3歳、コンクリートの天井と階段、それが私の最初の記憶である。
父は運動の得意な人であった。野球で全国大会(今で言う高校野球)へ出た人であった。その父の子として生まれた私は、活発に動き回る子であったらしい。しかし、ある日、コンクリート階段から転げ落ちた。そして、立ち上がる事さえ出来なくなったという。再び立ち、歩き出したのはそれから1年が過ぎてからであった。
そのコンクリートの記憶から1年間、幸い私には全く記憶はない。強烈な電気マッサージと脊椎注射の連続で泣いていたという。次の記憶はベットの横で、歩く自分である。そして歩き終わった時に白衣の医者がくれた「落雁」という菓子である。父も母もお医者さんも、看護婦さんも拍手をし笑顔で一杯だったことを覚えている。私の心はうれしさとテレくささで一杯であった。
日本で猛威を振るっていた「小児まひ」の発症と闘病であった。
この「落雁」というお菓子を口にするたびにそのなつかしい場面がよみがえり、うれしくなる。
そして、この人生の出発点から勇気がもらえる。