楽学天真のWrap Up


一語一句・一期一会
知的遺産のピラミッド作り

「知ること」の歴史と「知の爆発」

2006-03-22 21:56:03 | 歴史
現在の情報革命は、人類6番目といわれる。
 最初の革命は「ことば」。言葉によって情報を伝え、知識を伝える。しかし、猿だって数千語はもち、目配せ、表情、なども言葉の内と思えば、これは動物レベル。この時の伝えられる範囲は、聞こえる範囲、見える範囲。記憶は薄れるから、伝えられる量も限られる。文字を持たない人種が歌と踊りによって伝えても、世代を超えて知識を増やす事は出来ず、同じことが繰り返された。数百万年前に人類が誕生したといっても、そのような状態は数百万年続いたのであろう。
             
ナバホ・インディアンの壁画は何を伝えたかったのか?
        
 第2の革命は、文字の発明。最初はアイコンすなわち絵。しかし、これは偉大であった。わずかながら時間を超えて、すなわち世代を超えて知識が蓄積できたであろう。そして、その文字を持ち歩く事で距離を超えて、情報の伝達が可能となった。
 第3の革命は紙の発明。これは知識の蓄積と伝達にとって革命的であったろう。文字を石や銅板や、より軽い木や骨などに記すより、はるかに大量の情報と、長距離に渡る伝達を可能にした。それを基に、人類は爆発的な知識の蓄積を出来るようになったであろう。人類の最初の文明は、この第2から第3への革命を通じて実現し、未開の人類と大きな差を生むこととなった。 数千年前から数百年前までのこと。
 第4の革命は活版印刷の発明。 キリスト教会上層部が独占していた権力に対する抵抗は、宗教改革をもたらしたが、それが一挙に西欧世界を圧巻するのは、活版印刷の発明のため。大量の情報を同じ質で、至る所に流布する事ができた。それによって、やがてルネサンスから産業革命へつながるとんでもない、知識の蓄積が進んだ。もはや世代を超えて、同じ事を繰り返す時代ではなくなってしまった。
 東洋でいう、30にして立ち、40にして己を知り、50にして惑わず、60にして己の欲するままに---、などどいう人生の道筋は、世代を超えてもほとんど同じ事を繰り返していれば良かった、時の流れの穏やかな時代のこと。もはや世代を超えての知識の蓄積、ものごとの進歩が激しく、親の世代は遠い昔のこととなってしまった。いつまでも不惑に至らず人生の終わる時代となった。 
 第5の革命は20世紀初頭、知識の爆発をもたらす情報革命はとどまる事を知らず、電波による通信、ラジオ、テレビの発明。これでマスコミは先の時代の新聞に加えて、より大量で均質の情報の流布を可能とした。20世紀は19世紀に続いて、「知の飛躍的な爆発の時代」となった。
 そして、21世紀初頭の今、第6番目の情報革命が進行中である。それはブロードバンドインターネット。情報を発信したい、受けたい側が、自由にかつ大量に世界に向かって情報をやり取りできる時代となった。あまりにも大量の情報を整理する機能も日進月歩。この双方向瞬間情報伝達システムの成立は、まちがいなく「知の爆発」へつながる。
 21世紀は人口も大爆発、この世紀の終わりには、地球を食い尽くす(アインシュタインによる,物質はエネルギーであると換算しても)ほどの世界人口となる。それを地球は養えないことは明らかなので、人類大量絶滅となるという予測に「知識の爆発」は対応できるであろうか。
 21世紀の「知の爆発」はそのような使命を担っている。
 

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