源氏物語と共に

源氏物語関連

源氏物語の訳の違い

2008-04-02 10:22:10 | その他
丸谷才一さんは<実事あり>という表現をよくされていますが、
源氏物語には結構きわどい場面が多く描かれています。


古典の授業では、桐壺の冒頭文や、「小萩がもと」の場面を学ぶ事が多いのですが、
さっぱりわからないものです。
こういう刺激的な?場面なら、学生もしっかり勉強するかもしれないと思います(笑)


先日の関連本で紹介した文芸春秋社編「源氏物語の京都案内」でも
訳の違いが後ろの方に載っていました。


若菜上で女三宮の所へ泊まったものの、紫の上の夢を見て、
急いで光源氏が戻ってくる場面。


女房達は眠ったふりをして、すぐにも御格子を上げずにいます。
雪の中、源氏はしばらく待ってやっと開けてもらいました。
そして、紫の上の部屋に行きました。


「(源氏)こよなく久しかりつるに、身も凍えにけるは。
おじ聞こゆる心のおろかならぬこそあめれ。さるは、罪もなしや」とて、
御衣(ぞ)引きやりなどし給ふに、
(紫の上)少し濡れたる御単(ひとえ)の袖をひき隠して
うらもなくなつかしきものから、うちとけてはあらぬ御用意など
いとはづかしげにをかし・・略・・
よろづいにしへのことをおぼし出でつつ、とけがたき御けしきを
怨みきこえたまひてその日は暮らしたまひつれば、えわたりたまはず。
・・略・・
今朝は例のように大殿籠り起きさせたまひて ・・  (若菜上)


この場面の「御衣ひきやりなどし給ふに・・」は


<円地源氏>
女君の御夜具をお引きのけになると、涙に濡れた単衣の袖をひき隠して
何のへだてもなくやさしいながらも、
そうそううち解けきってもお見せにならないお心もちいなど、
まことにこちらが恥ずかしくなるほど美しくゆかしい。



<田辺聖子新源氏物語>は、原文にない文章で心理を補っています。


紫の上がかぶっていた衾(ふすま)をそっと取ると
「まあ、冷たいお手」と紫の上はにっこりする。
しかし、源氏がふれた紫の上の単衣の袖こそ冷たい。
それは彼女の涙で濡れていたのではないだろうか。源氏はささやく
「雪のように冷えた。あたためておくれ」
「おかしいわ・・冷えたのはわたくしのほうのはずなのに。ひとりでいて、暖かいと思いになって?」
それを、紫の上はなよやかに、うちとけておかしそうにいう。美しく微笑して。
ひとり寝の床にも身だしなみ良く美しく、いつもの慣れた香をくゆらせて、
恨みもひがみもしないで、ふんわりと源氏を包む。


<とけがたき御けしき>こういうさりげない表現、
源氏物語の良い所だと思います。
他の訳文もありましたが、略します。どうぞこの本を参考に。


<大殿籠る>もいってみればそういう表現なのでしょうか。


源氏物語には日本独特のさりげない感覚表現があると思います。