僕がその発音を知ったのは、6歳の時だった
甘美な言葉だとは、全く思わなかった。
無機質な、新しい表情とセットでしか憶えられない言葉だった。
田舎は空気が美味いって事、僕は別に認めてないわけじゃない
だけど、だからと言って都会の空気が不味いとは思わない
ただ、都会で生きてる事を、恥ずかしいと思う事はある。
都会に潜む輝きの一つ{久徳星雲}そのちぎれ雲の一つ一つを
僕は痛みによって、まさに時計の針が突き刺さる痛みによって
認識として切り分けていった
僕の朝は6つの鐘で始まる
腹筋百回、背筋百回、腕立て百回、柔軟運動
そして公園にジョギングに行く
「運動するのは良い事だ」
「うんどうするのは良い事だ」
「うんどうするのはよいことだ」
「ウンドウスルノはよいことだ」
「ウンドウスルノワヨイコトダ」
君が今読んでる事に、僕は吐き気がしそうだよ。
こんな文章で伝えられるものなんか、何もない。
わかってるから、わかってるけど、わかることなんかなにもないって
わかってるけど
それでも僕は、何かをわかって欲しくて
しかたなく書いてる。
他に方法を知らないほど馬鹿なんだ、しょうがないさ。
日課の準備運動が終わると僕は
栄養価が計算されたご飯と、味噌汁と、魚と、漬け物と、海苔と卵
この中で卵が一番新鮮で美味しい。
を、食べる
生まれたばかりの卵にボールペンで日付を書いた。
卵の殻に字が書けるってすごい発見だ。
インクの匂いには、嫌悪感を感じるけど。
染みたインクも、食べる事になるのだろうか
朝食が終わると大量の薬を渡される
もちろん飲めという命令なのだけど
「これ飲んでね」とお姉さんに優しく言われて受け取る
飲まなかったら、フェルトペンで日付が書かれて廊下の掲示板に張り出される。
掲示板はちろりんとこちらに目をやって「悪い子成績表だよー」と呟く。
たぶん、僕にしか聞こえてない。
長い事この星雲に住んでる宇宙人と話をする機会があったので
ここに当時の記録を載せておく
「クワガタ飼ってるんだね」
「そうだよ、もう死んでるけどね」
「動かないね、ところでこの切り屑みたいなのは何?」
「樹を削って入れるんだよ、蜜が塗ってある」
「鉛筆削りの削りカスに似てる!」
僕は手回しの鉛筆削りでじょりじょりと削りまくった
大量のゴミが出来たので
二人で喜んでクワガタの透明な虫かごに入れた。
死んだクワガタがこれを食って元気になるといいんだけど。
木で出来たスポンジのような、わたあめのようなものを見ていた
いくつかの他愛のないやりとりがあって、
そして宇宙人はげらげら笑いながら僕にこう聞いた。
「せっくすって知ってる?オレこないだ岩谷くんに体で教えられた。」
と奇妙な話を始めた
アルファベッドのSで始まる事もXで終わる事も
僕にはきっと想像もつかなかった。
カタカナで憶えたのかどうかもわからない
きっと、ひらがなが彼の表情にやらしく貼り付いていたんだ。
それがどんな事なのかは、もちろん今でもわからない
わかりたくもない
わかろうとしない
そんなこと、わかってる
自由時間が終わって会議室に全員集合する
机の上に洗面器が人数分並べられ
一人は時計係になる。
洗面器に水をはって誰かが時計を秒読みする
「10秒経過…20秒経過…30秒経過…40秒経過…」
僕は水で満たされた洗面器に顔を浸して、必死に息を止める
息を止める事なんか出来ないから、呼吸を我慢するって書くべきなのだろうか
気が遠くなって
「ぶわっ!」って顔を上げる
「50秒!」って誰かが言う
これをみんなで何度か繰り返す
タオルで顔を拭いて次は発声練習。
「あいうえお、あお、かきくけこ、かこ、さしすせそ、さそ、たちつてと、たと、なにぬねの、なの、はひふへほ、はほ、まみむめも、まも、やいゆえよ、やよ、らりるれろ、らろ、わいうえを、わを、ん、
あかさたな、はまやらわ、いきしちに、ひみいりい、うくすつぬ、ふむゆるう、えけせてね、へめえれえ、おこそとの、ほもよろを、ん」
この発声練習も結構馬鹿馬鹿しい。
紙に書かれた地図がカッターで縦横に切り裂かれただけだ。
公園に行って缶蹴りをやった。
どこに隠れても発見されてしまう。
缶を蹴っ飛ばすんならすぐ近くに隠れて鬼より早くダッシュした方がいいと知った
僕は、誰にも見つからないように自分を透明化しようと試みた。
だけど出来なかった。
僕はきっと隠れながら叫んでる。
「誰か見て!誰か見つけて!」って赤い心臓が喋ってしまう。
息を殺すなんて、できっこない。
ドッチボールをやった
僕は小刻みにチョロチョロ動いて最後までコートを逃げ回っていたけど
僕の投球力では相手チームの誰も倒す事が出来なかったから、
結局僕のチームは負けた。
相手チームの岩谷くんに「インベーダーみたいな奴だな」
と言われた僕はケラケラ笑って喜んでた
喜んだら、駄目だったのかもしれない
月曜日の夕食はカレーライスだった
お茶が無くなって、僕は醤油を水道水で薄めた。
お茶と同じ色にすれば、同じ味になると思った。
醤油を薄めて透明化すればお茶になる
それは僕の発見でもあったが、発見とは呼べないかもしれない
何故なら、「お茶の味がするよね?」と聞いてみても頷いた人は一人も居なかったから。
夕食後、風呂に入って体を洗った
あるいは、洗おうとしていた?
よく思い出せない。
何人かの男に風呂場で取り囲まれた
仰向けに寝かせられた
足を押さえられた
腕を掴まれた
人工呼吸をされた
腕を引っ張られて、上半身を起こされたり倒されたりした
視界がぐねぐねと揺れた
僕の世界は揺れながら…幼稚園のブランコを思い出していた
僕は右のブランコを漕ぎながら
何かをぽそぽそと途切れ途切れに話していたのを思い出す。
左のブランコには同じ梅組の女の子が座っていて
彼女はブランコを漕がずに鎖と板をゆらゆらと揺らしていた
外は寒かったのに彼女のほっぺただけは丸っぽい暖かみを帯びていた。
その時僕は、彼女の目を見ていたような気がする
いや、マツゲを見ていたのかもしれないし
黒い髪の毛を見ていたのかもしれなかった
たぶん、吸い込まれそうな赤い場所は見なかった
そんな気がする
気が付いたら、風呂場には誰も居なかった
僕は何故か、その日だけはどうしてもいつもと違う場所を通りたくて
緑のライトが灯された非常階段を駆け上った
クリーム色の階段だった
わくわくするような、どうでもいいような、不思議な気持ちだった。
最上階まで上がったら大人に見つかった
耳を掴まれて鼓膜が破れるほどでかい声で何かを怒鳴られた
何を叱られたのかはもう思い出せないが
ルールを破った事だけは憶えている
あれからざっと数えて6万秒以上経っている
こんなに時間がたっているはずなのに、まだまったく思い出せない事が山ほどある
それはきっと、僕が大事な大事なルールを知らず知らずのうちに破っているからだと思う
例えばみんなが急に静かになったら息を潜めて周りの様子をジッと窺うとか
僕だけが、誰からも教わってない、秘密のルールがまだまだある
娑婆の空気は美味い。
都会の空気は不味い。
まったく意味が解らない
きっと、そういう難しいことがわからないと
殺されるように出来てるんだろう
「アイツラに殺されるくらいなら死んでやる」
多分これが、誰にも言えない僕のルール
今はただ、口をつぐんで静かに目をつぶる。
西暦2005年1月17日、午後5時25分57秒の僕。
甘美な言葉だとは、全く思わなかった。
無機質な、新しい表情とセットでしか憶えられない言葉だった。
田舎は空気が美味いって事、僕は別に認めてないわけじゃない
だけど、だからと言って都会の空気が不味いとは思わない
ただ、都会で生きてる事を、恥ずかしいと思う事はある。
都会に潜む輝きの一つ{久徳星雲}そのちぎれ雲の一つ一つを
僕は痛みによって、まさに時計の針が突き刺さる痛みによって
認識として切り分けていった
僕の朝は6つの鐘で始まる
腹筋百回、背筋百回、腕立て百回、柔軟運動
そして公園にジョギングに行く
「運動するのは良い事だ」
「うんどうするのは良い事だ」
「うんどうするのはよいことだ」
「ウンドウスルノはよいことだ」
「ウンドウスルノワヨイコトダ」
君が今読んでる事に、僕は吐き気がしそうだよ。
こんな文章で伝えられるものなんか、何もない。
わかってるから、わかってるけど、わかることなんかなにもないって
わかってるけど
それでも僕は、何かをわかって欲しくて
しかたなく書いてる。
他に方法を知らないほど馬鹿なんだ、しょうがないさ。
日課の準備運動が終わると僕は
栄養価が計算されたご飯と、味噌汁と、魚と、漬け物と、海苔と卵
この中で卵が一番新鮮で美味しい。
を、食べる
生まれたばかりの卵にボールペンで日付を書いた。
卵の殻に字が書けるってすごい発見だ。
インクの匂いには、嫌悪感を感じるけど。
染みたインクも、食べる事になるのだろうか
朝食が終わると大量の薬を渡される
もちろん飲めという命令なのだけど
「これ飲んでね」とお姉さんに優しく言われて受け取る
飲まなかったら、フェルトペンで日付が書かれて廊下の掲示板に張り出される。
掲示板はちろりんとこちらに目をやって「悪い子成績表だよー」と呟く。
たぶん、僕にしか聞こえてない。
長い事この星雲に住んでる宇宙人と話をする機会があったので
ここに当時の記録を載せておく
「クワガタ飼ってるんだね」
「そうだよ、もう死んでるけどね」
「動かないね、ところでこの切り屑みたいなのは何?」
「樹を削って入れるんだよ、蜜が塗ってある」
「鉛筆削りの削りカスに似てる!」
僕は手回しの鉛筆削りでじょりじょりと削りまくった
大量のゴミが出来たので
二人で喜んでクワガタの透明な虫かごに入れた。
死んだクワガタがこれを食って元気になるといいんだけど。
木で出来たスポンジのような、わたあめのようなものを見ていた
いくつかの他愛のないやりとりがあって、
そして宇宙人はげらげら笑いながら僕にこう聞いた。
「せっくすって知ってる?オレこないだ岩谷くんに体で教えられた。」
と奇妙な話を始めた
アルファベッドのSで始まる事もXで終わる事も
僕にはきっと想像もつかなかった。
カタカナで憶えたのかどうかもわからない
きっと、ひらがなが彼の表情にやらしく貼り付いていたんだ。
それがどんな事なのかは、もちろん今でもわからない
わかりたくもない
わかろうとしない
そんなこと、わかってる
自由時間が終わって会議室に全員集合する
机の上に洗面器が人数分並べられ
一人は時計係になる。
洗面器に水をはって誰かが時計を秒読みする
「10秒経過…20秒経過…30秒経過…40秒経過…」
僕は水で満たされた洗面器に顔を浸して、必死に息を止める
息を止める事なんか出来ないから、呼吸を我慢するって書くべきなのだろうか
気が遠くなって
「ぶわっ!」って顔を上げる
「50秒!」って誰かが言う
これをみんなで何度か繰り返す
タオルで顔を拭いて次は発声練習。
「あいうえお、あお、かきくけこ、かこ、さしすせそ、さそ、たちつてと、たと、なにぬねの、なの、はひふへほ、はほ、まみむめも、まも、やいゆえよ、やよ、らりるれろ、らろ、わいうえを、わを、ん、
あかさたな、はまやらわ、いきしちに、ひみいりい、うくすつぬ、ふむゆるう、えけせてね、へめえれえ、おこそとの、ほもよろを、ん」
この発声練習も結構馬鹿馬鹿しい。
紙に書かれた地図がカッターで縦横に切り裂かれただけだ。
公園に行って缶蹴りをやった。
どこに隠れても発見されてしまう。
缶を蹴っ飛ばすんならすぐ近くに隠れて鬼より早くダッシュした方がいいと知った
僕は、誰にも見つからないように自分を透明化しようと試みた。
だけど出来なかった。
僕はきっと隠れながら叫んでる。
「誰か見て!誰か見つけて!」って赤い心臓が喋ってしまう。
息を殺すなんて、できっこない。
ドッチボールをやった
僕は小刻みにチョロチョロ動いて最後までコートを逃げ回っていたけど
僕の投球力では相手チームの誰も倒す事が出来なかったから、
結局僕のチームは負けた。
相手チームの岩谷くんに「インベーダーみたいな奴だな」
と言われた僕はケラケラ笑って喜んでた
喜んだら、駄目だったのかもしれない
月曜日の夕食はカレーライスだった
お茶が無くなって、僕は醤油を水道水で薄めた。
お茶と同じ色にすれば、同じ味になると思った。
醤油を薄めて透明化すればお茶になる
それは僕の発見でもあったが、発見とは呼べないかもしれない
何故なら、「お茶の味がするよね?」と聞いてみても頷いた人は一人も居なかったから。
夕食後、風呂に入って体を洗った
あるいは、洗おうとしていた?
よく思い出せない。
何人かの男に風呂場で取り囲まれた
仰向けに寝かせられた
足を押さえられた
腕を掴まれた
人工呼吸をされた
腕を引っ張られて、上半身を起こされたり倒されたりした
視界がぐねぐねと揺れた
僕の世界は揺れながら…幼稚園のブランコを思い出していた
僕は右のブランコを漕ぎながら
何かをぽそぽそと途切れ途切れに話していたのを思い出す。
左のブランコには同じ梅組の女の子が座っていて
彼女はブランコを漕がずに鎖と板をゆらゆらと揺らしていた
外は寒かったのに彼女のほっぺただけは丸っぽい暖かみを帯びていた。
その時僕は、彼女の目を見ていたような気がする
いや、マツゲを見ていたのかもしれないし
黒い髪の毛を見ていたのかもしれなかった
たぶん、吸い込まれそうな赤い場所は見なかった
そんな気がする
気が付いたら、風呂場には誰も居なかった
僕は何故か、その日だけはどうしてもいつもと違う場所を通りたくて
緑のライトが灯された非常階段を駆け上った
クリーム色の階段だった
わくわくするような、どうでもいいような、不思議な気持ちだった。
最上階まで上がったら大人に見つかった
耳を掴まれて鼓膜が破れるほどでかい声で何かを怒鳴られた
何を叱られたのかはもう思い出せないが
ルールを破った事だけは憶えている
あれからざっと数えて6万秒以上経っている
こんなに時間がたっているはずなのに、まだまったく思い出せない事が山ほどある
それはきっと、僕が大事な大事なルールを知らず知らずのうちに破っているからだと思う
例えばみんなが急に静かになったら息を潜めて周りの様子をジッと窺うとか
僕だけが、誰からも教わってない、秘密のルールがまだまだある
娑婆の空気は美味い。
都会の空気は不味い。
まったく意味が解らない
きっと、そういう難しいことがわからないと
殺されるように出来てるんだろう
「アイツラに殺されるくらいなら死んでやる」
多分これが、誰にも言えない僕のルール
今はただ、口をつぐんで静かに目をつぶる。
西暦2005年1月17日、午後5時25分57秒の僕。