時折ここでも書いているとおり、僕はいつも健常者の方々と練習をしている。
コーチ陣をはじめその皆さんは僕に出会うまで車椅子での卓球はおろか、パラ卓球を見たことが無いという方ばかりだった。
でも、自分で言うのもなんだけど、その輪の中に加えていただいている。
「仲間」として認めていただいている。
最近は自分の練習だけでなく、その仲間の皆さんの練習相手として打たせてもらうことも度々ある。
「良い練習が出来た」
と言っていただけるから、僕にとってはそれが最高の誉め言葉になる。
そんな卓球仲間と、練習の後で食事を共にした際のことだった。
車椅子はもちろん僕一人。
あとはみんな健常者。
その卓球談義に加えていただけるのがまた心底嬉しいのだ。
で、その会話の中で「車椅子の卓球」という話題が出た。
「前にテレビで見たけどさ、車椅子の選手って、ボールをポコーンと上にあげて、相手の手の届かないところに落として点を取りに行くでしょ。しかも(バックスピンで)戻ってくるようなボールで。あんなのはさ、俺らの感覚だと、『ずるい』って思うわけよ。渡邊さんはどう?」
「ポコーンと上にあげて入れば1点。入らなければミスで失点。そんなんで点を取る試合は納得いかないのよ。同じ卓球としてね。」
このコメントを読んだ車椅子(に限らずパラ卓球関係者)で異を唱える方は少なくないかもしれない。
別に僕はこの考えの是非を問うつもりは毛頭ない。
考え方やスタイルは人それぞれ。十人十色で良いと思う。
じゃぁ僕はというと、その意見に賛成。
なぜ?
そもそも、スポーツは勝負の世界。
勝たなければ意味がない。
その為の効率的な手段なのだから、それを否定するのは間違いではないか?
という方も少なくはないと思う。
「相手の弱点を攻める」のはむしろ正攻法だし、日本には古くから「勝てば官軍」という言葉もある。
でも、僕にはずいぶん昔のこととはいえ、健常者での卓球の経験がある。
点を取るのはスマッシュ(などの強打)ということこそが正攻法だと思っている。
そういう「技」を出すことなく、相手の弱点ばかりを攻めて点数を重ね勝利する試合、おそらくほとんどの選手は試合後に自問自答すると思うし、チームメイトに笑顔で胸を張ってベンチへ戻ることは出来ないと思うのだ。
日本にはやはり古くから「武士道」という価値観が存在している。
「道」という、ある意味日本オリジナルの美学だと思う。
結果よりも、その行いの美しさ、潔さを良しとする美学だと思う。
だから、死んでしまったら元も子もないのに「切腹」なんて行為まで存在するのだ。
だからこそ、日本人として「やぁやぁ我こそは!」と正面から、正々堂々と潔い戦い方をするという美学、それを無意識のうちに持っている国民だからこそ、例えそれが効率的であったとしても、それを『ずるい』とする価値観も有していて、得点という結果よりもまず美しい所作を優先するのだと思う。
かつての世界チャンピオンであり、国際卓球連盟の会長も務められた荻村伊智朗氏は、「卓球とは打ちぬいて点を取る競技」だと説明されていたそうだ。
だから、日本卓球の歴史を顧みれば、より多くのスマッシュを打つために?「オールフォア」と呼ばれたプレースタイルが主流となっていた時代もあった。
やはり、打ちぬいて点を取る、それこそが僕も理想であり、本来の卓球だと思うので、まずそれがあって初めて卓球たり得るのだと考える。
日本人の「卓球道」にはそういう美学があって、であればこそ、車椅子特有のそういったプレーを必ずしも「素晴らしい」と心から評価できない価値観が存在しているのだ。
であれば、そのようなプレースタイルで世間一般の日本人の応援や協力、声援を得ることが出来るのだろうか?
「パラ卓球をもっと知ってもらいたい」
と、何かしらの周知活動を行ったところで、そこに魅力を感じるものでなければ興味は引かない。
逆に「あれはどうなの?」と思われるようなものでは、むしろ知られないままの方が良いのかもしれない。
「障害があるけど頑張ってます!」にも、評価されるためにはそのベクトルも大切なのだな、きっと。
結論からして、僕はその場にいてよかったと思った。
そんな価値観を持つ方々と練習をし、時間と空間を共有できていることに喜びを覚える。
というのは、僕もまさにそういう価値観を持つから。
車椅子だから当然できないこともある。
でも、自信をもって出来ることもたくさんある。
「車椅子だから出来ないと思っているんだろ?だったらほら、かかって来いよ、やり返してやるから」
健常者の美学にかなった車椅子卓球で勝利する。
それこそが、僕がお世話になっている方々への恩返しにもなる。
「綺麗な卓球」で大いに結構。
武士道精神にゲリラ戦という文字はない。
それを全否定するつもりはないけれど、主軸を置くべきところを間違えないように、心技体を磨いていく。
卓球が楽しくて楽しくて仕方ない。
さぁ、自分磨きを怠らずに、目標に向かって前進していこう!
コーチ陣をはじめその皆さんは僕に出会うまで車椅子での卓球はおろか、パラ卓球を見たことが無いという方ばかりだった。
でも、自分で言うのもなんだけど、その輪の中に加えていただいている。
「仲間」として認めていただいている。
最近は自分の練習だけでなく、その仲間の皆さんの練習相手として打たせてもらうことも度々ある。
「良い練習が出来た」
と言っていただけるから、僕にとってはそれが最高の誉め言葉になる。
そんな卓球仲間と、練習の後で食事を共にした際のことだった。
車椅子はもちろん僕一人。
あとはみんな健常者。
その卓球談義に加えていただけるのがまた心底嬉しいのだ。
で、その会話の中で「車椅子の卓球」という話題が出た。
「前にテレビで見たけどさ、車椅子の選手って、ボールをポコーンと上にあげて、相手の手の届かないところに落として点を取りに行くでしょ。しかも(バックスピンで)戻ってくるようなボールで。あんなのはさ、俺らの感覚だと、『ずるい』って思うわけよ。渡邊さんはどう?」
「ポコーンと上にあげて入れば1点。入らなければミスで失点。そんなんで点を取る試合は納得いかないのよ。同じ卓球としてね。」
このコメントを読んだ車椅子(に限らずパラ卓球関係者)で異を唱える方は少なくないかもしれない。
別に僕はこの考えの是非を問うつもりは毛頭ない。
考え方やスタイルは人それぞれ。十人十色で良いと思う。
じゃぁ僕はというと、その意見に賛成。
なぜ?
そもそも、スポーツは勝負の世界。
勝たなければ意味がない。
その為の効率的な手段なのだから、それを否定するのは間違いではないか?
という方も少なくはないと思う。
「相手の弱点を攻める」のはむしろ正攻法だし、日本には古くから「勝てば官軍」という言葉もある。
でも、僕にはずいぶん昔のこととはいえ、健常者での卓球の経験がある。
点を取るのはスマッシュ(などの強打)ということこそが正攻法だと思っている。
そういう「技」を出すことなく、相手の弱点ばかりを攻めて点数を重ね勝利する試合、おそらくほとんどの選手は試合後に自問自答すると思うし、チームメイトに笑顔で胸を張ってベンチへ戻ることは出来ないと思うのだ。
日本にはやはり古くから「武士道」という価値観が存在している。
「道」という、ある意味日本オリジナルの美学だと思う。
結果よりも、その行いの美しさ、潔さを良しとする美学だと思う。
だから、死んでしまったら元も子もないのに「切腹」なんて行為まで存在するのだ。
だからこそ、日本人として「やぁやぁ我こそは!」と正面から、正々堂々と潔い戦い方をするという美学、それを無意識のうちに持っている国民だからこそ、例えそれが効率的であったとしても、それを『ずるい』とする価値観も有していて、得点という結果よりもまず美しい所作を優先するのだと思う。
かつての世界チャンピオンであり、国際卓球連盟の会長も務められた荻村伊智朗氏は、「卓球とは打ちぬいて点を取る競技」だと説明されていたそうだ。
だから、日本卓球の歴史を顧みれば、より多くのスマッシュを打つために?「オールフォア」と呼ばれたプレースタイルが主流となっていた時代もあった。
やはり、打ちぬいて点を取る、それこそが僕も理想であり、本来の卓球だと思うので、まずそれがあって初めて卓球たり得るのだと考える。
日本人の「卓球道」にはそういう美学があって、であればこそ、車椅子特有のそういったプレーを必ずしも「素晴らしい」と心から評価できない価値観が存在しているのだ。
であれば、そのようなプレースタイルで世間一般の日本人の応援や協力、声援を得ることが出来るのだろうか?
「パラ卓球をもっと知ってもらいたい」
と、何かしらの周知活動を行ったところで、そこに魅力を感じるものでなければ興味は引かない。
逆に「あれはどうなの?」と思われるようなものでは、むしろ知られないままの方が良いのかもしれない。
「障害があるけど頑張ってます!」にも、評価されるためにはそのベクトルも大切なのだな、きっと。
結論からして、僕はその場にいてよかったと思った。
そんな価値観を持つ方々と練習をし、時間と空間を共有できていることに喜びを覚える。
というのは、僕もまさにそういう価値観を持つから。
車椅子だから当然できないこともある。
でも、自信をもって出来ることもたくさんある。
「車椅子だから出来ないと思っているんだろ?だったらほら、かかって来いよ、やり返してやるから」
健常者の美学にかなった車椅子卓球で勝利する。
それこそが、僕がお世話になっている方々への恩返しにもなる。
「綺麗な卓球」で大いに結構。
武士道精神にゲリラ戦という文字はない。
それを全否定するつもりはないけれど、主軸を置くべきところを間違えないように、心技体を磨いていく。
卓球が楽しくて楽しくて仕方ない。
さぁ、自分磨きを怠らずに、目標に向かって前進していこう!