大阪)認知症を描く作家・楠章子さん(45)
松尾由紀 2019年6月30日03時00分
認知症を描く作家・楠章子さん(45)
午前11時。大阪市の自宅隣に建つ実家から、車いすの母・多香子さん(81)をデイサービスに送り出す。施設で夕飯を終えた多香子さんが帰宅すると、共に暮らす姉と一晩ずつ交代で、母と一緒に眠る。
多香子さんが認知症を患って20年。昨年亡くなった父の圭介さんとともに介護をしてきた経験が、小学生のつばさと認知症の祖母を描いた絵本「ばあばは、だいじょうぶ」(童心社)につながった。
「つばさが、ばあばにやさしくできなくなっていくようすは、そのままわたしのすがたである。それが変(か)わっていくところも」。2年半前の出版時、後書きで母の認知症を明かし、記した。「偏見が薄れてきたとはいえ、少しの覚悟は必要でした。でも私は『書く人』。書くことで社会が変わってほしいし、母が認知症になったことに、家族で支えていることに、意味も生まれるかな、って」
梅花女子大(茨木市)で童話創作を学び、卒業後は小劇団で脚本を書いた。数年経って劇団が解散したころ、大学時代の恩師の勧めで再び童話を書き始め、作家となった。
認知症がテーマの絵本を、と考えたのは、小学生の時の経験が原点だ。遠くに住む母方の祖母が認知症だった。「会うたびに変わっていく祖母が、同じことを何度も聞く祖母が怖かった。あのころの私に認知症の知識があったなら、受け止め方が違ったかもしれない」
思いが通じ「ばあばは、だいじょうぶ」は2017年度の青少年読書感想文全国コンクール課題図書となって、たくさんの子どもたちの心を動かした。今春、人気子役の寺田心君がつばさ役を演じ、映画にもなった。
5月に出た新刊は、エッセーと4コマ漫画の「お母さんは、だいじょうぶ 認知症と母と私の20年」(毎日新聞出版)。最初は母の認知症を隠していたこと。駆け込んだ特別養護老人ホームで母の認知症について初対面のケアマネジャーに話し、わんわん泣いてしまったこと。家族の経験をたんたんと、時にくすりと笑わせながらつづった。
「自分自身、家族、友達の家族。認知症とまったく関わらないで人生を過ごす人は少ないはず。すでに認知症に携わっている人はもちろん、そうではない人にも読んでほしい」
多香子さんは今、要介護度4。意思をはっきり伝えられる状態ではない。自分のことを取り上げた本の出版を理解できてはいないだろう。でも。
「母は明るく、前向きでボランティア精神が豊かな人。自分の経験がだれかの役に立つのなら、と喜んでくれるはずです」(松尾由紀)
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くすのき・あきこ 1974年、大阪市生まれ。2005年に児童書「神さまの住む町」(岩崎書店)でデビュー。東北芸術工科大客員教授。帝塚山学院大、梅花女子大の非常勤講師。大阪市中央区の「絵本教室アミーニ」でも創作指導をしている。