大金ってだいたい、いくらぐらいなんでしょうね?
100万? 1000万? それとも億?
初めて札束をみたのは、はたち前の学生の頃、十三の喫茶店で。
ミックスジュースを飲んでいたら、隣の席に座ったクロコのセカンドバックを持ったおっさんがいたんです。
その中に一万円札がピッチピチに入っていたんです。
マンガのタンマ君のように眼鏡のレンズを突き破って眼球飛び出す勢いで、ストロー咥えたまま思わず凝視してしまいました。
「なんや?」とおっさん。
ひえ~、ど、どないしよ。私とっさに「あ、いや、ステキな財布やね……」と言いました。
「せやから、なんや?」
ええ~っ、見ただけやのに、まだなんか言わなあかんのかいな。どないしよ~。
「中身もステキやけど、持ってるおっちゃんが一番ステキやなぁ」
作り笑いで言うと、「ほうか」と言うて、おっさんはやっと知らん顔してくれました。
あー、助かった! 冷や汗かいたわ。
待ち合わせであったのか、連れのおっさんが来て少し喋って、おっさん2人は店を出ていきました。
怖かった~!
残りのミックスジュースを飲んで、心を落ち着かせてから私も帰ろうとレジに向かうと
「さきほど一緒にいただきました」
マスターにまたおっちゃんが来たら、ごちそうさんでした言うといてと言い残し、店を出ました。
ひいたはずの冷や汗が背中を伝っていきました。
その後、人にお金を貸す会社で2年ほど働きました。
毎朝歩いてすぐの銀行へ仕入(お金の引き出し)に行きます。
女性社員1名での仕入れはご法度。必ず男性社員と一緒に、また金額によっては男性社員2名でなど細かな社内規則がありました。
なので、一万円札はがっさがっさと掴んで無人契約機にセットしたり、また返済金庫の回収をしたりしていました。
休み明けの無人契約機には、返済金がどっさり入っています。
ちょっとびっくりしたのは、時たま血の付いたお札が入っていたこと。
乾いて黒く変色したものから、まだ赤く湿っているものもありました。
なんてことはない、入金しはる時にたまたま手を切りはっただけや(絶対ちがう)と言い聞かせ仕事していました。
中には悪心を起こして、店のお金に手をつけた社員もいましたが、商売道具として見ていたので、変な気は起こさずにすみました。
オフィス街のど真ん中にいた時は、不動産関係のお客さんが多かった。
見せ金に使うのでしょうか、新規でポンと100万借りてくれたり、営業目標に届かない時は営業電話して借りてもらっていました。
下町の支店にいた時は、生活費を借りに来るお客さんがほとんどで、返済も滞りがちでした。
取立て電話すると開き直って「どうやっても無理!」と言われることが多かった。
本当はいけないのだけれど、頼み込んで利息分だけ入れて貰っていました。
ある日新規のお客さんの担当になって貸付したところ、一週間ほどして警察から電話がありました。
担当した人間(私)に、お客さんの書いた申込書や本人確認書類を持って警察署まで来いというのです。
行ったら、指紋をとられました。
十指すべて第2関節以上ぐるりと360度回転させて、とるのです。
私、何にも悪いことしてないのに、なんでこんな目に……と情けなかった。
担当したお客さんは、強盗殺人犯だったのでした。
ドラマみたいに、部屋にいる犯人の顔を向こうからは見えない部屋から確認させられました。
当時はお金って怖い、と思っていました。あれから幾年月、今は怖くはありません。
持つ人次第、ということがわかったのです。
そしてこの人というのが、やっかいというか、かわいいというか、恐ろしいというか。
大好きな池波正太郎先生の鬼平犯科帖の中で長谷川平蔵が言っているように。
『人は悪いことをしながら善いことをする、善いことをしながら悪いことをする』
この言葉を知ってから、お金が怖くなくなったのかもしれない。
そして小説を書こうと思ったのかもしれません。