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 大量に国債を買い、市場に巨額のお金を流し込む金融緩和を続けてきた日本銀行が、「マイナス金利政策」という新手法の導入に追い込まれた。欧州で先行例があるものの、日本では未知の政策に踏み込む。世界経済の先行きに不透明感が強まるなか、効果は出るのか。

■量的緩和、限界近づく

 「帰国後、仮に追加緩和を行うとしたら、どんな選択肢があるか検討してくれ」

 スイスで開かれた世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)へ先週末出発する前、黒田東彦(はるひこ)総裁は幹部にそう指示した。

 年明けから中国経済の不透明感や原油安による資源国経済の低迷を嫌って、金融市場は混乱。円高と株安が同時に進んだ。だが、日銀の追加緩和への期待が徐々にふくらみ、先週22日には日経平均株価が前日終値より941円も上昇。追加緩和を予想した投資家が先回りして買いに動いたためで、2014年10月の追加緩和とは打って変わり、日銀は市場との駆け引きで後手に回った。「一発逆転の威力を秘めた追加緩和の必然性は増している」(大手証券エコノミスト)。そんな見方が市場で広がった。

 帰国した黒田総裁に幹部が用意していたのは、金融機関が日銀に任意で預ける預金の金利をマイナスにする「マイナス金利政策」だった。欧州中央銀行(ECB)が一昨年から導入しているが、日銀には経験がない「奇策」だ。

 その背景には、近づきつつある現行の緩和策の限界があった。13年4月に大規模な金融緩和を始めた当初、日銀が長期国債を購入する規模は年50兆円だった。だが、14年10月の追加緩和で年80兆円まで拡大。それでも、物価はなかなか目標に近づかず、日銀が保有する国債は発行額全体の3割まで占めるようになった。「17~18年には限界が来る」との外部機関の調査報告が相次いでいた。

 ただ、29日の金融政策決定会合では、日銀執行部が提案したマイナス金利政策の評決は、14年10月の追加緩和時と同じ5対4と「薄氷」の差だった。石田浩二審議委員は「これ以上の金利の低下が実体経済に大きな効果をもたらすとは判断されない」と主張し、効果に疑問を投げかけた。

 午後0時半過ぎに会合の結果が発表されると、日経平均株価は乱高下。476円高で取引を終えたものの市場はまだマイナス金利の効果を測りかねている。(福田直之)

■世界的逆風、お金はどこへ

 金融市場の混乱と、その背景にある世界経済の減速に、政策対応を迫られているのは日本だけではない。

 国際通貨基金(IMF)は今月、今年の世界経済の成長率見通しを3・4%として、昨年10月時点の予想(3・6%)から引き下げた。昨年4月時点では3・8%と予想しており、下方修正が相次いでいる。

 背景にあるのが、金融危機後の成長を支えた中国など新興国の減速だ。米国など先進国が金融緩和で振りまいた巨額のお金が流れ込み、成長を支えていた。

 だが、その歯車がいま逆回転している。旺盛な需要で資源などを「爆買い」していた中国経済の減速で、14年半ばに1バレル=100ドルをつけていた原油価格は、今年に入って一時30ドルを割り込み、資源の輸出に頼る新興国を苦しめる。

 さらなるリスク要因が、米国の利上げだ。景気回復が続く米国は昨年12月、9年半ぶりに利上げに踏み切った。金利が上がり、より高い収益が見込める米国に向かって、中国などの新興国から急速にお金が流れ出している。最近の中国の指標の悪化で、年初は世界的な株安が広がった。

 米国も難しい局面に立たされている。金融緩和を続ける日本や欧州との政策の違いもあり、この1年半ほどでドル高が急速に進行。輸出や製造業が低迷し、足元で景気は減速している。

 想定通り景気が上向かず、原油安などで経済の「体温計」と呼ばれる物価が目標に届かないなか、先進国の中央銀行は対応に苦慮している。すでにマイナス金利を導入しているECBのドラギ総裁は今月、3月の追加緩和を示唆。米連邦準備制度理事会(FRB)も27日の声明で、世界経済や市場の動向に警戒感を示し、「3月追加利上げ」の観測はしぼんでいる。世界的な逆風が吹くなか、日銀の「奇策」が功を奏すかは見通せない。