徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第三十八話 それ…変じゃねぇ…?)

2006-07-15 00:00:50 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 始まりは何にもない世界…。 天もなく地もなくただ混沌とした世界…。
混沌から太極が生まれ…その太極が動くと陽になり、動きが極まって静止すると陰となる…太極説だとそんなふうに表現されるかな…。

 「易経の時代によくこんなことを考えたなぁ…と僕なんかは感心する。
無から有が生ずるなんて現象…当時の人はどう説明してたんだろうなんてね…。
まあ…神話的に捉えていたんだろうから説明は要らなかったのかもな。 」

怜雄はまず…そんなところから話を始めた。

 「真空という言葉を聞いて…ノエル…どんなことを想像する? 」

問われてノエルはちょっと考えた。

 「空気も…何もないところ…かな…。 宇宙空間とか…。 
真空パック…空気入れないように密封するやつでしょ…。
あと…物理の実験…教科書にさ…真空状態で何とかってよく書いてあった。 」

すぐに思いつくだけ言ってみた。

 「さっきノエルは宇宙空間って言ったけど…空を見上げれば太陽や月やその他の星があって…今の宇宙が無の状態でないのは分かるよね。
 僕等が乗っかってる地球を始め…それら天体のもとになってる物質ってのが創生期にできて…それが進化して今の状態になったわけなんだが…。

 それじゃ…創生前の無の状態…というものを考えてみた時に…まるっきり何にもない状態でどうやって物質ができたんだろう…? 」

 何にもないところから…物質かぁ…。
マジックだね…まるで…。
でも…種があるんじゃない…?

 「ご名答…。 19世紀までは…この真空状態の空間は、何もない…何も起きていない場所だと考えられていた。
 けど…20世紀に入って量子論という考え方が出てくると、眼に見えないところにちゃんと種があるんだってことが分かった。

 ここで量子論についてごちゃごちゃ話したところで…意味ないから…省いちゃうけど…フォトン(光子)という粒子の集まり…電磁波だ。
他に電子とか陽子とか…そういった粒子もある。

 真空という状態は一見何にもないように見えて実はこれらの粒子の微小な波…振動に満ちているんだ。
ゼロ点振動って言うんだけどね…。

 物理学の講義じゃないんだから…ってまた怒られるから難しいことは置いといて、真空にこれらの波…ゆらぎがあればエナジーがあると考えられる。
このエナジーが物質化して進化した結果が今の宇宙…まあ…大まかに言えばそんなとこだ…。
 但し…今現在では真空のエナジーはほとんどゼロの状態だと言われているが…ノエルが知りたいこととは無関係だから…それはどうでもいいか…。 」

 エナジーの物質化…。
ノエルの頭の中で何度もその言葉が響き渡った。

 「僕の子宮は実際に生命エナジーを生み出した…。 
紫苑さん…できるかも…。 紫苑さんの言うとおりだね…。
0%じゃないんだ…。 」

 穏やかに微笑んで頷く西沢にノエルは無邪気な笑顔を見せた。
できるといいなぁ…ノエル…。
西沢が何気なく口にしたその言葉に怜雄も滝川も胸が絞め付けられるようだった。

 そのままみんなで和やかに談笑して過ごした後…帰宅する怜雄を見送るつもりで滝川は部屋の外に出た。

 「怜雄…ご両親には内緒にしておいてくれな…。
先のことはどうなるか分からないんだ…。 ノエルの心がどう変化していくか…。
ひょっとしたら…何事もなく…幸せに暮らしていけるのかもしれないし…。 」

そう願いたいな…と怜雄は溜息混じりに言った。

 「紫苑にはこれまで随分とつらい思いばかりさせてきた…。
西沢家がノエルとのことをあっさり認めたのは…長年…紫苑にしてきた酷い仕打ちに対する詫びのつもりでもあったんだ。
恭介…僕は…このまま紫苑がずっと幸せでいられるように祈るよ…。 」

そうだな…僕等には…祈ることくらいしか…してやれんからな…。

 それじゃ…お休み…恭介…またな…。
怜雄は軽く手を振るとエレベーターの中に消えていった。


 
 地下鉄の駅を出るとチラチラと白いものが舞いだした。
亮もノエルも思わず空を見上げた。
 
初雪だ…。

それは一瞬の儚い光景だったが…何となく浮き浮きしてお互いに顔を見合わせて笑った。

 亮がそのまま書店のバイトに入るので、ノエルはひとりマンションへ帰った。
谷川店長の気配りなのかどうか分からないが、このところノエルが担当する時間帯は早番が多くなり、結果としてあまりバイト料が入らなくなっていた。

 別に使う当てがあるわけじゃないからいいのだけれど…望んでもいないのに遅番を削られるというのもあまり面白い話じゃない。
やっぱり…そろそろ…親父の仕事手伝おうかな…。

そんなことを思いながら玄関を開けると…目の前にヒールの靴が揃えてあった。
  
 あれ…今日は紫苑さん居ないのに…輝さん知らないのかな…。
部屋の中には輝の好きなバラの紅茶の香りが漂っていた。

 「お帰り…ノエル。 今…お茶を淹れたところよ…。 召し上がれ…。 」

 輝はティーカップにお茶を注いだ。
ブランディはどうする…? 
 あ…ちょっとだけ入れる。
うふん…生意気…。

 「紫苑さん…今日は遅くなるよ…。 知ってた? 」

 知ってるわよ…。紫苑が居なくちゃ遊びに来ちゃいけない…?
んなことないです…僕は嬉しいけど…。
 
 「そうよね…。 たまには坊やも…おデートしないとね…。 」

 またまた…輝さん…。 
冗談よ…と輝は笑った。 

 「恭介のやつ…まだここに居座ってるのね。 困った男ねぇ…。
あなた…平気なの…? 川の字なんでしょ…? 」

新婚さんのベッドを占領するなんて…と不愉快そうに輝が訊ねた。

 なんとも思わないけど…居ないとかえって寂しいよ…。 
先生も時々遊んでくれるし…後から割り込んだのは僕の方だし…ね。
あっけらかんとノエルは答えた。
 
 「あなたも多情というか…遊び好きというか…まったく似たもの夫婦だわ。 」

 ノエルはくすっと笑った。 
嫌だなぁ…輝さんだって…好きなくせに…。

 あら…私は…今のところ紫苑とあなたの他に遊んじゃいないわよ。
あなたに比べりゃ半分じゃないの…。
輝は憤慨した。

 「そんなもん比べたってしょうがないよ…。 
大好きな人たちに囲まれているとすごく幸せな気分になるんだ。 
不道徳って言われりゃそうかもしれないけど…でも…赤ちゃん作るのは紫苑さんとだけって決めてるもん。 」

 あら…ノエル…私とは…? 
輝が不満げな声を上げた。
 えぇ…? 輝さん…子どもは要らないんじゃなかったの?
意外そうな眼を向けてノエルは訊き返した。

 「紫苑とは作らないってだけよ…。 要らないわけじゃないわ。
紫苑と私には複雑な事情があるけれど…ノエルとは別に何の障害もないもの。 」

輝はいつになく真面目な顔をして言った。

 「う~ん…でも…やっぱり…今はこっちが先だなぁ…。 
待てよ…そうしたら…とんでもないことになっちゃうよ。 
僕はお母さんで…お父さん…。 それ…変じゃねぇ…? 」

さすがのノエルも首を傾げた。

 「あら…いいじゃないの…。 他の人にはちょっとできない芸当だわ。 」

 さも可笑しげにくすくす笑いながら輝はノエルを見た。
いいわよ…待っててあげるから…ノエルがママになれたら…その次はパパになって頂戴よ…。

からかってんでしょ…輝さん…?

 からかってなんかいないわよ…。 待っててあげる…。
但し…あんまり待たせると…おばあちゃんになっちゃうからね…。



 西沢は再び倉橋家を訪れていた。離れの座敷にひとり座して…久継が現れるのを待っていた。
倉橋家から連絡が入ったのは今朝のことだった。久継と政直はどうやら家族旅行にでも出掛けていたらしい。
 業使いが襲われない理由を教えて欲しいと頼んだら、思い当たることがないわけではないが検討してみないと確かなことは言えないとの答えが返ってきた。
 
 西沢が…後日…また…と言いかけた時、久継の方から夕刻に会いに来て欲しいとの申し出があった。

 ひと口に業使いと言っても家門や流派が違えば業も呪文も異なるし、如何に久継が物知りであっても…簡単にこれこれこうです…と説明できるようなことではないのかもしれない。

 そんなことを考えながら静かに開け放たれた障子の向うを見ていた。
ちらちらと舞う雪がよく手入れされた庭に映えてなかなかの風情…。
 まだ…生まれたての雪は地に触れるだけで儚く消えていく。
そんな些細な現象も…この大地にとっては大きな意味を持っているのだろう。
 
 意味のないものはこの世には存在しない…それが西沢の根底にあるもの…。
女性としての自覚はほとんどないはずのノエルなのに、西沢のためにあれほど子どもを産みたがるのも、本人さえも気付かないところに何かそれなりの意味があるからかもしれない…。
なぜかそんなふうにも思えてきた…。

 ご無礼仕りました…と言いながら久継がその堂々たる体躯を現した。
政直と田辺がその後について現れた。

 「お訊ねの件をよくよく検討いたしました。
最も近いのではないかと思われる理由を考えましたので…。 」

この前よりもずっと健康そうに見える久継は、西沢に好意的な眼差しを向けながらゆったりと話し始めた…。








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