徒然なるままに…なんてね。

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続・現世太極伝(第四十四話 完全体の胎児)

2006-07-25 23:35:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 三宅が遺跡にかけた呪文を解いたのは須藤の許へ修行に通うようになってしばらくしてからだった。
何年もの間HISTORIANに協力している手前、急にすべての呪文を解除してしまうことには躊躇いがあったのだが、磯見のような過激なタイプが現れたことでHISTORIANにもこの計画に戸惑いが生じていた。

 当初はわざと自分たちを襲わせて、前以て邪魔者の動きを封じておくのが目的だったが、自分たちが思っていた以上に煩わしいことになって辟易していた。
 その土地の能力者に協力を求めたのだが、誰が書いたものか、上から渡された文書の内容に宗教色が濃過ぎたためにかえって信用されなかった。

 ただでさえ手が足りないところに能力者タイプの発症者がわんさか現れでもしたら…それらと戦うだけで手一杯になって本来の目的である完全体の検出とその行動の抑制ができなくなってしまう…。
それでは困るというので、三宅が呪文を解除することに、あえて反対する声も聞かれなかった。

 西沢が発症者の潜在記憶の除去や発症前の潜在記憶保持者がみる夢の誘導の否定・拒絶などの対処方法を伝えたことによって、御使者や添田のようなエージェントたちが動き…これで妙な事件は表向きは治まると思われた。

 ノエルも亮もエスカレーターの上から突き落とされる心配はなくなり…三宅も敵の完全体が現れない限りは安心して過ごせる筈だった。

 「それで…磯見はその後どう…? 」

 久しぶりに電話をくれた金井としばらく何気ない会話を楽しんだ後、西沢は銃で撃たれたと聞いている磯見のことを訊ねた。
添田に聞けば分かることだったが…自分が御使者でない時間に会いたいとは思わなかった。

 『お~それそれ…そのことなんだけど…添田から聞いたかも知れんがあいつ惚けた状態でその筋のお方にえらく絡んじゃったのよ…。
それで一発喰らったらしいんだけど…幸い命に関わるような怪我じゃなくてな。
 いま…リハビリ中だ。
何だか知らんが…意識もはっきりしてきて…もとに戻ったぜ…。 』

 何が幸いするかわからんもんだ…と金井はしみじみ語った。
良好良好…と内心西沢は思った。添田が磯見の潜在記憶を消したに違いない。
少なくともこれまでに発症した者たちについてはほとんど応急処置が終わったと言って良いだろう。

みんな…お疲れさん…。 西沢は陰の功労者たちに向けてそっと手を合わせて呟いた。

 電話が切れた後…西沢は買い物に出かけるつもりで戸締りを始めた。
クリスマスの食卓を飾る料理の材料を調達するために…。
 クリスマスはノエルの誕生日でもある。
外食することも考えたが…このところ少しばかりノエルの体調がよくないので西沢が腕を振るうことにした。

 何処がどうというわけでもないのだが…暇さえあればうつらうつら眠っている。
学校とバイトふたつを掛け持ちしているから疲れが溜まっているのかもしれない。

 玄関の鍵をかけようとした時に…実家の店に居るはずのノエルがふらふらと戻ってきた。

 「どうしたの…? 」

西沢は心配そうな顔でノエルを見つめた。

 「何か…めちゃ気分悪い…。 昼飯…全然だめで…。 
親父が帰って休んどけって言うから…。 」

 西沢はそっとノエルの額に手を当てた。熱は無いようだった。
急いで部屋に連れ帰り、胃腸の具合も確かめたが特にどうということはない。
流感のひき始めかなぁ…とも思った。

 「恭介が帰ってきたら詳しく診てもらうから…ゆっくり寝てなさい。
何か食べられそうなら…作ってあげるから…言ってごらん…。 」

 何も欲しくない…とノエルは首を振った。
やれやれ…ご馳走はおあずけだね…。 可哀想に…誕生日なのにね…。
西沢はそう言ってノエルの頭を撫でた。

 「ごめんね…。 」

 そう言ってノエルはうとうとと眠り始めた。
もう一度そっと頭を撫でて西沢は部屋を後にした。

 

 結局…治療師滝川にも理由が分からないまま…ノエルは元気だったり、突如、気分が悪くなったりの繰り返しで新しい年を迎えた。
精神的なものかも知れないが、何処か本当に身体の具合が悪いといけないので、再び巡ってきた流星の見える夜にも大事をとってマンションの星空観測会には参加しなかった。

 観測会の翌日…写真家仲間との撮影会を終えて鼻歌交じりに部屋へ戻ってきた滝川は、居間でつらそうに蹲っているノエルを見つけた。 

 「ノエル…気持ち悪いのか…? 紫苑は…? 」

 紫苑さん…仕事中だから黙ってた…。 僕…今…早引けしてきたとこだし…。
滝川は急いで胃や腸の具合を調べたが、何処がどうということもなかった。
いつもより念入りに腹部を探って…あっ…と思わず声をあげた。

 「ノエル…ノエル…これ…悪阻かもしれないぜ…。 」

 悪阻…? 悪阻って…あの?
どうして…ノエルは怪訝そうな顔をした。
滝川はにっこり笑ってノエルの御腹の一部分を指差した。

 「どうしてって…ほら…ここに小さい紫苑くんがいるからさ…。 」

 小さい紫苑くん…? ええぇぇ~! うそぉ! これ…赤ちゃんなのぉ~?
ノエルは素っ頓狂な声をあげた。 

仕事部屋の扉が開いて何事かと西沢が飛び出してきた。

 「何…どうしたの? ノエル…また気持ち悪いのか? 」

赤ちゃんだって…。 どうしよう…紫苑さん…産んでもいい?
どうしていいか分からない…そんな頼りなさそうな眼で西沢を見上げた。
はぁ…? 何のこっちゃ…という顔で西沢は滝川を見た。

 「おめでとう…パパ…。 まさに奇跡だぜ…これは…。 信じられん…。 」

 ゴクッと唾を飲み込んで西沢は驚いたような…それでいて温かい笑顔をノエルに向けて頷いた。

 奇跡としか言いようのないノエルの懐妊はあちらこちらで驚きと喜びの声を以って迎えられたが…西沢は手放しに喜んでばかりはいられなかった。

 ノエルの身体で果たして出産まで無事過ごせるかどうか…。
西沢家の主治医飯島院長の診立てはどちらかと言えば悲観的だった。
ノエルの未熟な身体では懐妊したのが不思議なくらいで…到底…胎児は育たないだろうとの説明を受けた。
無邪気に喜んでいるノエルには聞かせられない話だ…。

 それだけでも十分頭が痛いのだが…三宅の事件は表向き治まっているように見えてもまだ解決を見たわけではない。
 再び事が起こって…御腹に子どもの居る無防備な状態で襲われたら、ノエルが如何に喧嘩強かろうと無事では済まない…。

 「いい…? 絶対暴れちゃだめだよ…。 喧嘩は禁止。
赤ちゃんとノエルと両方の命がかかってるんだ。
名折れだなんて言ってる場合じゃないんだからね…。 」

 もともと女性であるという自覚のないノエルに妊娠中の心得を理解させるのも、逆に自覚できないまま妊婦になってしまったノエルの気持ちを察するのも、男である西沢には至難の業…。

 御腹に子どもが居てもまるっきり他人事のように受け止めているノエルは、西沢を始め、滝川や有ら治療師の指示する…あれはだめこれはだめ…にうんざりして爆発寸前。
これで胎児が育って思うように身動きが取れなくなれば大噴火間違いなし…。

 苛々をつのらせるノエルの精神状態を気遣ううちに…西沢自身の慢性的な疲労感もどんどん強さを増していった。



 眠れない…。 隣で泥のように眠る西沢の顔を悲しそうに見つめながら呟く。
少しでも西沢に触れて貰えれば落ち着くかもしれないが、西沢がひどく疲れていることを知っているから起こすような我儘はできない。
 何度も寝返りを打つが眠れない…。
まだ安定期に入らないノエルの体調は思わしくなく、やたら神経の立っているノエルはこのところ寝つきが悪い。

 ノエルはベッドを抜け出ると着替えてふらふらと外へ出た。
少し歩いたら眠れるかもしれない。
そんなふうに思った。

 こんな日に限って…先生も居ないんだから…。
月明かりで外は結構明るかった。
さすがに外気は冷えたけれど…それもかえって気持ちよかった。

 公園のベンチでぼんやり月を眺めた。
亮んちのクッションの海なら眠れるかなぁ…。 
明日…でかいの1個借りてこようかな。

 そんなことを考えた時、不意に、誰かが背後から近付いてくる気配を感じた。
ノエルが立ち上がろうとすると気配は急いでノエルを押さえ込んだ。

 「なにすんだよ! 放せよ! 」

 喧嘩はだめ…という言葉がノエルの脳裏に浮かんだ。
どうしよう…暴れちゃいけないんだ…どうしよう…。

ノエルを押さえ込んでいる者の傍で、もうひとり男が何やらぶつぶつ言っている。
 完全体か…? 
分からん…さっきまでそんな気配だったが…。

ノエルは逃れようと腕に力を込めた。
 こいつ小さいくせに馬鹿力だ…。 調べる間…眠らせていいか…?
仕方あるまい…。

いきなりズンッと脳天を突き抜けるような衝撃を受けてノエルは気を失った。

ぐったりしたノエルの顔を傍に居た男が改めてまじまじと見た。
 完全体ではないようだ…だが…不味いな…人違いだったかも知れん…。
この子は…確か…ショーンのところの媒介能力者だ…。
以前…首座とショーンの対話に利用させて貰ったことがある。 

そうか…それは申し訳ないことをしたな…。
二度と間違えないように印をしておいた方がいい…。
男は何かノエルの身体に細工をした。

 「おまえたち何をしている! 」

 鋭い声が背後に響いた。
振り向くといつの間にか西沢がすぐ傍まで来ていた。
ショーンだ! ひとりが叫んだ。

 「ショーン…済まない…。 人違いだった。 悪気はないんだ。 」

HISTORIAN…か。

 「ノエルを放せ。 ノエルに何をした? 」

西沢は慌ててノエルの傍へ駆け寄った。勢いに押されて男たちは思わず退いた。
ぐったりしたノエルを西沢は抱きかかえた。

 「軽い衝撃を与えただけだ…。 怪我はない…。 完全体の気配がしたのだ…。
この子が…知らぬうちに他人の気配を媒介してしまったのかも知れん…。 」

 怪我はないようだったが…衝撃が胎児にどんな影響を与えたかは分からない。
怒りが込み上げて来るのをぐっと堪えた。

 「僕の周りの者に二度と手を出すな…。 今度はただじゃ済まさん…。
たとえHISTORIANでも手加減はしない…。 」

 去れ! 西沢は怒りに満ちた眼でふたりを見据えた。
西沢の怒気のボルテージがぐんぐん上がってくるのが感じられて、恐怖を覚えたふたりは急いでその場を立ち去った。

 西沢はそっとノエルを抱き上げた。
ふと…男たちの言葉を思い出した。 完全体の気配…? ノエルが…。
 いや…ノエルじゃない…。
西沢はノエルの御腹に眼を向けた。

この子か…。

西沢は思わず息をんだ。








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