面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「マネーボール」

2012年01月04日 | 映画
オークランド・アスレチックスのゼネラル・マネージャー(GM)であるビリー・ビーン(ブラッド・ピット)は、球団オーナーに掛け合うも十分な“資金援助”が得られず、チームの根幹を成していた主力選手をを3人も失ってしまう。
“フリーエージェント(FA)市場”では、潤沢な資金を持つチームが圧倒的に有利。
名門ニューヨーク・ヤンキースとアスレチックスとでは、選手の年俸に支払える資金のケタが違っている。
アスレチックスで実績をあげ、FAの資格を獲得した選手が他球団へと流れていくのは自然の摂理のようなものだ。

クリーブランド・インディアンスのGMとトレード交渉を行ったビリーは、交渉が不調に終わった中で、一人の小太りな男の動きが気になった。
オフィスにいたその男は、ピーター・ブランド(ジョナ・ヒル)と言い、野球の経験は無いという。
しかしデータ分析が得意な彼は、球界の常識にとらわれない発想で選手を評価してみせた。
大きく興味をそそられたビリーはピーターをスカウトし、アスレチックスにスタッフとして招き入れる。

ピーターによって収集された選手データに基づいてビリーが進めたチーム編成は、アスレチックスのスカウト陣を唖然とさせる。
他球団でポンコツ扱いされ、お払い箱となった選手を格安で獲得して戦力とするのだから当然ではあった。
低予算でいかに強いチームを作り上げるか。
後に「マネーボール理論」と呼ばれることになるその理論は、予算規模の小さいアスレチックスにとっては導入に値するものだった。

とはいえ、“野球の常識”からは使いものにならない選手を預けられたアート・ハウ監督(フィリップ・シーモア・ホフマン)は、ビリーのやり方に納得ができない。
ビリーが連れてきた選手をロクに使おうとせず、ビリーの起用要請をことごとく無視して新人選手を使うほど。
業を煮やしたビリーは、なんとハウが使い続けた新人を他球団に放出してしまう強攻策にまで出る。
強引なチーム運営は監督や選手の反発を生み、チーム状況は悪化して成績は低迷した。
それでもビリーは粘り強く選手の意識を変えていき、独自のマネジメントを推し進める。

彼の揺るぎない信念は、徐々にチームを変えていった。
徐々にチームは上昇気流に乗り、勝ち進む。
そしてついに、誰もが想像しなかった奇跡が生まれる……!


「人は野球に夢を見る」
ジョー・ディマジオ?ミッキー・マントル??誰の言葉だったか忘れたが、物語の冒頭に登場するこの言葉が、野球狂の自分の心の琴線に触れた。
そう!自分には投げられない豪速球、自分には打てないホームラン、自分には捕れない打球、自分にはとてもできないプレーに夢を見る。
もちろん託す夢は選手のプレーだけではない。
贔屓とするチームが勝利を重ねて優勝することを夢見ている。
だから我々は球場に足を運ぶのである。


“金持球団”はその資金力にモノを言わせて有力選手を次々と獲得してチームを強化できるが、“貧乏球団”は有望選手を獲得できないばかりか、主力選手が去ってチームが弱体化する危険性を常に抱えている。
圧倒的な資金力を誇るヤンキースに比べて、アスレチックスの予算は3分の1程度でしかない。
主力選手の流出を防ぐため、高額な年俸を提示するための予算折衝に出向いたもののオーナーから却下され、更に残留に傾いていた選手までもが“金持球団”に引き抜かれてしまい、ビリーは追い詰められる。
このままでは“貧乏球団”は“金持球団”に勝てない。
自身メジャー・リーグでもプレーしていた経験のある野球選手でもあるビーンにとって、野球経験の無いピーターが語る選手の評価は、非常に斬新なものだったのではないか。
打者の評価は打率ではなく出塁率と長打率が重要であるとするピーターの話は、従来の野球界における常識には無かったものだ。
打率の高い打者ほど評価が高いのは野球における常識であったし、今でもイチローのヒット数にファンがやきもきするのは、その常識に沿ったものと言える。

野球における勝利の条件とは、「相手チームより多くの得点を記録すること」である。
得点を挙げるためには、1塁、2塁、3塁を経て本塁に生還しなければならないが、それまでにアウトを3つ相手にとられれば攻撃の権利を失い、攻守交替となる。
すなわち、得点を多く挙げるためには2つの条件が重要になるのである。
 ①アウトにならないこと
 ②長打で多くの塁を奪うこと
「アウトにならない」とは、言い換えれば「出塁すること」である。
アウトを3つ奪われれば攻守交替となるのだから、攻撃側はできるだけそれを遅らせることが重要となる。
また、単打は一つの塁を奪って終わりだが、本塁打なら一瞬にして打者は本塁まで還ってくることができる。
少しでも本塁に向かってランナーを進めていくためには、単打よりも長打の方が効率がいいのである。

更にビリーは、チームの攻撃において「送りバント(犠打)」と「盗塁」をやめさせる。
少しでもアウトになることを遅らせることが重要であるのだから、たとえランナーを次の塁へと進めさせることができても、そのためにみすみすアウトを一つ相手に与える「送りバント」は、非効率的な戦法だ。
盗塁も、アウトになるリスクを考えると、相当非効率的な戦法となる。
ちなみにこれには更にデータ的な根拠が存在する。
1999年から2002年におけるデータを分析したものによると、無死1塁のケースで入る得点は平均0.953点だが、送りバントを成功させて1死2塁となった場合、なんと0.725点に下ってしまう。
アウトを一つ献上してでも走者を次の塁に進めることで得点の可能性を高めるのが目的の作戦であるはずが、実際には真逆の効果をもたらしているのである。
また盗塁についてみてみると、無死1塁から盗塁を決めて無死2塁となった場合、得点の平均は0.953点が1.189点へと高まる。
しかし盗塁が失敗して1死走者無しとなると、0.953点が0.297へと大きくダウンしてしまう。
リスクとリターンを比較すれば、ほぼ100%の確率で成功できない限り、盗塁はあまり有効な戦術とは言えない。
得点を多く挙げるためには、いかにアウトを奪われないかが重要であるにも関わらず、犠打や盗塁はアウトをムダに相手に与えることになりかねない、非効率極まりない戦術となるのである。

もちろんこれらのデータは、あくまでも統計処理によって数値に表れたものでしかない。
野球の経験者にしてみれば、「机上の空論」に過ぎないと一蹴してしまいがちだ。
しかし、低予算でいかに強いチームを作り上げるかという難題を抱えたビリーには新鮮で、目からウロコの理論であっただろう。
と同時に、“金持球団”に“貧乏球団”が挑戦するには、いままでの発想では勝てないとの考えに合致するものだったはずである。
こうして、野球界の常識に対するビリーの挑戦は始まるのだが、一方で現役時代の自身の経験からも、他球団では評価されない選手であっても、異なる角度から高く評価できる選手に活躍の場を与えたい、という思いもあったことだろう。
ビリーは、高校時代にスカウトから、打って守って走れるうえに“カッコイイ見た目”の四拍子がこれほど揃った選手はいないと評価されてプロ入りしたものの芽が出ず、いろんなチームを転々と渡り歩いて現役を終えた。
大学に特待生として入学する資格を得ていたにも関わらず、スカウトの一言で人生が大きく変わってしまった過去を持つビリーにとって、チーム編成会議における古株スカウトたちの選手評価は、うんざりするものとなったことだろう。
ピーターとビリーが評価して獲得候補に挙げる選手に対して、ベテランスカウトが「彼は投げ方が変だ」と獲得に難色を示す。
選手の打撃フォームがキレイかどうか、投手の投げ方が不恰好かどうかといった、およそ客観的な評価とはかけ離れた“年寄り”達の主観による評価に基づくチーム編成では、チームは何も変わらない。
何も変わらなければ、“弱小貧乏球団”は一生“強豪金持球団”には勝てない。
「マネー理論」によって新風を巻き起こさなければ、アスレチックスは何も変わらない、即ち勝てない!
古株スカウト陣との会議を通して、ビリーの覚悟は固まっていったに違いない。


ところで、メジャーリーグに革命を起こした「マネー理論」であるが、その戦術は日本のプロ野球における“常識”に近い。
データに基づいて作戦を立てて、“貧乏球団”が“金持球団”に挑むという図式は、ノムさんの「ID野球」であり「弱者の戦術」と同じ。
ひと昔前までのメジャーリーグといえば、「力と力の戦い」というイメージが強く、ピッチャーは思いきり豪速球を投げるか切れ味鋭い変化球を投げ、バッターは来た球を豪快にぶっ叩くだけ、というプレースタイルが主流だった。
「力まかせ」だった野球に「思考」を持ち込んだことがメジャーでは斬新だったワケだが、日本では当たり前にやってきたことであり、その点では「何を今さら…」感はなきにしもあらず…というのは、イヤなプロ野球ファンの典型か(苦笑)


メジャーリーグの弱小球団だったアスレチックスを、「マネーボール理論」によって強豪チームに作り替えたGMビリー・ビーンの実話に基づくベストセラーを映画化。
野球映画は選手が主人公であることが多いが、本作はゼネラルマネージャーという球団経営者を主人公にしている点が興味深い。
しかし試合の場面では元野球選手が選手役で登場するため、演技=プレーが我々野球ファンにも満足のいくものになっているのがうれしい。
そしてこのことが、公式戦20連勝という奇跡を達成するシーンをより感動的なものにして、我々の胸を打つ。

「人は野球に夢を見る」
ビリー・ビーンは、ずーっと野球に夢を見続け追い続けている。
きっとそれは楽しい人生に違いない。

常識に挑戦し、見事に変革を成し遂げた男の野球に詳しくなくても十分に楽しめる、ヒューマンドラマの佳作。


マネーボール
2011年/アメリカ  監督:ベネット・ミラー
出演:ブラッド・ピット、ジョナ・ヒル、ロビン・ライト、フィリップ・シーモア・ホフマン、クリス・プラット