■転換 2024年の働き方<中>
JR千葉駅から15キロほどの所にある千葉市緑区の大椎台(おおじだい)地区。運転手の残業の上限が年960時間に制限された今月、約800世帯が暮らすこの街から路線バスの姿が消えた。
バスを運行していた千葉中央バス(千葉市)が住民に説明したところによると、慢性的な運転手不足に加え、4月から運転手の労働時間の規制が強化され、路線の維持が難しくなったという。
「病院にも自由にかかれない。本当に死活問題です」。同地区で暮らす高齢者は肩を落とす。足が不自由で、病院やスーパーがある駅まで歩くことは難しい。週3回の通院にはタクシーを使うしかなく、交通費は月に2万円ほど。「年金暮らしの身には痛い出費」と嘆く。 千葉市は今月から乗り合いタクシーの運行を始めた。16日時点で田畑さんを含め148人が利用登録しているが、運行は週2日(1日4本)で事前予約が必要だ。田畑さんは「急な通院が必要になっても利用できないし、予約の調整がつかないこともあると思う」とこぼす。
◇ 運転手が不足し、バスの減便や廃止が相次いでいる。
帝国データバンクが全国のバス会社127社に行った調査によると、2023年中に路線の減便や廃止を実施したのは98社(77%)に上った。これまでは、運転手の残業を増やすことで人手不足を補っていた。しかし、残業規制の強化でそれもかなわず、路線網を縮小した会社が多いという。
規制の余波は今月に入ってからも続く。横浜市営バスを運行する横浜市は12日、22日から市中心部の路線で計77本減便すると発表した。減便は、290本減らした今月1日に続いて2回目で、残業規制と退職者の増加が重なり、ダイヤを維持できなくなった。
日本バス協会によると、21年度のバス運転手は、その10年前より約1万1000人少ない約11万6000人。同協会は、現状の路線網を維持するのに、30年度には3万6000人が不足すると試算しており、減便や廃止の流れは続くとみる。
◇ 運転手不足によって、現場の負担は増している。
東京都内で路線バスを運転する男性(49)は早番の時、朝4時に出勤している。通常は昼過ぎまでの勤務だが、他の運転手の欠員などを理由に夜8時頃までの残業を依頼されることも多い。急な休日出勤もあり、「体力的に厳しくて現状のダイヤを回すだけで精いっぱいだ」と明かす。
バス運転手の年間の労働時間(23年)は全職業の平均より1割長い2364時間で、平均年収は54万円少ない453万円。男性の周りでは「割に合わない」として退職する人も多いという。
4月からは、厚生労働省の告示に基づき、運転手の終業から始業までの「勤務間インターバル」を1時間延ばし、「9時間以上」とする規制も始まった。運転手の休息確保につながる一方、路線バスでは、利用客の多い朝や夜の時間帯で運転手の確保がさらに難しくなると懸念されている。
◇ バス会社も対策に乗り出している。
松山市の伊予鉄バスは1月、全運転手らの基本給を平均5%以上引き上げた。広島市の広島バスも3月以降に入社する運転手の初任給を3万4500円増やした。
働きやすい環境を整え、人材獲得を目指すのは東京都足立区の日立自動車交通だ。昨年11月、路線バスの運転手が、路線バスの代わりに、児童らを送迎するスクールバスの業務に回れる制度を導入した。
スクールバスは土日の業務がないため、休みを取りやすく、兼務することによって休日が月に4日程度増えるという。鈴木祐美(ますみ)係長は「若い人や女性などが自分に合った働き方を選べるようにすることで採用増につなげたい」と話す。
政府は3月、外国人労働者の在留資格「特定技能」の対象に、バスやトラック、タクシーの運転手を追加。今後5年間で2万4500人を受け入れる考えだ。
バス業界に詳しい東京都市大学の西山敏樹准教授(都市交通)は「運転手を確保するためには、女性や高齢者、外国人らでも働きやすい環境を整備することが重要だ」と指摘。「これまでは公共交通を税金などで支えていく意識が希薄だったが、地域の移動手段をどう守るか議論が必要な時期に来ている」としている。
読売新聞