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L.スターンの「紳士トリストラム・シャンディの生涯と意見」(1‐19)には、
ここを読めばシャンディさんの母親のエリザベスさんが、ある宗派に属するのではないという事が分かる―という箇所があります。
シャンディさんはうっかり読兵衛代表として、マダム何とかさんに20章の最初で19章全体の読み直しをさせてしまうのでした。
「トリシャン」では、ちょっとその箇所の特定が難しいのかもしれなくて、
結局はシャンディさんが答えを明かし、根拠となる文献を示して自分の意見も述べていますが。
・・・意見については、2世紀半後の現代の医学の進歩をもってしても、無理でしょう。
こちらでは、デサン殿&マー坊の会話と、それをチラ見
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三人の宗派がすぐor何となくは分かりますよね?
第4話では宗派をはっきりと書きます。
作者はクリスマス・シーズンにイタリアにもいた事があるのですが、
クリスマス当日はローマにいなかったので、サン・ピエトロ広場での故ヨハネ・パウロ二世法王猊下(げいか)の
バルコニーからの謁見を見る事はできませんでした。
ローマにいれば、信者ではなくても、人波にはうんざりしても、見られたのかもしれなかったのですが。
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その日はヴェネツィアにいて、午前中はサン・マルコ大聖堂で朝のミサ&ムラノ島でガラス工房を見学し、
午後は市街を散策していました。
窓越しにカーニバル用に販売している仮面を見たり、
あの「ヴァイオリン協奏曲集四季op.8-1~4」で有名なヴィヴァルディが勤めていたという、
ピエタ救貧院があったと思われる所をちょっと通ったりもしていたのでした。
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〈次回の更新は8月4・5日の予定です。〉
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