2017.5.12
韓国文在寅政権、元駐韓大使が占う「不安だらけの船出」
武藤正敏:元・在韓国特命全権大使+
文在寅氏を支持したのは
格差に不満を抱く若い人々
5月9日、朴槿恵前大統領の弾劾を受けた韓国大統領選挙が行われ、革新系の「共に民主党」文在寅(ムン・ジェイン)氏が41.08%の得票で当選した。
保守系「自由韓国党」の洪準杓(ホン・ジュンピョ)氏24.03%は、中道系「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)氏21.41%を抜いて2位となった。
文氏の当選は予想通りの結果であったが、私が注目したのは、洪氏と安氏の得票の合計が、文氏のものを上回ったことである。
これは韓国の国民が、必ずしも文氏の北朝鮮に融和的な姿勢を支持したものではない結果を示すものだと考えることができる。
今回の大統領選挙のテレビ討論などで見ると、最大の争点の一つは北朝鮮の脅威にいかに対処するかであった。
しかし、事前の支持率の推移を見れば、文氏の支持率は常に40%前後であり、ほぼ一定していた。
これまでの大統領選挙では、北朝鮮の挑発行動などがあれば保守系の候補に支持が流れたが、今回は北朝鮮の激しい挑発行動があったにもかかわらず、文氏への支持は変わらなかった。
これは、文氏を支持した人が北朝鮮の脅威を理解せず、朴槿恵(パク・クネ)前大統領を弾劾に追い込んだ、韓国社会の格差の現状に不満を抱く若い人々だったことを物語っていると考える。
文氏への支持が変わらなかったのとは対照的に、洪氏と安氏の得票は大きく動いた。
最初は反文の受け皿として安氏が得票を伸ばしたが、保守系の支持者が安氏では頼りないと見ると、支持が洪氏に移った。
選挙直前の世論調査では、洪氏と安氏の合わせた支持率は文氏に及ばなかったが、選挙結果は文氏の得票を超えた。
これは、韓国の国民は文氏に対し、より慎重な北朝鮮への対応を望んだものと見ることができる。
前政権批判に終始し
見えない具体的政策
文氏は当選を受け、準備期間なしに5月10日大統領に就任したが、文政権の韓国の姿はまだ見えてこない。
今回の大統領選挙は、朴前大統領の弾劾を受けて行われたため、準備や選挙運動の期間が短く、テレビ討論などでもお互いを誹謗中傷したり、個人攻撃したりするものが多かった。
政策提言についても反朴の姿勢を示すことが中心となり、具体的な政策の中身に踏み込むものは少なかった。
とはいえ、文氏の過去を振り返ると、おぼろげながらその姿勢は見えてくる。
文氏は故・盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領の側近であり、盧政権では通常、個別の外交案件には携わらない秘書室長であったにもかかわらず、北朝鮮の問題となると自ら盧元大統領をサポートした。
これは、文氏の南北朝鮮に関する政策が、盧元大統領と重なり合うものであることを意味している。
そればかりか、竹島問題や慰安婦問題についても盧氏の立場と近似している。
したがって、選挙運動中の大統領の発言だけで具体的な政策を知ることは難しいが、盧元大統領の発言や政策などと照らし合わせて、文政権の今後を占うことはできる。
そうした視点に立ってみると、文政権の対北朝鮮政策、日韓関係への取り組み、国内経済政策のいずれをとっても韓国の将来に不安を与えるものしかない。
ただ、5月10日、国務総理内定者として知日派の李洛淵(イ・ナグヨン)全羅南道知事が指名された。
韓国の首相は、基本的には国内の政治・経済を担うものであり、外交は直接、大統領が主導するものである。
とはいえ、対日関係に詳しくない文政権においては、李氏の日本との関係という要素も勘案した任命とも考えられ、李氏が日本との関係で重要な役割を果たすことが期待される。
このように今後文政権の具体的な人事や政策が出てくるにしたがって、より現実的な方向性が出てくるのではないか期待する。
「条件が整えば平壌へ」と演説
筋金入りの北朝鮮融和策
文氏は5月10日、ソウルの国会議事堂で行った大統領就任演説で「必要であれば、ワシントン、北京、東京に行く。条件が整えば平壌にも行く」と語った。
文氏の基本的な考えは、対話通じ北朝鮮との緊張関係を改善していこうとするものであり、その姿勢を反映した発言だ。
文氏はテレビ討論会で、核問題では「凍結措置を優先し、十分な検証を経て完全な廃棄に移る段階的アプローチが必要」としていた。
これより先の5月1日、米国のトランプ大統領も「環境が適切なら、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と会ってもいいだろう」と述べた。
トランプ大統領の言う「環境が適切なら」というのは、北朝鮮の核放棄が前提という意味である。
つまり、北朝鮮の非核化は、トランプ氏にとっては対話の「入り口」であるが、文氏にとっては「出口」だということで、その意味合いは全く違うのだ。
また、北朝鮮も1日、外務省報道官談話で、「われわれの強力な戦争抑止によって、朝鮮半島情勢がもう一つの峠を越えた」と述べた。
それとともに、北朝鮮は4人の米国人を拘束した。
過去、拘束された米国人を釈放するために、
カーター元大統領やクリントン元大統領が北朝鮮を訪問した経緯があり、今回の拘束も北朝鮮が米国に対し、「米朝対話を始めるため元大統領などの大物を派遣してほしい」とのメッセージとも受け取れる。
それでは今後、北朝鮮問題は対話による平和的解決の方向に向かうのか。
重要なことは、同じ対話といっても「非核化の位置付け」が違うことである。
同時に、忘れてならないのは、金正恩氏は非核化の意志など全くないということである。
金大中(キム・デジュン)政権や盧政権が行った「太陽政策」は、北朝鮮の核ミサイル開発を助長したとの見方が多い。
他方、北朝鮮にとって強硬な姿勢をとった李明博(イ・ミョンバク)政権でも朴槿恵政権でも北朝鮮は核ミサイル開発を継続した。
しかし、北朝鮮の核ミサイル開発が最終段階に来た現在、トランプ政権は中国が北朝鮮に対する制裁に本腰を入れるよう、硬軟両様の構えで働きかけている。
そればかりか、朝鮮半島周辺海域には原子力空母「カール・ビンソン」や原子力潜水艦「ミシガン」を配置して軍事的圧力を加え、ロシアやASEAN諸国、オーストラリアを動かして北朝鮮に対する外交的包囲網を形成している。
これは文政権の誕生を見越して、韓国が勝手に北朝鮮に近づかないように牽制したともみることができる。
米国が本腰を入れ、中国が制裁を強化したのは初めてのことだ。
こうした動きを受け、北朝鮮も厳しい状況に直面している。
北朝鮮の朝鮮中央通信は3日、中国が米国に同調し北朝鮮に圧力をかけているとして、「親善の伝統を抹殺しようとする容認できない妄動だ」と非難する論評を掲げた。
反面、米国に対しては対話を促すような行動をとっている。
核ミサイル開発を決して放棄しない姿勢を見せてきた北朝鮮、北朝鮮に対する武力行使は犠牲が大きすぎるとして慎重になってきた米国。
そうした中で局面を打開していくためには、現在の米国主導による「北朝鮮包囲網」が成功することを期待するのが最も現実的だ。
しかし、文氏が北朝鮮を訪問したり、南北対話や経済協力を開始したりすれば、韓国が北朝鮮包囲網を壊すことになりかねない。
韓国が北朝鮮と対話すれば他の国は協力しないだろうし、韓国から北朝鮮に援助が渡っていれば、中国は制裁を強化しないだろう。
そう考えると、現在の北朝鮮包囲網が成功し、北朝鮮の非核化を実現させるためには、文政権の対北朝鮮政策がカギとなりそうである。
慰安婦問題の再交渉を
要求してくる可能性は高い
文氏は、選挙遊説の終盤の演説で、「慰安婦合意は間違っている」と述べた。
この合意を検証し、再度提起する構えである。
その場合、日韓関係は深刻な打撃を受けることにならないのだろうか。
結論から言えば、慰安婦問題は再交渉を要求してくる可能性が高い。
しかし、韓国にとって国内の格差是正は急務である。
韓国経済も苦境にあえいでいる。
そうした中で、日本との関係を冷え込ませることは得策ではない。
そこで、歴史問題とその他の問題とを切り離したいと考え、李氏を任命したのかも知れない。
しかし、本当に慰安婦問題を切り離して日韓関係を進めることができるのか。
韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)は、一筋縄ではいかない政治活動家団体である。
これまで韓国政府は朴政権時を除いて挺対協に振り回され、日本との関係を後退させてきた。
また、日本にとって朴政権下で行われた慰安婦問題に関する日韓合意は、初めて日韓の懸案解決に当たって、双方が譲歩する形で妥結したものである。
それまでは、韓国の国民世論を静めるため、日本がはるかに多くの譲歩をしてきたが、いつまでもこうしたことを繰り返すことは日本の国民世論が許さない。
慰安婦に関する合意は、そうした意味で今後の日韓間での問題解決のモデルケースとなるものであり、これを再交渉することなどあり得ない。
日韓関係が、慰安婦問題で対立しながら関係全般を進めるのには、日韓双方に抵抗があるだろう。それでも北朝鮮を巡る安保情勢の中で、日韓両国が対立したままでいいわけがない。
首脳レベルを始め、様々なレベルでの接触を重ね、関係改善の努力をしていくことが求められている。
韓国経済の体力を削ぐような
経済政策は現実的ではない
文氏が、選挙運動中に打ちだした経済政策は、いずれも非現実的なものと思われる。
それは反朴の流れをくむ人々の要望を列挙したものであるが、これを推進すれば、韓国経済の体力を一層削ぐことになり現実的ではない。
韓国経済の潜在成長力は年々落ちてきている。
そうした中で、国内の富の分配を改善するためには経済成長を促しつつ、恵まれない層の人々に対する分配を厚くしていく以外にない。
しかし、文氏が打ちだした「公務員81万人採用による雇用創出」は韓国の財政負担の重くし、ギリシャのような事態を招きかねない。
さらに最低賃金時給1万ウォンは、労組の要求を取り入れたものであるが、韓国企業の99%は中小企業で、そこで働く人は全労働者の88%と言われている。
そうした中小企業は、余裕のない経営を強いられており、最低賃金を2020年までに現在の7000ウォンから引き上げれば、多くの企業が倒産するか、労働者の解雇を行うだろう。
さらに財閥改革では、企業経営に労組の参画を図るという。
だが、大企業の多くを現代自動車のように労組に支配され、ストの頻発する企業にしようというのか。
いずれにせよ、今、言われている経済政策はとても実現できるものではない。
今回の寄稿では、文政権の姿勢について初期的なコメントをしたが、まだ、不明な点が多すぎる。
今後、問題別にその輪郭が明らかになってきた段階で、改めて文政権の今後、そして韓国の将来について考えてみたい。
(元・在韓国特命全権大使 武藤正敏)
韓国文在寅政権、元駐韓大使が占う「不安だらけの船出」
武藤正敏:元・在韓国特命全権大使+
文在寅氏を支持したのは
格差に不満を抱く若い人々
5月9日、朴槿恵前大統領の弾劾を受けた韓国大統領選挙が行われ、革新系の「共に民主党」文在寅(ムン・ジェイン)氏が41.08%の得票で当選した。
保守系「自由韓国党」の洪準杓(ホン・ジュンピョ)氏24.03%は、中道系「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)氏21.41%を抜いて2位となった。
文氏の当選は予想通りの結果であったが、私が注目したのは、洪氏と安氏の得票の合計が、文氏のものを上回ったことである。
これは韓国の国民が、必ずしも文氏の北朝鮮に融和的な姿勢を支持したものではない結果を示すものだと考えることができる。
今回の大統領選挙のテレビ討論などで見ると、最大の争点の一つは北朝鮮の脅威にいかに対処するかであった。
しかし、事前の支持率の推移を見れば、文氏の支持率は常に40%前後であり、ほぼ一定していた。
これまでの大統領選挙では、北朝鮮の挑発行動などがあれば保守系の候補に支持が流れたが、今回は北朝鮮の激しい挑発行動があったにもかかわらず、文氏への支持は変わらなかった。
これは、文氏を支持した人が北朝鮮の脅威を理解せず、朴槿恵(パク・クネ)前大統領を弾劾に追い込んだ、韓国社会の格差の現状に不満を抱く若い人々だったことを物語っていると考える。
文氏への支持が変わらなかったのとは対照的に、洪氏と安氏の得票は大きく動いた。
最初は反文の受け皿として安氏が得票を伸ばしたが、保守系の支持者が安氏では頼りないと見ると、支持が洪氏に移った。
選挙直前の世論調査では、洪氏と安氏の合わせた支持率は文氏に及ばなかったが、選挙結果は文氏の得票を超えた。
これは、韓国の国民は文氏に対し、より慎重な北朝鮮への対応を望んだものと見ることができる。
前政権批判に終始し
見えない具体的政策
文氏は当選を受け、準備期間なしに5月10日大統領に就任したが、文政権の韓国の姿はまだ見えてこない。
今回の大統領選挙は、朴前大統領の弾劾を受けて行われたため、準備や選挙運動の期間が短く、テレビ討論などでもお互いを誹謗中傷したり、個人攻撃したりするものが多かった。
政策提言についても反朴の姿勢を示すことが中心となり、具体的な政策の中身に踏み込むものは少なかった。
とはいえ、文氏の過去を振り返ると、おぼろげながらその姿勢は見えてくる。
文氏は故・盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領の側近であり、盧政権では通常、個別の外交案件には携わらない秘書室長であったにもかかわらず、北朝鮮の問題となると自ら盧元大統領をサポートした。
これは、文氏の南北朝鮮に関する政策が、盧元大統領と重なり合うものであることを意味している。
そればかりか、竹島問題や慰安婦問題についても盧氏の立場と近似している。
したがって、選挙運動中の大統領の発言だけで具体的な政策を知ることは難しいが、盧元大統領の発言や政策などと照らし合わせて、文政権の今後を占うことはできる。
そうした視点に立ってみると、文政権の対北朝鮮政策、日韓関係への取り組み、国内経済政策のいずれをとっても韓国の将来に不安を与えるものしかない。
ただ、5月10日、国務総理内定者として知日派の李洛淵(イ・ナグヨン)全羅南道知事が指名された。
韓国の首相は、基本的には国内の政治・経済を担うものであり、外交は直接、大統領が主導するものである。
とはいえ、対日関係に詳しくない文政権においては、李氏の日本との関係という要素も勘案した任命とも考えられ、李氏が日本との関係で重要な役割を果たすことが期待される。
このように今後文政権の具体的な人事や政策が出てくるにしたがって、より現実的な方向性が出てくるのではないか期待する。
「条件が整えば平壌へ」と演説
筋金入りの北朝鮮融和策
文氏は5月10日、ソウルの国会議事堂で行った大統領就任演説で「必要であれば、ワシントン、北京、東京に行く。条件が整えば平壌にも行く」と語った。
文氏の基本的な考えは、対話通じ北朝鮮との緊張関係を改善していこうとするものであり、その姿勢を反映した発言だ。
文氏はテレビ討論会で、核問題では「凍結措置を優先し、十分な検証を経て完全な廃棄に移る段階的アプローチが必要」としていた。
これより先の5月1日、米国のトランプ大統領も「環境が適切なら、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と会ってもいいだろう」と述べた。
トランプ大統領の言う「環境が適切なら」というのは、北朝鮮の核放棄が前提という意味である。
つまり、北朝鮮の非核化は、トランプ氏にとっては対話の「入り口」であるが、文氏にとっては「出口」だということで、その意味合いは全く違うのだ。
また、北朝鮮も1日、外務省報道官談話で、「われわれの強力な戦争抑止によって、朝鮮半島情勢がもう一つの峠を越えた」と述べた。
それとともに、北朝鮮は4人の米国人を拘束した。
過去、拘束された米国人を釈放するために、
カーター元大統領やクリントン元大統領が北朝鮮を訪問した経緯があり、今回の拘束も北朝鮮が米国に対し、「米朝対話を始めるため元大統領などの大物を派遣してほしい」とのメッセージとも受け取れる。
それでは今後、北朝鮮問題は対話による平和的解決の方向に向かうのか。
重要なことは、同じ対話といっても「非核化の位置付け」が違うことである。
同時に、忘れてならないのは、金正恩氏は非核化の意志など全くないということである。
金大中(キム・デジュン)政権や盧政権が行った「太陽政策」は、北朝鮮の核ミサイル開発を助長したとの見方が多い。
他方、北朝鮮にとって強硬な姿勢をとった李明博(イ・ミョンバク)政権でも朴槿恵政権でも北朝鮮は核ミサイル開発を継続した。
しかし、北朝鮮の核ミサイル開発が最終段階に来た現在、トランプ政権は中国が北朝鮮に対する制裁に本腰を入れるよう、硬軟両様の構えで働きかけている。
そればかりか、朝鮮半島周辺海域には原子力空母「カール・ビンソン」や原子力潜水艦「ミシガン」を配置して軍事的圧力を加え、ロシアやASEAN諸国、オーストラリアを動かして北朝鮮に対する外交的包囲網を形成している。
これは文政権の誕生を見越して、韓国が勝手に北朝鮮に近づかないように牽制したともみることができる。
米国が本腰を入れ、中国が制裁を強化したのは初めてのことだ。
こうした動きを受け、北朝鮮も厳しい状況に直面している。
北朝鮮の朝鮮中央通信は3日、中国が米国に同調し北朝鮮に圧力をかけているとして、「親善の伝統を抹殺しようとする容認できない妄動だ」と非難する論評を掲げた。
反面、米国に対しては対話を促すような行動をとっている。
核ミサイル開発を決して放棄しない姿勢を見せてきた北朝鮮、北朝鮮に対する武力行使は犠牲が大きすぎるとして慎重になってきた米国。
そうした中で局面を打開していくためには、現在の米国主導による「北朝鮮包囲網」が成功することを期待するのが最も現実的だ。
しかし、文氏が北朝鮮を訪問したり、南北対話や経済協力を開始したりすれば、韓国が北朝鮮包囲網を壊すことになりかねない。
韓国が北朝鮮と対話すれば他の国は協力しないだろうし、韓国から北朝鮮に援助が渡っていれば、中国は制裁を強化しないだろう。
そう考えると、現在の北朝鮮包囲網が成功し、北朝鮮の非核化を実現させるためには、文政権の対北朝鮮政策がカギとなりそうである。
慰安婦問題の再交渉を
要求してくる可能性は高い
文氏は、選挙遊説の終盤の演説で、「慰安婦合意は間違っている」と述べた。
この合意を検証し、再度提起する構えである。
その場合、日韓関係は深刻な打撃を受けることにならないのだろうか。
結論から言えば、慰安婦問題は再交渉を要求してくる可能性が高い。
しかし、韓国にとって国内の格差是正は急務である。
韓国経済も苦境にあえいでいる。
そうした中で、日本との関係を冷え込ませることは得策ではない。
そこで、歴史問題とその他の問題とを切り離したいと考え、李氏を任命したのかも知れない。
しかし、本当に慰安婦問題を切り離して日韓関係を進めることができるのか。
韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)は、一筋縄ではいかない政治活動家団体である。
これまで韓国政府は朴政権時を除いて挺対協に振り回され、日本との関係を後退させてきた。
また、日本にとって朴政権下で行われた慰安婦問題に関する日韓合意は、初めて日韓の懸案解決に当たって、双方が譲歩する形で妥結したものである。
それまでは、韓国の国民世論を静めるため、日本がはるかに多くの譲歩をしてきたが、いつまでもこうしたことを繰り返すことは日本の国民世論が許さない。
慰安婦に関する合意は、そうした意味で今後の日韓間での問題解決のモデルケースとなるものであり、これを再交渉することなどあり得ない。
日韓関係が、慰安婦問題で対立しながら関係全般を進めるのには、日韓双方に抵抗があるだろう。それでも北朝鮮を巡る安保情勢の中で、日韓両国が対立したままでいいわけがない。
首脳レベルを始め、様々なレベルでの接触を重ね、関係改善の努力をしていくことが求められている。
韓国経済の体力を削ぐような
経済政策は現実的ではない
文氏が、選挙運動中に打ちだした経済政策は、いずれも非現実的なものと思われる。
それは反朴の流れをくむ人々の要望を列挙したものであるが、これを推進すれば、韓国経済の体力を一層削ぐことになり現実的ではない。
韓国経済の潜在成長力は年々落ちてきている。
そうした中で、国内の富の分配を改善するためには経済成長を促しつつ、恵まれない層の人々に対する分配を厚くしていく以外にない。
しかし、文氏が打ちだした「公務員81万人採用による雇用創出」は韓国の財政負担の重くし、ギリシャのような事態を招きかねない。
さらに最低賃金時給1万ウォンは、労組の要求を取り入れたものであるが、韓国企業の99%は中小企業で、そこで働く人は全労働者の88%と言われている。
そうした中小企業は、余裕のない経営を強いられており、最低賃金を2020年までに現在の7000ウォンから引き上げれば、多くの企業が倒産するか、労働者の解雇を行うだろう。
さらに財閥改革では、企業経営に労組の参画を図るという。
だが、大企業の多くを現代自動車のように労組に支配され、ストの頻発する企業にしようというのか。
いずれにせよ、今、言われている経済政策はとても実現できるものではない。
今回の寄稿では、文政権の姿勢について初期的なコメントをしたが、まだ、不明な点が多すぎる。
今後、問題別にその輪郭が明らかになってきた段階で、改めて文政権の今後、そして韓国の将来について考えてみたい。
(元・在韓国特命全権大使 武藤正敏)