家に到着すると言う頃になって…ようよう太極の言葉を思い出した。

 「ねえ…怜雄…太極が誕生する時ってどんなふうだったと思う? 」

 太極が誕生する時…? 何でまた…そんなこと考えたんだい…?
怜雄は不思議そうにノエルを見た。

 「思い浮かべてみろ…って太極に言われたんだ…。 」

 ふうん…それは多分…無から有が生じる時のことを言ってるんだと思うよ…。
宇宙創世の時という意味だな…。



 運転手つきの高級車は滑らかにマンションの正面玄関前に停まった。
怜雄は紫苑のマンションに寄っていくからと車を先に帰した。
西沢本家は眼と鼻の先だから歩いても高が知れている。

 ただいまぁ…。 玄関の扉を開けてノエルが言った。
西沢がゆっくり姿を現した。
 ノエルはちょっと上目使いに西沢の顔色を窺った。
西沢は…いつものようにノエルの髪をくしゃくしゃっと撫でただけで…別段…何も言わなかった。

 約束した友だちとは惜しくも遊べなかった怜雄だが…西沢や滝川を相手にノエルの武勇伝を面白おかしく語って聞かせてご満悦だった。

 「正気に戻した…? ノエルが…? 」

 西沢は思わず滝川と顔を見合わせた。
その場の間に合わせで大皿ふたつにデンッと盛られた料理を、如何にも美味そうにつつきながら…そうだよ…と怜雄は頷いた。

 「ノエル…何をしたか…自分で覚えているかい…? 」

大好きな卵巻きにかぶりついていたノエルは…分かんない…と首を振った。

 「テキト~にいらない記憶を消したような気がするけど…。 」

 テキト~って…おい! なんちゅう危ないことすんの!
大事なもん消しちゃったら…どぉすんだよ!
西沢も滝川も思わず冷や汗をかいた。

 「どうして…いらない記憶だって分かったんだ…? 」

滝川が怪訝そうに訊ねた。

 「だって正気じゃないんだから…表に出てる記憶はいらない記憶でしょ?
本当の記憶の方は眠ってるんだから…。 」

 事も無げにノエルは答えた。
あ…まあ…そう言ってしまえば…そうかもな…。
随分乱暴な…解釈だが…。

 「在るべき姿に戻れ~って…そんなこと思ったような気がする…。 」

 ん~美味~紫苑さんの卵巻き最高~。
あ…それ恭介ね…。  

 「とにかく…ノエルには発症者を正気に戻す力があるようだ…。
怜雄…ノエルがどんな力を使ったか分かるかい…? 」

 ちょっと待って…。 
怜雄は探るようにノエルを見た。

 あ~この肉団子もうまぁい…先生って天才!
紫苑だよ…団子は…。

 「う~ん…。 相手の記憶中枢に何らかの刺激を与えたんだろうけれど…僕にもよくは分からないなぁ…。 
強いて言えば…おまえが見ているのは悪夢だから消しちゃいなさい…って暗示をかけて相手自身に消させたというところか…。 」

 それだ…と西沢は直感した。
添田が白昼夢の中で夢の誘導を否定したことで発症を免れている。
ノエルはもともと添田と同族だから本能的に似通った方法を取るのかも知れない。

 「ところで…紫苑…立ち入ったことを訊くが…避妊してるのか…? 」

はぁ…? 西沢が訊き返した。 突然…何を言い出すの…この兄貴は…。

 「いや…何ね…ノエルが…随分と気にしてるもんだからね…。
気付いてるんだよ…。 おまえがセーブしてるの…。 」

突然俯いてしまったノエルを西沢は慌てて振り返った。

 「怜雄…黙っててよ…。 いいんだよ…そんなの…。
僕の身体じゃ…無理なんだから…。 そのくらい…分かってるもん。 
 ただ…ちょっとがっかりしただけなんだ…。
結婚したんだから…チャレンジくらいはできるかなって思ってたんだけど…。 」

 涙がこぼれそうだった。
求めてはくれるけど…与えてはくれない…。 優しいけど残酷…。
 ノエル…我儘言っちゃいけない…よ…。 
これ以上優しい旦那さんが何処に居るんだよ…贅沢言ってんじゃない…。

 「誤解だ…ノエル…。 紫苑はね…きみが…いずれ… 」

 恭介…西沢は擁護しようとする滝川の言葉を遮った。 僕が悪いんだ…。
滝川の言おうとした言葉を読み取って…怜雄は…驚いたように西沢を見た。
軽く微笑んで西沢は頷いた。

 「ごめんな…。 ノエルはまだ二十歳だし…学生だから…お母さんになるのは少し早いかなって思ってたんだ。
 話しとけばよかったね…。 ノエルがそんなに悩むとは思わなかったから…。
分かった…チャレンジしてみような…。 」

 ほんとに…? ほんとにチャレンジする…? 
ノエルの顔が輝いた…嬉しそうに訊いた。
西沢が笑いながら頷いた。

 「ねえ…怜雄…太極がくれたヒントなんだ…。
太極誕生の時を思い浮かべろって…。 」

 えっ…ああ…そのことね…。
思わぬ西沢の本心を垣間見て怜雄は動揺したが…何とか気を立て直した。

 それはね…多分…この宇宙が誕生した時のことを考えて見なさい…という指示だと思う…。

 ちょっと…難しいけれど…できるだけ簡単に話そう…。
手近にあったビールを水のようにぐいぐいっと飲み干して…怜雄は何から話そうかとしばし考えた…。
 





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