徒然なるままに…なんてね。

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ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第四十三話 ばれた…。)

2006-07-24 21:16:18 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 そのプログラムはすでにどこかに存在するのかも知れず…或いは今…母の胎内に宿りつつあるのかも知れず…逆に死の床を迎えようとしているのかも分からず…把握できないことに焦りは感じるものの…これと言って取っ掛かるものがない。

 特使西沢にしてみれば解決策のない状態は自分が無能であることを曝け出しているようなもの。
愉快なことではないが…それもまた致し方のないことだ。
御使者仲間には発症者への対処の仕方を知らせておいたから…少しは犠牲者も減るかも知れない。

 午後一番で…相庭に渡すはずの原稿をカルトンの中にしまいながら…西沢はふと玲人のことを思った。
ひと言の文句も言わず…西沢のためにもくもくと働いてくれている。
赤ん坊の時から兄弟のように親しく過ごしてきたのに…使用人だなんて…どうしてそんなことを…。

 カルトンをテーブルに置くと西沢は寝室の方へ向かった。
寝室の作り付けの棚の扉を開けると小さな箱を取り出した。
それはチョコレートか何かの箱で相当に古いものだった。

紫苑…ほら…内緒だよ…。

 養母から厳しく栄養管理をされ、無断での飲食を禁止されていた西沢にそっと差し入れてくれた物のひとつだった。
自分が父親から買って貰った菓子を秘かに西沢のポケットとかに入れてくれる。

 一度に食べちゃだめだよ…紫苑。
少しずつならばれない…食べたらすぐに歯を磨いちゃうんだ。

 父親の相庭は気付いていたんだろうが見て見ぬ振りをしていた。
怜雄や英武も養母に隠れてよく菓子などを分けてくれたが…彼等の場合には監視がついているのですぐにばれて取り上げられた。

相庭が知らん顔していてくれたから…玲人の菓子だけはいつも無事だったよな…。
箱を手にとって眺めながら西沢は思い出し笑いをした。

 僕の自己管理がなってないのは…あの頃の反動かもな…。
不摂生にそんな都合のよい理由付けをしておいて、西沢は箱を元の棚へ置こうとした。

 「何すか…それ? えらい古い箱じゃありませんか…。 」

 出し抜けに玲人の声がした。
おまえはぁ…鍵はいいからノックぐらいしろよな…。 心臓に悪い…。

 「おまえがくれた菓子の箱だよ…。 20年くらい前のさ…。
おまけが気に入ってたんで…とってあったんだ。 」

 へぇ~先生も物持ちがいいや…。 ま…差し上げた本人としちゃそこまで気に入って頂いて光栄と言えば光栄ですな…。

玲人は薄ら笑いを浮かべた。

 「感謝してるんだぜ…これでも…。 
おまえが傍に居てくれたから…嫌なこともやり過ごせたんだ。
 そうじゃなきゃ…あんなドレスだのリボンだの…絶対我慢できなかった…。
俺は女じゃねぇって…何度…爆発しかかったか…。 」

 紫苑…きみが男の子だって僕…分かってる…。
ちゃんと分かってるからね…。
 でも…お仕事だから…玲人のお人形でいてくれる…?
お人形になったつもりなら平気だろ…。

 玲人のお人形かぁ…。
いいよ…玲人のお人形に化けちゃう…。
それなら面白いかも…。

 「またまた…懐かしい話ですな…。 
よく…何とかごっごみたいにして…不機嫌な先生を慰めてましたっけ…。
我ながら知恵が回ったもんだ…。 」

 先生は…よせ…。 なんで…だよ…。 なんで普通に話さないんだ…。
玲人は使用人なんかじゃないよ…。 ずっと一緒に生きてきたんじゃないか…。
西沢が責めるような眼を向けた。

 「僕が何か…玲人を見下すようなことでもしたのかよ…? 
いつも偉そうな口きくから…気に障って怒ってんのか…? 
だったら謝るよ…。 そんな気はなかったけど…土下座でも何でもするよ…。 」

悲しげな眼で西沢が玲人を見つめた。

 「そうじゃない…そうじゃないよ…。 そんなことして欲しくなんかない! 」

玲人は思わず叫んだ。

分かってよ…少しは…。
喉まででかかった言葉を飲み込む…。 
紫苑には…ノエルが居る…恭介も…輝も…僕なんかもう…必要ないんだよ…。

 幼い時とは違う…。
傍に居たら…我慢できない…。
僕という人間の存在を拒絶されるのが…怖いんだ…。
何も言えずに俯いたまま…飲み込んだ言葉を腹に収めた。

 玲人…どうしたって…思えないよ…。
大好きな玲人のこと…使用人だなんて…考えられないよ…。

大好き…って…おまえは…よくそういうこと恥かしげもなく言うよ…。

 ふいに西沢の大きな身体が玲人を抱きしめた。
西沢に他意はなかったが…玲人にとっては起爆剤…。

ちょっと待て…それはまずいだろ…。

玲人は身をよじって何とか紫苑に背中を向けた。
西沢は思わず手を離した。

えっ…ええっ…?

いい加減気付けよ…鈍感。

 「玲人…おまえ…? 」

 下唇を噛み締めた玲人の頬が染まった。
そっかぁ…そういうことかぁ…。 西沢はほっとしたような笑みを浮かべた。
あはは…そうかぁ…。

 「笑いごっちゃねぇよ…。 」

玲人はへの字口で西沢を睨んだ。

 「迷惑だって言えよ…。 担当外れてやるから…。 
そうすりゃ…これまでみたいに親父がここへ来るよ…。 
その方がいいだろ…? 」

 それ…本気かぁ…玲人? つまんねぇこと言うなよな…。
せっかく遊び相手が増えようって時に…さ。
やたら楽しそうに西沢は言った。

遊びじゃねぇよ! 馬鹿にすんな!
玲人が怒鳴った。

 「じゃ…逃げんなよ。 ずっと傍に居ろよ…。
紫苑なんか飽き飽きした…もういらねぇって思うまで…ずっと…だ…。
もっとも…超浮気性の紫苑の傍でよけりゃ…の話だけど…。 」

おまえってばさ…。 言ってることが分かってんのか…?
呆れたような眼で玲人が西沢を見つめた。
勿論…と西沢は答えた。

ほんと…底抜けのお人好しだよな…。

西沢はにやっと笑った。
なあに…多趣味なだけで…ございまっさ…。



 人間には四つの性があると思っている…それは西沢がノエルに語って聞かせた持論だったが…今は…四つとは断定しきれないとも考えている。
 男女の他に両性と無性を加えて四つと考えていたのだが…人間の性というのはなかなか複雑で…それだけに止まらないような気もする。

 食と性とは人間が存在する上で避けては通れない本能的な欲望だが、本能ならば他の動物と同様…自然の物をそのまま食して…雄と雌で愛し合えば良いものを…人間だけはそうもいかないようで…実に多様。

 それでもそのすべてに…意味があるのだと西沢は思う。
気が多いだけじゃないかと言われりゃそれまでなんだが…。

 ま…いいじゃないか…楽しけりゃ…。
難しい理論はさておいて…お互いが満足ならそれでよし…さ。

 シャワーを浴びて…キッチンで水を飲んでいると玄関でノエルの声がした。
お帰り…と西沢は声を掛けた。
にやにや笑いながらノエルは西沢の腕を取った。

 「浮気したね…紫苑さん…。 この気配は玲人さん…だ。 」

 まあね…と西沢は笑った。
ねえ…玲人さん…どっちタイプ? 小さな声でノエルは訊いた。

 どっち…って僕を捕まえてそういうこと訊く…?
あ…ネコね…。

 てか…玲人初めてだから…さ。
えぇ~意外…紫苑さん今まで何してたの?

 何って言われても…そういう関係じゃなかったもんで…。
えぇ~それも意外…。
   
…どういう意味かな?

 不意に消え入りそうに身を縮めながら玲人が寝室から飛び出してきた。
そのままものも言わずに真っ直ぐ浴室へ飛び込んだ。

 やがてきっちりいつもの顔をして戻ってきた。
仕事部屋からカルトンを抱えて…。

 「何…今頃…カチカチになってんだよ…? 」

冷えた天然水の入ったコップを差し出しながら西沢が言った。

 何って…分かんないけど…。 玲人は一気に水を飲み干した。
思いっきりやばい夢見てたような気がしてさ…ぶるってるわけ…。

 「グラビア・アイドル系の奥さんに浮気ばれないといいね。 」

ノエルが冗談っぽくそう言って笑った。

 そいつはいいんだけど…何か…はまりそうで…。
クスッと西沢が笑った。
 はまってもいいけど…輝には気をつけろ…意地悪されるぞ…。 なっ…ノエル?
そうそう…怖いよ…輝さんの苛めは…。

脅かさないでくれる…。
いいよなぁ…ノエル坊やはやきもちを焼かないのか…。
 
 えへへ…日頃の行いが悪過ぎて…焼くに焼けません…。
それに…紫苑さんは優しいし…すごく大切にしてくれるもん…。

 「はいはい…御馳走さんでした…。 のろけ聞かされてんのもあほらしいから仕事に戻るわ…。 」

 そう言いながら玲人はふたりに背を向けた…。
紫苑…有難うな…。 玲人は昔のままの声で西沢に声を掛けた。
使用人やめて…同僚くらいには…なろうかな…。

そんなことを言いながら…いつものように飄々と去って行った。 

玄関の鍵を開けたままで…。







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