先日(3月9日)の「のびたさんに触発されて・・・」の記事に
多くの方々から温かく、ほっこりするようなコメントをいただいた。
コメントをくださった方々からはあの「たんぽぽ」という歌を初めて
知ったという声が多く、私自身もごく最近知ったのだが、あの
児童合唱団の可愛く綺麗な声が私の拙いウクレレの音に
かき消されたように思ったのでもっと知っていただきたいと勝手に考え、
私自身の同じような思いに繋がる曲と共にここであらためて紹介させて
いただきたいと思う。
今ごろになると毎年たくさんのたんぽぽの姿を見る荒川土手へ
行こうと思ったが風が強いので、近くの公園や空き地などに
行ってみるとぽつりぽつりと咲いていたがこの曲の中に咲き乱れる
ようなたんぽぽの画像と歌詞の映像を心と頭に描きながら遠い昔を
ブログ友の皆さんといっしょに懐かしみたいとも思った。
他の2曲も私の中では前述の「同じ様な思いに繋がる」曲なので
ついでにお聴きいただければ・・とYoutube動画を掲載してみた。
二つ目の曲は『思いでのアルバム』
これも今の時季になると遠い思い出に結び付く人達も多いのでは
ないだろうか。
この曲はまもなく小学1年生となる幼稚園児の卒園式の定番曲と
なっていると聞いたが、昭和17年(1942年)生まれの私は幼稚園も
知らず小学校へ入学したのは昭和24年(1942年)だったと思う。
私達にとっては本当に遠い、遠い昔のことだがそれでも
小学校のことはよく覚えている。
隣家の同級生眞佐美ちゃんに恋心を抱いていたあの頃のことも何度か
記事にしたが、眞佐美ちゃんが少し離れたところへ引っ越したときの
寂しさや中学時代に遊びに来た眞佐美ちゃんと自転車を並べて
推しながら家まで送っていったこと・・・
高校時代はお互いに学校が違うので会うことはなかったが
眞佐美ちゃんが送ってくれた修学旅行の写真は今もアルバムの中で
輝いている。
高校卒業後、私は就職のため上京し、眞佐美ちゃんは
新宿駅に近い「文化服装学院」(所在地は渋谷区)で洋裁の技術を学び、
地元富山で洋裁店に勤務・・・
私の勤務先の寮が渋谷にあったので近くにいたのだが、会うことはなかった。
彼女は一人っ子で、両親も嫁には出さず、婿入り婚を強く望んでいた
ことがもしかすると私の心にも残っていて自然に「フェードアウト」に
繋がったのかもしれない。
その後小学校の同窓会で会ったが、彼女は溌剌と幹事役を務めて
いたのには驚いた。
なぜなら・・・
彼女は明るく元気な子ではあったがあまり積極性ではなく、目立たず
何事にも控えめ過ぎるくらいだったので・・・
ただ、お手玉だけは大道芸人も敵わないだろうと思えるほどの達人だった。
どこでどう覚えたのだろう?‥
一般的にお手玉は2個~3個を扱える人は珍しくないかもしれないが
眞佐美ちゃんは空中で同時に4~5個をいとも簡単に扱っていた。
あの時の笑顔は私の宝物のように今もそのまま輝いている。
現在ならテレビ出演もあり・・なのでは?
凄腕のおばあちゃんとして「ナニコレ珍百景」にも「登録けってーい!」
となるだろう。
そんなことも頭をよぎるが彼女も81歳・・・
いいおばあちゃんになっていることだろう。
逢ってみたいな・・家族ぐるみで・・
今だったら周りに誰がいても『お~~、眞佐美ちゃん!』、
『あら、お久しぶり!』とお互いに何の躊躇いもなく『ハグ』が
できるのではないかと思う。
私は、今メキシコで働いている25歳の孫娘が子供のころから
しょっちゅうハグをしていたのでハグには抵抗がないから・・・
眞佐美ちゃんもきっと・・・幼なじみの二人だから・・・
私はスキンヘッドを光らせ、眞佐美ちゃんはあの瞳を輝かせて・・・
周りにいて二人を取り囲んだお互いの家族から大きな拍手があるだろう。
はたして実現の日が来るのだろうか・・・いや、きっと来る。
私の中のリーダーの活動で・・・
…と妄想を巡らした後は
三つ目の曲・・・
『切手のないおくりもの』
皆さんによく知られている曲
二つのバージョンで・・・
私は思う・・・
一つ目のたんぽぽの中の「あなたに・・」も、三つ目の「あなたに・・」も
人それぞれいろんな、そして大きな意味があると思う。
私の中の「あなたに・・」も様々な思いがある。
両親や、家族、友人、知人、過去に知り合った多くの人たち、
そして今はブログ友も・・・
この多くの人たちの暖かく優しく、時には厳しい言葉も私には
かけがえのない財産となっている。
密かに想いを寄せる人や常に仄々を感じさせる「あなたに・・」は
私だけではないだろうと思う。
そして時々は空想の世界に入り広い宇宙を遊泳するのもいいかもしれない。
◆たんぽぽ タンポポ児童合唱団
思い出のアルバムomoidenoarubamu/歌いだし♪いつのまにか/見やすい歌詞付き/【こどものうたkid's song】
切手のないおくりもの(同声二部)/作詞作曲:財津 和夫/編曲:Tsing-moo
【切手のないおくりもの】杉並児童合唱団 【みんなのうた】
「思い出のアルバム」とても懐かしいです。自分が保育園の卒園式で歌いました♪
我が家の子供達の定番の卒業ソングは「旅立ちの日に」です。この曲は 埼玉県秩父市の中学校の先生が作った合唱曲なんです。今では 全国各地の小中学校でこの歌が歌われているんです(^-^)
私は この時期になると岡本真夜さんの「泣けちゃうほどせつないけど」という曲を知らず知らずに口ずさんでおります。特に思い出のある曲ではないのですが、ちょっと切ない歌詞を明るく歌っているのが なんとも心地よい歌です♪
「思い出のアルバム」は何十年ぶりかな。で、ハグ。
私は東京での同窓会の折、先輩学友に、大勢の方がいる前で握手されたんです(;^_^A
手を握るなんて無かった先輩でしたので、そのことを実妹に話したら、ハグ」でも良かったのに♡とのこと。
え~~~~~~ハグ??(@_@)
妹は30年代生まれ。20年代生まれの私との落差を感じた瞬間でした(笑)
でも!shimaさん方は80代。
握手やハグはともかく、眞佐美ちゃんというかたにお会いして、心置きなくおしゃべりされてくださいね(^^♪
「思い出のアルバム」は私達には馴染みのない曲ですがみぎまゆさんには懐かしい曲だったのですね。
「旅立ちの日に」の由来は私も聞いたことがありますし、この曲も何度か聴いたことがあります。
その都度心に響き沁みるようないい曲だと思っていましたがみぎまゆさんのコメントを読み、あらためて聴いてみました。
私の住む埼玉県の所沢駅ストリートピアノの動画や東京駅での駅ピアノを弾く元教員の演奏など何曲も聴きましたが知らず知らずのうちに私の目から涙がこぼれそうになっていました。
みぎまゆさんの口ずさむ「泣けちゃうほどせつないけど」もいいですね。
>ちょっと切ない歌詞を明るく歌っているのが なんとも心地よい歌です♪
そのとおりですね。
私は岡本真夜もすきな歌手の内の一人です。
一番聞くのは「tomorrow」ですが「そのままの君でいて」もよく聴きます。
彼女が歌う他の失恋ソングなども私の心に沁みわたります。
「思い出のアルバム」をご存知でしたか。
先輩との握手・・驚かれたでしょう。
>そのことを実妹に話したら、ハグ」でも良かったのに♡とのこと。
そして
>え~~~~~~ハグ??(@_@)
そうでしょうね。
妹さんはやはりすべてにおいていい時代に育ったおおらかな世代なのでしょうか。
私達もそんなに簡単に握手はできないと思います。
いま、自分でも眞佐美ちゃんとのハグのタイミングを考えているところです。
話す事は何の抵抗もなくできると思いますが・・・
私たちの共感を呼ぶ歌ですね
「たんぽぽ」うたごえ大好きの男性 88歳くらいかな 10年以上 毎回参加でした
そして 「たんぽぽ」になると 一部は手話で歌います 必ず前に出て貰い 参加者の皆さん その部分は全員手話でした 普段 手話の機会がない私たちに貴重な時間でした
がんを患い亡くなられましたが 直前まで病院を抜け出し うたごえに参加する歌の大ファンでした
「思い出のアルバム」保育運などの卒業定番曲ですね
卒業式は園児ははしゃぎ 親たちは殆ど泣いています まだ一歳にならない時代から保育園に預け働き
小学校入学の前6年は 大変な長い期間だったでしょう それだけに思い出はいっぱい詰まっているのです
甘酸っぱい初恋の方との想い出 素敵な青春のへーじです
コロナ渦前 介護施設に音楽訪問 7か所毎月一度行っていました 今は外部との遮断で全部中止です
小さな介護施設 認知症の方が数名 そのうちの最高齢 90歳を越える女性でした
最初の訪問時から数度 それまでは家庭から預けられている感じ ベッドで寝ているだけでした
ある時から起き出して歌に参加です もちろん歌えないけれど 眼は輝いていました
ほら 先生が来たよ スタッフから呼ばれてベッドから起きてきます
わぁ起きたね 逢いたかったよ こう大げさに言いハグしました
90歳を過ぎていたらセクハラも無いでしょう(笑)
素敵な笑顔が蘇りました
家族の報告でも 彼女は家の周りの散歩迄するようになり 聴いている私までびっくりです
その後 コロナ渦 どう暮らしているか知る由も無いけれど奇跡のハグでしたね
女性とハグ これしか経験がありません 念の為!
やっぱりそうでしたか・・・
私も記事投稿するにあたり、何度もこれらの曲を聴きながらこんなにも心に穏やかに響く曲はのびたさんたちの「うたごえ」でも歌われているのではないかな?・・と思っていたのです。
たんぽぽが好きだったという高齢の男性の気持も分かるような気がします。
「思い出のアルバム」についてもそうですね。
こうして高齢者の生きがいにもなっているような話を伺うとじ~~んときますね。
のびたさんの真に相手を思いやるハグは本当に良き思い出となっているのでしょうね。
タンポポの歌、すっかり忘れていたのですが懐かしく思い出しました。有難うございます。
タンポポといえば中学を卒業するとき最後のクラスルームで先生の贈る言葉として「踏まれても踏まれてもなおタンポポの笑顔かな。このことを心に刻んでしっかりと君たちの道を進んでください」と。それを思い出しました。
作品拝読したあと、それぞれの曲を改めて聞いてみて、自分の思い出と重ねて懐かしく楽しみました。いつも書かれる優しく思いやりに溢れた文章とこの歌がどれも結びつきます。春の景色が頭の中に浮かんで来て、幸せな気持ちになりました。
眞佐美ちゃんと再会でき、心からのハグが出来る日が来る事を本当に願っています。その日まで、益々お元気でとお祈りしています。なおとも
今は頑健そのものに見えるyamaさんも小学生の頃はあまり健康体ではなかったのですね。
久しぶりに旧友に会えたとしたら・・・お互いに驚くことでしょうね。
私は健康でしたがそのころは細かったので女の子たちから「スズメの足」と呼ばれたこともありました。
中学からは体躯もしっかりしてきましたが・・・
「タンポポのうた」は私の心にも響きました。
yamaさんの中学卒業時の先生の言葉は優しい励ましとなって今のyamaさんの一部となっているのかもしれませんね。
なおともさんの思い出とも結びつきましたか・・・
私の記事も深く読んでいただき嬉しく思います。
私も直友さんと同じ様にこれらの歌と春の青い空と長閑な景色や野に咲く花を頭に浮かべて聴き続けました。
「ほんわか」そして無意識のうちに「ほっこり」しているなおともさんや私がいるようですね。