■冬こそ食べたい ハリハリ鍋

 クジラの切り身で水菜を包み、口へと運ぶ。独特の甘い香りが口に広がり、かむたびに「シャキシャキ」と水菜が音をたてる。

 大阪では、「シャキシャキ」するものを「ハリハリ」と言った。だから「ハリハリ鍋」だ。

 ログイン前の続き国立文楽劇場の裏手に創業130年の老舗、西玉水(大阪市中央区)はある。晩秋の短い日が落ちた。店の窓からは、道頓堀川に映える大阪・ミナミのネオンが見える。

 かつお節と昆布でとった濃いめのだしのスープに水菜をざっと入れる。その上にクジラの切り身を並べ、1分ほどで食べる。使う肉はもっともおいしいとされる尾っぽの付け根付近の「尾(お)の身(み)」。しっかりと血抜きをし、すじを抜く。丁寧な下処理が、もっちりとした食感とうまみを引き出す。

 ハリハリ鍋は明治の初期に、大阪の家庭料理として生まれたとされる。冬に水揚げが最盛期を迎える脂がのったクジラと、冬が旬の水菜を一緒に楽しむ。

 時代はかわり、クジラも水菜も1年を通じて食べられるようになった。ただ、「霜がおりた水菜は甘さが強まる。やっぱり、これからの寒い時期がおいしい」と西玉水の5代目、乾貴朗さん(43)。だから、ハリハリ鍋がおいしいと実感する。

 「あぁ、冬がくる」と。

■庶民の食文化「記憶よりおいしい」

 太平洋を望む和歌山県太地町。町立くじらの博物館には年間約10万人が訪れる。11月上旬も、子どもたちが実物大のクジラ模型に圧倒されていた。

 太地は国内で初めて組織だった捕鯨を始めた「古式捕鯨発祥の地」とされる。約400年前に始まった効率的な漁法が全国に広まった。安定して捕れるようになったクジラは、西日本最大の消費地の大阪に集まり、庶民の味として定着していった。

 ただ、ハリハリ鍋がどう生まれたのか、実はよく分かっていない。クジラ文化を研究する小松正之さん(62)は、明治初期に生まれ昭和に広がったと解説する。「江戸時代からすき焼きなどでクジラは食べられていた。庶民の味だったからこそ、ハリハリ鍋にもたどり着いたのだろう」

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 大阪市中央卸売市場のクジラ専門店・平井商店のショーケースには50種類以上のクジラ肉が並ぶ。3代目の平井一貴さん(39)が、ハリハリ鍋に勧めるのは、臭みが少ない大型クジラのミンクやナガスの赤身だ。一方で、あえて臭みを好む人も多く「最後は好み」だという。

 だが、クジラの流通量は減り、もはや身近な存在ではなくなった。水産庁によると、日本は1987年冬以降、83種いるクジラのうちナガスやマッコウなど13種の商業捕鯨国際捕鯨委員会に従って中断している。

 出回るのは、生態調査目的で捕ったミンクや対象外のゴンドウ、非加盟国のノルウェーが捕ったナガスなど。2013年度のクジラ肉の国内流通量は4千トンで40年前の30分の1だ。

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 そうした中で、食文化としてのクジラを、次世代につなげようという取り組みがある。

 平井商店では冬場の40~50日、スーパーなどで試食販売会を開く。ハリハリ鍋を提供すると、「記憶よりもおいしい」という声が聞かれるという。「クジラは臭くてまずいと思っている高齢者も多い。今は保存技術が発達し、おいしく食べられる」と平井さん。

 大阪市立の小学校では2002年から、年に1度、給食でクジラ料理を出している。榎並小学校では11日にオーロラ煮がでた。自宅でもハリハリ鍋を食べるという2年生の坂本亮介くん(8)は「クジラ給食は楽しみにしていた。早くお母さんの作った鍋も食べたい」と笑った。(文・神沢和敬 写真・加藤諒)

 

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 クジラは世界各地の沿岸部で紀元前から食べられてきた。

 日本では5500年前と推定される貝塚から大量の骨が見つかっている。仏教が広がり「獣」を食べなくなってからも、魚としてクジラは食べられた。

 潮流の関係でクジラが沿岸を泳ぐことが多い西日本では、17世紀に始まった組織的な捕鯨も活発で、港近くでは内臓も食べた。ただ、当時は遠隔地まで運ぶ技術がなかったこともあり、大阪では内臓を食べることはほとんどなかった。

 大阪・ミナミの割烹(かっぽう)、西玉水5代目の乾貴朗さんは、おいしく食べるためには、「しっかりと血を抜き、臭みをとること」と話す。赤身はキッチンペーパーなどにくるみ、何度か取り換えながら冷蔵庫で血抜きや解凍をするのが良い。うまみのもとでもあるクジラの脂が常温では溶けてしまうためだ。

■百店まんてん(西玉水)

 1885年創業のくじら料理の老舗。家庭料理だったハリハリ鍋を、料亭の味に仕立てて提供する。ナガスクジラなど大型種の希少部位の「尾の身」を使う。鯨コースは1万800円から。午後5時~11時。日祝日休み。ただし12月は30日まで無休。電話06・6211・6847

■訪ねる

 ◆国立文楽劇場 12月は整備のためお休み。1月3日からは初春文楽公演。浪曲などの公演も劇場内で多数行われる。電話06・6212・2531

 ◆黒門市場 鮮魚店や飲食店150店が集まる。店頭で焼いたウニやホタテなどの食べ歩きが人気。多くの店は午前9時半~午後6時ごろまで。電話06・6631・0007