平田の怪猫
2023.2
今は昔、幡多郡平田村(高知県宿毛市平田町)に甚六と言う猟師がいた。
その家は、一匹の半面斑(ぶち)の大猫を飼っていたが、大変年を取っていたので、色々な怪異があった。
ある年、甚六の妻が病死したとき、夜伽に際しその猫が躍り出したので、早速その猫をつないでおいた。
すると、野送りをする時一天にわかにかき曇り、雷電風雨がたちまちに起こって、人々は耳をおおって地上にふした。
不思議にも、その棺が空中に浮き上がろうとした。
そこで導師の寺山寺の高僧南光院は、「奇怪なり」と、ただちにその棺の上にのぼり、祈念黙祷(きねんもくとう)した。
この時、一団の黒雲が来て棺を取り巻いたが、南光院は声高らかに仏名を唱え、百八の念珠を高く振るって発止(ハッシ)と打ち止めた。
やがて、一天がらりと晴れ渡り、何の苦も無く棺を埋め終った。
その後、家に帰ったが、不思議なことには、今迄つなでいあった大猫は逃げて、井戸の辺(あたり)で手拭を被って踊っていた。
そして、背中には数十の珠数痕があった。
その後、甚六は原見(けんみ)の原と言うところに、ぬた待ち(狩猟)に行こうと、銃丸を鋳造した。
そして、一つニつと出来上りを数えながら十二個を用意したふりをし、もう一つの弾をかくし持った。
支度を調のえ、その夜、狩り場に赴いた。
その夜、月が明るかった。
猪や猿も集まったが、不思議にも皆奇声を発して逃げ去った。
たちまち、一匹の怪物が牙をむきだして喰いかからんとしたので、すぐに鉄砲を打った。
一発が怪物の眉間にあたったかと思うと、かちんと音がしてして跳ね返ると、「一つ」と怪物がうなった。
二発目も同様に、「二つ」とうなった。
遂に三発四発より十二発に及ぶと、怪物も「十二、もう弾があるまい」とうなった。
甚六は、無念と、隠し持っていた最後の残りの一発を打てば、美事に命中した。
ふるい動く音がして、怪物は姿を消した。
どこまでもと、血の痕をたどって行くと、遂に我家に帰りついた。
家には、十二発の弾痕のある鍋蓋が地面に落ちていた。
床下には、かの半面斑の大きな飼猫が倒れていたそうである。
「土佐風俗と伝説」より