最近、なろう小説というものを読むことがあります。
小説家になろう!というところに投稿されていて、色々難があるものもありますが、パワー溢れるものが多く、そのパワーで読んでしまうところも多いです。
さて、このジャンルで多いのが「異世界転生もの」です。現実世界では平凡な自分だったけど、異世界では絶世の美女!美少年!というものも結構あります。そしてまた、この中にも色々細かいジャンル分けができると思いますが、結構あるのが「異世界で美形の悪役に転生してしまったので悪役として破滅するのを避ける」というもの。
この中で珍しい「破滅的な最期を避けるため」でなく、「人は良いけど不遇な青年が異世界転生してしまい、美形の王子だったからさぞや!と思っていたら実は周りから憎まれっ子で、自分でもそれがショックで少しでも良く生きようと努力する」タイプのお話を読み、珍しくこれすごいなと思いながら読んだのですが、そこでふと考えたこと。
彼は自分が転生した王子の前世かな?と思っていて、記憶を取り戻す前の自分は本当に悪かったから、努力しよう、と思う訳ですが(そして実際わかりやすく悪いんですが)、現実ではこういうの難しいですね。
私も元いじめられっ子ですが、きっかけなんてわかりません。
いじめられると、ショックです。何で?どうして?と疑問符ばかりが頭をぐるぐる回ります。やられた事に対処するだけで手一杯で、それ以外を考えられなくなります。
私は親に訴えたこともあります。ただ、まだ昭和の時代、いじめ、という言葉もまだ定着前の話ですので、「やられたらやり返せ」「泣くから悪い、泣かなければ相手も面白くなくなってやめるものだ」くらいでした。「男の子は女の子を好きだといじめるのよ、きっとその子もあんたのこと好きなのよ」もあったかな。最後のは一番腹が立ちました。今でも不快な言葉です。
自分が悪いからいじめられる。今も言う人がおりますが、昔はもっと普通に言われてましたね。
でもいじめられた子って、何が悪かったかと本当に考えます。あの言葉が悪かったの?あのとき失敗したことが悪かったの?と、微に入り細に入り自分の行動をチェックします。
しかし、いじめって本当はそんなに深い理由ないんですよ。確かにもやもやしたものが何かあったかもしれません。ちょっと苛つくところがあるとか、下手したらその日、いじめっ子が怒られたとか。その時、当たっても仕返ししてこなそうな弱く見える子に当たる、というのが正直なところです。
仮に本当に虐められた方に原因があるとして。それを正直に言う人って、まずいないでしょう。言って改めてもらおうとする、んじゃなくて、あの子こんな嫌なところあるから無視しよう、みたいな感じで始まるのがいじめ。察して変わってねと相手に要求してる、というのが多いんじゃないかと思います。
あるいは。先生が原因の場合もあります。先生が生徒を不当に扱う。子供同士喧嘩した時、気に入らない子だけを叱るとか。私の虐めの引き金は、自分で気付いてる限りはそれが発端でした。
どうやっても是正できません。その集団での役割を押しつけられている訳ですから。
大人の今考えるくらいの力があれば、やりようはあったかもね、と思わないでもないですが、子供の頃のこと、そこまで頭も練れてないし、恐怖心もあります。
また嫌なこと言われる、される、というのは恐怖の対象でしかありません。
今日のお話がとても良かったから、あんな風に現実でもなったらいいのにな、と思いつつ昔を思い出してみましたが、どうやっても無理だな、と思えてしまい、ちょっと残念な気持ちも湧いてきました。
…また考えすぎてるなぁ…。やれやれです。