怒るトランプは「米韓FTA破棄」を命じた
対北人道支援が米国を逆なで
国際社会を裏切った韓国
10月4日(米国時間)、米韓がFTAの再交渉で合意しました。
鈴置:トランプ大統領は就任前から米韓FTAを「不公正な協定」(horrible deal)と非難し、改定に意欲を燃やしていました。
再交渉すれば当然、韓国に不利な改定となるので、韓国政府は逃げ回っていました。
米国の中にも「北朝鮮の核武装を力を合わせ防がねばならぬ時に、米韓の間で波風を立てるべきではない」と再交渉に反対する声が根強かったのです。
しかし北朝鮮への人道支援を決めるなど、韓国は国際社会の結束を堂々と乱し始めました(「金正恩をコーナーに追い詰めたトランプ」参照)。裏切りにトランプ大統領は激怒し、韓国に対し強く出るよう指示しました。
米政府は「FTA破棄も辞さず」との姿勢に転じました。FTAを破棄されたら経済的にも政治的にも韓国は大きな打撃を受けます。文在寅(ムン・ジェイン)政権は再交渉に応じるほかなくなったのです。
文在寅が混乱を生む
人道支援がトランプ大統領の怒りに火を付け、それが再交渉につながった……。
鈴置:東亜日報がその“証拠”をすっぱ抜きました。
「<特報>トランプ、文在寅政権の対北支援に不満……韓米FTA廃棄に影響』」(9月29日、韓国語版)です。
9月22日にロス(Wilbur Ross)商務長官がニューヨークでの非公開の会合で「人道支援が協定破棄論を呼んだ」と語りました。それを東亜日報が参加者から聞き出し、報じたのです。記事から商務長官の発言を拾います。
- 全世界が北朝鮮を経済的に孤立させるため圧迫している時に、北朝鮮への人道的支援をする韓国の政策を、トランプ大統領は苦々しく見ていた。こうした雰囲気が米韓FTAを破棄したいとのトランプ大統領の心情に影響を与えた。
- 文在寅政権が北朝鮮と対話し得ると考えることが混乱を呼んでいる。北朝鮮に対する韓国政府の立場は全く理解できない。より強硬にならねばならぬ時に、そうしない。こんな空気が米韓FTA破棄に対する変数になるだろう。
オフレコの会合だったためでしょう、この発言を報じた米国メディアは見当たりません。
東亜日報はこの会合でロス商務長官がサラダを前に語る写真を主催者のBCIU(国際理解のためのビジネス協議会)から借りて載せています。写真が記事の迫真性を増しました。
「大統領が狂っている」と言え
「協定破棄」は突然の話ではありません。9月2日、ワシントン・ポスト(WP)が「トランプ、米韓FTA破棄を準備」と特ダネで報じました。
「Trump preparing withdrawal from South Korea trade deal, a move opposed by top aides」です。
10月1日になって米オンラインメディアのAXIOSが、当時のトランプ大統領の発言をスクープしました。
大統領執務室で「30日以内に韓国が譲歩しないなら、FTAを破棄する」「大統領が狂っているから、今すぐにも協定を破棄すると(韓国政府に)言え」などとUSTRのライトハイザー(Robert Lighhtizer)代表に指示したというのです。
ただこの時は「協定破棄」には至りませんでした。9月3日に北朝鮮が核実験するなど朝鮮半島情勢が緊迫化し、米韓同盟にヒビを入れるべきではないとの声が高まったからです。
当時の空気をウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の「Trump Administration Weighs Withdrawal From South Korea Trade Pact」(9月3日、英語版)が伝えています。
それによると、大きな影響力を持つマクマスター("H. R." McMaster)大統領補佐官(国家安全保障担当)が、協定破棄はタイミングを考え注意深く実行するよう注文しました。
この記事は「ホワイトハウスが本気で協定の破棄を考えているのか、再交渉の席に韓国を呼び戻すための戦術かは不明だ」とも解説していました。
甘く見ていた韓国
当時は韓国政府も「単なる脅し」と軽く見ていました。中央日報の「トランプ大統領の韓米FTA破棄言及、再交渉で優位に立つ狙いも」(9月4日、日本語版)は、韓国政府関係者を指すと見られる「ワシントン外交筋」の以下の発言を紹介しています。
- 先月(8月)22日にソウルで開かれたFTA改定特別会議で韓国側が米国側の主張を全く受け入れず、今後の日程も決められずに別れたことに怒ったトランプ大統領が、破棄の検討を参謀に指示したと把握している。
- 韓国の強硬姿勢にさらなる強硬姿勢で対抗すべきだというトランプ式の交渉術とみられる。
転機となったのが、韓国政府が9月21日に発表した対北支援です。日米両国政府が繰り返し思い留まるよう申し入れたのに、韓国政府は無視して援助を決めました。
同じ日にニューヨークでの日米韓首脳会談で北朝鮮への圧力強化に合意したというのに、です。韓国政府は援助の時期は未定とも発表しましたが、北朝鮮包囲網を破ったのに違いはありません。
米政府が運営するVOA(アメリカの声)は、韓国政府の決定を批判する国務省報道官の発言を報じました。報道官が同盟国をこれほどはっきりと批判するのも珍しい。
「国務省、韓国政府の対北支援決定に『北には最大の圧迫を加えねば』」(9月23日、韓国語版、談話の一部は英語でも)で、東アジア太平洋局のアダムス(Katina Adams)報道官の発言を読めます。翻訳します。
- これは韓国の決定だが、米国の立場は変わらない。我々は世界の国に対し、最大の圧力を加えるよう追加的な行動を呼びかけている。それには経済面、外交面で北との関係を断つことも含む。
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自動車が焦点に
韓国こそ最も厳しい制裁を実行すべきなのに……。
鈴置:「金正恩をコーナーに追い詰めたトランプ」の最後で「怒った米国は韓国の頭を小突きました」と指摘しましたが、このことです。
米国は「このままじゃ、済まないぞ」と韓国に最後通牒を発した。しかし、普通の韓国人が米国の怒りに気がついたのは9月28日になってです。
中央日報の「韓国通商交渉本部長『米国の韓米FTA破棄の圧迫はいつでも現実化しうる』」(9月28日、日本語版)によると、金鉉宗(キム・ヒョンジョン)通商交渉本部長は9月27日、ワシントンで韓国特派員団に以下のように語りました。
- 米国の韓米FTA廃棄はただの「ブラフ(ハッタリ)」ではなく、実質的な威嚇であり、今後いつでも現実化しうるという判断を固めた。
- 最近10日間、ワシントンに滞在してホワイトハウス関係者や22人の上・下院議員および関連業界代表に広く会って話を聞いた結果、彼らは米政府が今後の協議過程でいつでも廃棄の圧迫をかけてくるという一致した意見を我々に伝えた。
FTA再交渉はどんな展開になるでしょうか?
鈴置:自動車・同部品が焦点になると米韓双方のメディアが報じています。ありていに言えば「韓国は米国製の自動車をもっと買え」ということです。
米国は「協定破棄も辞さず」とハラをくくった。自分の期待する譲歩を韓国からすべて引き出さない限り、妥協しないでしょう。
韓国も「破棄」でハラをくくればいいのでは?
鈴置:韓国は容易にハラをくくれません。米韓FTAは米韓軍事同盟の一部と韓国では認識されています。それが破棄となれば、ただでさえ北朝鮮の脅威に怯えている今、国民の安全保障に対する不安が一気に膨らむでしょう。資本逃避の加速材料となるのも間違いありません。
通貨危機か、反米親北か
では、文在寅政権はどんどん譲歩する……。
鈴置:基本的にはその構図となると思います。ハラをくくった米国の方が強いに決まっています。
米国には韓国から譲歩を引き出すだけではなく、「破棄」を威嚇材料に「親北反米」路線を止めさせるかもしれません。
例えば、韓国が対北人道支援に実際に乗り出したら、途方もない要求――例えば「米国製自動車を年間100万台輸入しろ。飲まなければ協定を破棄する」と突きつけるのです。そして裏では「人道支援を止めたと宣言すれば、要求を50万台に下げてやろう」とささやく……。
もし、追い詰められた文在寅政権が「破棄しよう」とハラをくくったら?
鈴置:その時はその時で米国には手があります。韓国を通貨危機に落とし入れればいいのです。米利上げと北朝鮮の核危機で、韓国からの資本逃避が始まっています。
10月10日には中国とのスワップが終了します(「韓国の通貨スワップ」参照)。中韓関係の悪化で延長は無理と韓国各紙は報じています。
■韓国の通貨スワップ(2017年10月6日現在)相手国 規模 締結・延長日 満期日 中国 3600億元/64兆ウォン(約560億ドル) 2014年
10月11日2017年
10月10日豪州 100億豪ドル/9兆ウォン(約76億ドル) 2017年
2月8日2020年
2月7日インドネシア 115兆ルピア/10.7兆ウォン(約93億ドル) 2017年
3月6日2020年
3月5日マレーシア 150億リンギ/5兆ウォン(約43億ドル) 2017年
1月25日2020年
1月24日CMI 384億ドル 2014年
7月17日中国とのスワップは発動しても人民元しか貰えませんから、通貨危機対策にどれだけ効果があるかは疑問視されてきました。しかし、韓国にとって、2国間スワップ総額の70%を占めるのです。
これが消滅するとなれば精神的な打撃は大きい。韓国紙には通貨危機を懸念する記事が載り始めました。
そんな地合いですから、米国が韓国を追い込むのは難しくありません。そのうえで「通貨危機か、反米親北を止めるか」の二者択一を迫ればいいのです。
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韓国は中国との交渉カードに
トランプ大統領ならやりかねませんね。
鈴置:トランプ大統領に限りません。左派政権――金大中(キム・デジュン)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)が誕生するたびに、米国は韓国を「通貨」で威嚇してきたのです。
それにしても米国が同盟にも影響する「FTA破棄」までハラをくくるとは。思い切りましたね。
鈴置:韓国の裏切りがあまりにもひどいからです。朴槿恵(パク・クネ)政権は「離米従中」。次の文在寅政権は「反米親北」。米国兵士の命をかけてこんな国を守る義務はありません。もともと米国にとって韓国は「なくてもよい国」なのです。
それにトランプ大統領は韓国を中国との交渉カードに使う可能性が高い。核を放棄させるため北朝鮮を攻撃したら金正恩(キム・ジョンウン)政権は崩壊する可能性が高い。その後の北朝鮮を誰が支配するか米中、あるいは米中ロで話し合うことになります。
習近平主席はトランプ大統領に「韓国は歴史的に中国の一部」と説明したようです。トランプ大統領はそれをWSJとの会見で明かしました(「『韓国は中国の一部だった』と言うトランプ」参照)。
「北朝鮮処分」に先だって、米中が朝鮮半島全体の中立化で合意すると観測する専門家が増えています。当然、米韓同盟は消滅します。それを考えれば、米韓FTAの消滅など大した話ではないのです。
韓国でも米韓軍事同盟の破棄が語られています(「『米韓同盟破棄』を青瓦台高官が語り始めた」参照)。
鈴置:北朝鮮の核問題がどう決着が付くかは読めません。1つ言えるのは、その陰で米韓同盟の崩壊が始まっていることです。