🟫ありがとう🟫
もう十年も前の話。妻が他界して一年が経った頃、当時八歳の娘と三歳の息子がいた。妻がいなくなったことをまだ理解出来ないでいる息子に対し、私はどう接してやれば良いのか、父親としての不甲斐なさに悩まされていた。実際、私も妻の面影を追う毎日であった。寂しさが家中を包み込んでいるようだった。
そんな時、私は仕事の都合で家を空けることになり、実家の母に暫く来てもらうことになった。出張中、何度も自宅へ電話を掛け、子供たちの声を聞いた。二人を安心させるつもりだったが、心安らぐのは私の方だった気がする。
そんな矢先、息子の通っている幼稚園の運動会があった。『ママとおどろう』だったか、そんなタイトルのプログラムがあった。園児と母親が手を繋ぎ、輪になってお遊戯をするような内容だった。こんな時にそんなプログラムを組むなんて…。
「まー君、行くよ♪」娘だった。息子も笑顔で娘の手を取り、二人は楽しそうに走って行った。一瞬、私は訳が解らずに呆然としていた。隣に座っていた母がこう言った。あなたがこの間、九州へ行っていた時に、まー君はいつものように泣いて、お姉ちゃんを困らせていたのね。そうしたら、お姉ちゃんはまー君に、「ママはもういなくなっちゃったけど、お姉ちゃんがいるでしょ?本当はパパだってとってもさみしいの。だけどパパは泣いたりしないでしょ?それはね、パパが男の子だからなんだよ。まー君も男の子だよね。だから、だいじょうぶだよね?お姉ちゃんが、パパとまー君のママになるから」そう言っていたのよ。
何と言うことだ。娘が私の代わりにこの家を守ろうとしている。私は場所も弁えず、流れる涙を止めることが出来なかった。十年経った今、無性にあの頃のことを思い出し、また涙が出てくる。来年から上京する娘。お父さんは君に何かしてあげられたかい?君に今、どうしても伝えたいことがある。支えてくれてありがとう。君は最高のママだったよ。私にとっても、まー君にとっても。ありがとう💟。