© diamond トヨタのEV本格推進で始まる国内自動車業界の大激変
2017年、11月に入ってからトヨタ自動車が立て続けに電動化戦略に関する発表を行うという一大キャンペーンを展開した。2017年11月17日の広州モーターショーにおける中国でのEV投入のアナウンスを皮切りに、11月28日にはEVやFCVに関するコンポーネント技術説明会。12月13日のパナソニックとのEVバッテリーに関する協業の発表。12月18日には、それまでの発表を総括する形でトヨタ自動車寺師茂樹取締役副社長による電動化戦略の発表が行われた。
ようやく電動化に舵を切ったトヨタ。フォルクスワーゲンに続き、グローバルで2位の自動車メーカーが本格的にEV市場参入を表明したわけで、考えようによっては、グローバル1位2位の表明によって、先行市場で優位を確保していた、あるいはしようとしていた他のメーカーは、戦略転換を強いられるかもしれない。
バッテリー問題解消がトヨタを決心させた
2017年広州モーターショーでの発表は、2018年から中国で施行される予定の中国NEV規制(New Energy Vehicle規制)に絡んだものだ。この発表自体は予定調和と言える類のものだったため、あまり大きなニュースにはならなかった。
なお、中国NEV規制は、中国国内での販売台数の10%をEV、PHV、FCVなどゼロエミッション車とすることを義務付ける規制。米国カリフォルニア州では「ZEV規制」(Zero Emission Vehicle規制)が実施されており、こちらは義務付けられるゼロエミッション車両の区分や販売義務のパーセンテージなどが中国NEV規制とは異なっている。
トヨタはプリウス以前からEVの研究をしており、トヨタが保有するHV、FCV技術はすべてEVにも容易に転用できること、そして今後電動化シフトを加速させることを改めて主張した。これまでトヨタは「EV化に出遅れた」「いつEVを出すんだ」などと国内外のメディアから散々指摘されてきた。この発表会はあたかも、これらの疑問に答えるかのような内容だった。
EV技術や自動車業界を継続的に取材していれば、トヨタの電動化技術がそれほど遅れていないこと、いつでもEV製造に取り掛かれる体制を持っていることは理解できるが、それでもEVに対しては戦略をはっきりさせてこなかった。ゆえに多くのジャーナリストは苛立ちにも似た感覚で、トヨタの真意を推し量るしかなかった。
しかし、12月13日の発表では、「バッテリーという最後のピースが埋まった」(寺師副社長)とし、トヨタは電動化戦略を推し進めることを断言した。前後して公表された目標は2030年までに電動車を550万台規模で生産すること。このうち100万台はEV、FCVにすると明言している。主力はHV、PHVであることに変わりはないが、2050年までには内燃機関のみの車両生産をゼロにすると明言しているので、電動化は本気とみていいだろう。
電動車550万台生産が意味するところ
生産台数と販売台数には若干のずれ、タイムラグなどがある前提ではあるが、ここで前述の550万台、100万台という数字の規模感を把握してみる。トヨタ自動車単体での世界販売台数は約900万台(2016年実績)。2030年の550万台生産という数字は現状の生産・販売台数からの予測ではないとしたが、単純な比較では、現在の販売台数のうち半分程度の台数が2030年には電動車(HV、PHV、EV、FCV)になるということだ。
また、富士経済の調査によれば2016年のグローバルでのHV販売台数は182万台、PHVは30万台、EVが47万台となっている。2030年の予測値では、HVとEVが各400万台前後でEVの台数がHVを追い越すかどうかという数字になっている。PHVが300万台前後。大まかだがHV400万台、EV400万台、PHV300万台で、合計すると2030年のHVやEVなど電動車の市場規模は1100万台前後になる。
トヨタの目標と、富士経済の数字とで単純な比較はできないが、規模感としては2030年グローバル電動車市場のシェアの半数程度を、トヨタが狙っていると推測することも可能になる。
トヨタは先の発表で電動化のうち100万台をEV、FCVにするとも述べている。その内訳やグローバルでの比率は公表していないが、その大部分は中国市場向けという見方が妥当だろう。現在、トヨタの中国市場での販売台数は121万台(2016年)といわれている。中国NEV規制では10%をゼロエミッション車にしなければならないので、10万台前後が当初のEV販売コミットラインとなるはずだ。
発表が2017年末までかかった理由
次に、トヨタの電動化対応本格化の発表がなぜこのタイミングだったのかを考えてみたい。
グローバルの販売シェアでトップの座をフォルクスワーゲンに奪われたトヨタは、巻き返しを図りたいと思っているだろう。しかし、グローバルシェアの鍵を握る中国市場には、フォルクスワーゲングループが深く食い込んでいる。また2018年に始まる中国NEV規制はトヨタ得意のHVをゼロエミッション車とは認めていない。
中国NEV規制は、当局の思惑を加味しても、自動車業界として電動化シフト加速の主要因として挙げざるをえない。
トヨタは2018年、中国市場へのPHV投入をすでに発表しているが、EVについては、中国NEV規制が始まる2018年の投入は間に合わない。中国EV市場で先行する現地企業やフォルクスワーゲンとの差を広げないためには、ギリギリのタイミングが2017年末だったのではないか。
EVに関してトヨタは2019年には中国で生産を開始し、2020年には市場投入する計画だという。したがって2018年は中国NEV規制でゼロエミッション車に含まれるPHVで中国市場にアピールし、2019年に設計・デザイン、生産体制の構築を進め、2020年にEVを市場投入するというシナリオが考えられる。新車発表やモデルチェンジのタイミングを考えると2年というのは順当だろう。
トヨタの電動車本格参入は国内市場にとってもいい影響がある
トヨタが電動化シフトを公言したことは評価したい。これまでのように業界の盟主であるトヨタがEVや自動運転など次世代技術や市場に対して消極的なのは、日本の自動車産業の将来にとってよいかどうかは微妙だった。トヨタが消極的なら、と他メーカーやサプライヤーに「まだ本気でやらなくていい」「トヨタが積極的でないのに電動化シフトをやるとはいえない」などといった妙な忖度が蔓延しかねないからだ。
筆者は、メーカーの電動化シフトはパワートレインラインナップの延長にあると考えており、ガソリン車との両立は可能だと思っている。むしろ市場の活性化という意味で新しい技術や付加価値の投入は必要だろう。変革にともなうプレーヤーの交代や開発・ラインへの投資が必要だが、これらは市場経済において必要な新陳代謝だ。延命措置は死にゆくものへの対処であって、新規開発や投資に前向きになれない企業にグローバルでの成長はない。
カンパニー制、垂直統合戦略の狙いは?
トヨタは、2017年9月にEV CA Spritという子会社で、マツダ、ダイハツ、デンソーらとEVの共通プラットフォームに関するアライアンスを発表している。同12月にはパナソニックと電池事業での協業を発表した。その前には、自動運転、カーシェア、コネクテッドカーなど次世代モビリティを意識したR&D部門の再編、M&A、子会社設立を発表している。
寺師副社長によれば、電動化シフトは2016年のカンパニー制導入による組織の下地づくりから始まっていたという。体制づくり、全固体電池による実用性向上、バッテリーの供給体制と、外堀を埋めていったため、電動化の発表が遅れたとも述べた。その発言どおり、モーター、インバータ、バッテリーなど各論となる技術や戦術にスキはないようにみえる。
しかし、マクロな戦略面で気になる点もある。まず、カンパニー制。一般論ではあるが、カンパニー制による独立採算は管理部門の重複、多重投資の弊害がある。垂直統合型の企業買収や子会社化によるグループ体制は、迅速な意思決定や機動的な投資の足枷になることがある。
日産はバッテリーに関するNECとの提携をすでに解消している。リーフが想定ほど売れてないという分析も可能だが、全固体電池などブレークスルー領域はあるものの、ある程度コモディティ化したバッテリーに関して、自社や子会社で持つより、グローバルでの調達の幅の広さが、経営の自由度の高さにつながるという発想だろう。
今後EVだけでなく、自動運転やコネクテッドカーによるモビリティサービス、シェアリングエコノミーの時代になったとき、垂直統合型経営はますます身動きがとりにくくなる可能性がある。この失敗をしたのが、「土管屋になりたくない」とあらゆる事業を自社に取り込んだNTTドコモだ。土管屋とは、ネットワーク回線だけを売る通信事業者のことだ。しかし、AT&TやBTなどかつての寡占通信事業者は、ソフトウェアやサービスを早々と分社している。
電動化の出口戦略が描けた巧者トヨタ
国内サプライヤーやメーカーとの共通プラットフォーム開発は、確かに投資効率を上げ、マルチパワートレイン対応のハードルが高いメーカーにとっては福音であり、日本企業連合という見方も可能だ。しかし公的な標準化と違い、企業アライアンスは「ロックオン」の弊害と背中合わせという問題が避けられない。
業界アライアンスやコンソーシアムは、現実には、各社の思惑調整が機能せず、総論的な話や戦略しか共有できないことは珍しくない。まとまったとしても、その規格やプラットフォームに縛られ(ロックオン)、自社開発や他社ソリューションの利用が阻害される場合もある。
かなり意地悪な見方をすれば、ひょっとするとトヨタは、自社のEV体制の目途が立つまで「EVはだめだ」といいながらライバルをけん制し、出口が見えてきたので、国内外の他メーカーを巻き込み、トヨタのEVプラットフォームをOEM供給するビジネスで囲い込もうとしているのではないか、とさえ思えてしまう。
おそらく、その先に見てくるのは業界の再編成で、ここはフォルクスワーゲンの戦略に似ている。この場合、結果として国内EVのプラットフォームがトヨタ系と日産・三菱系に二分される可能性はある。
ただ、市場としては一社独占や多すぎるプレーヤーによる消耗戦より、それくらいがちょうどよいかもしれない。プラットフォームの幅が固定されても、サービスやソフトウェアはいくらでも差別化ができるし、市場競争もそこがフォーカスポイントとなっていくはずだ。
HV、PHVはZEVまでのブリッジテクノロジー
最後に、蛇足ながら筆者の内燃機関やHV、EVに対する考えを述べておく。本稿は全体としてEV推しだが、ガソリン車やディーゼル車は否定しない。むしろ残すなら中途半端なHVやPHVより、マツダが主張するように内燃機関のクルマを残してそれを発展させたほうが良いと思っている。
モビリティ革命によりクルマは製品ではなく、移動サービスを提供するツールへと変わっていくだろうが、それがすべてではない。確かにクルマを所有する意味や合理性は薄れていくかもしれないが、社会、人間の消費行動はそれほど合理的ではない。サービスを便利に利用しながら、クルマを所有したい、音や振動を楽しみたい、速く走りたいという欲求は少なからず残る。
そのニーズがある以上、内燃機関の楽しさや価値もなくならない。ならばそれらを無理に無くしたり、やめたりする理由はない。CO2など環境問題に対して、EVやFCVで対応しバランスをとれば良い。それに、EVのトルク特性はCVTなどより面白い部分もある。EVを環境性能だけで語る必要はないはずだ。
FCVはゼロエミッション車として注目されているが、環境性能については水素をどのように作るかで大きく変わる。天然ガスなどの改質で作ればEV並み。太陽光などで作ればEVより環境性は高まる。発電で水素を作った場合は、ガソリン車よりも環境性能が悪くなる。現在のFCVは、エネルギーリソースを持たない日本の国策として、エネルギー分散の意味合いが強い。備蓄のしやすさから災害時のエネルギーとして有望だが、急速充電器より大掛かりな水素ステーションの整備はEV普及どころのハードルではない。つまりエネルギー源としての水素は有望だし意義はあるが、FCV普及の意義や市場価値は、いまのところ見えていない。
HV、PHVが生まれた背景のひとつに環境問題、エネルギー問題があるとすれば、進化のゴールはEV・FCVと考えるのが自然だ。つまり、HV、PHVはゼロエミッション車までのブリッジテクノロジーだといえる。通常のシステムにおいてパワートレインを二重に持つ(エンジンとモーター)のはコスト、メンテナンスなどの面で効率的ではない。二重化や冗長構成は、絶対に止めてはいけないシステム向けのソリューションだ。技術的にモーターでいけるなら積極的にHVを残す必要性は感じられない。