皇后雅子さまと天皇陛下が初の地方訪問で見せた、新しい「懇談スタイル」
沿道の人波は途切れることがなかった。車窓から笑顔で手を振り続ける皇后雅子さま。天皇陛下とともに自ら人々の間に入っていく、お二人の懇談スタイルも新鮮だ。
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車いすの女性の目線に合わせるように、皇后雅子さまはひざを折り、身をかがめながらたずねた。「お名前は何て言われるんですか」。傍らにいた職員が「高橋朝子(あさこ)さんです」とこたえると、雅子さまは女性の目を見つめながら「朝子さん?」と呼びかけた。恥ずかしそうに「はい」と答えた高橋さん。とても嬉しそうだったという。
6月2日午後、愛知県岡崎市の県三河青い鳥医療療育センターでの出来事だ。
皇室の代替わり後、天皇、皇后両陛下による初の地方訪問。1、2の両日で愛知県の5市をめぐり、行く先々で大歓迎を受けた。県警によると、待ち受けた人々は、のべ7万人超。あまりの人の多さに、視察先への到着が10分以上遅れた場面もあった。
「予想以上に人が多かった。今後の計画を立てる際の参考にしていかなければ」。日程立案に携わった宮内庁の担当者が反省を口にしたほどだ。
沿道には、子育て世代の女性や子どもたちが多く、みな明るい笑顔を浮かべていた。SNS上には、車の左後部の窓を開け、笑顔で手を振り続ける雅子さまの写真や動画が多く投稿された。
初日の1日、愛知は気温25度を超える夏日を記録。両陛下は、外で待つ大勢の人々が、「暑い中で直射日光を受けている」と体調を案じた様子だったという。午後に最初の視察先である、あま市七宝焼アートヴィレッジに到着した後、沿道の警備にあたる県警を通じ、「ぜひ水分をとったり、日陰に入ったりして、ご体調をくずさないように注意してください」と呼びかける「異例の対応」をとった。
今回の訪問は、上皇ご夫妻から引き継いだ全国植樹祭への出席が主な目的で、国民体育大会、国民文化祭、全国豊かな海づくり大会と並び、天皇、皇后による定例の地方訪問「四大行幸啓」の一つに位置づけられるものだ。療養が続く雅子さまについて、宮内庁は当初、「体調に支障がなければ同行する」としていたが、終わってみれば全ての行事への出席を果たした。
1日午前、東京駅の新幹線ホームに笑顔で姿を見せた雅子さま。まず目を引いたのは、雅子さまが身につけていたパンツスーツだ。淡いグレーの生地で、ジャケットには白い太めの縁取りをほどこし、さわやかな印象。上皇后美智子さまをはじめとする女性皇族方は、被災地へのお見舞いなど一部の公務を除き、スカート姿が多い。その中で、雅子さまは皇太子妃時代から度々パンツスーツを選んでいた。
1日夜には、宿泊先のホテルでレセプションが開かれ、植樹祭の関係者約500人が一堂に会した。雅子さまは光沢感のあるエレガントなスカートのスーツ姿。記者たちを驚かせたのは、乾杯の後、両陛下がひしめき合う出席者の間に入っていき、次々と懇談を始めたことだ。植樹祭のレセプションはこれまで、ホール上座の金びょうぶの前で天皇陛下と皇后さまが並び、懇談をする人が列を作って言葉を交わす形式だった。
宮内庁によれば、今回の「新方式」は皇太子時代に出席していた「全国育樹祭」のレセプション方式を参考にしたものという。雅子さまはかつて、療養中のために「多くの人が列立する行事は負担が重い」と医師から止められていた時期があった。今回の新方式を笑顔でこなす様子に、雅子さまは着実に回復していると実感した。
視察先では、予定にはない「声掛け」もあった。冒頭の医療療育センターの玄関脇では、天皇陛下が声をかけた男の子の指をぎゅっと握ったり、雅子さまが車いすの女性の手を両手で包み込んだり。案内した越知信彦センター長は言う。
「両陛下は、まるで既知の間柄のように、親しく、丁寧にお話をされていた。これからもこういったスタイルでさまざまな行事に臨まれるのだなと思いました」