50代で退職、4人に1人が年金未加入…韓国「貧しい中高年」の悲痛な末路を『パラサイト』で読み解く
1/8(金) 8:01配信
2019年のアカデミー賞で作品賞を受賞した映画『パラサイト 半地下の家族』が1月8日の金曜ロードショーにて放送される。
大雨が降ると冠水するような劣悪な半地下住宅で暮らす無職の4人家族が、高台の豪邸に住む裕福な家族のもとに、家庭教師、運転手、家政婦として入り込み、寄生するというストーリーだ。
映画のホームページには、この対照的な2組の家族の集合写真が載っている。
貧乏なキム家は全員が裸足であるのに対し、裕福なパク家はみな上品な靴で足を包んでいる。
この写真からもわかる通り、この作品は韓国の格差社会と貧困層の実情を描いた作品として話題を呼んだが、実際には映画内で描き切れなかった社会問題も数多くある。
その一つが、高齢者の貧困問題と未成熟な年金制度だ。
自営業者になるしかなかった…
韓国の文在寅大統領
半地下の家族も元は中産階級であり、生まれながらに貧しかったわけではないことが、映画を観ているうちにわかる。
父親のギテクは事業を始めては失敗を繰り返した過去を持つ。
2016年ごろに大流行した「台湾カステラ」の店を開き一発当てようとしたものの、すぐにブームは去り、廃業の憂き目にあった。
創業しては失敗する彼は、まさに韓国社会の縮図といえる人物である。
経済協力開発機構(OECD)によれば、韓国は全勤労者に占める自営業者の比率が24.6%と、36カ国の加盟国のうち8番目に高い。
ちなみに日本は10%(28位)で自営業者の比率が低い国である。
韓国国税庁の「2020年 国税統計」によると、2019年に新たに自営業者として登録した人は約117万人に上るが、同時に約84万人が廃業している。
統計上では、同じ年に100人が開業すると同時に72人が廃業している計算になり、商売を続けられる自営業者は3割弱しかいない。
自営業者の商売の代表格が、フランチャイズのフライドチキン店やコンビニ、コーヒーショップである。
そのフライドチキン店にしても、2018年に6万2000店が開業したのに対し、それを上回る8万4000店が廃業している。
そのうえ文在寅政権は、大統領選の公約であった「所得主導成長」の一環として、2018年に16.4%、2019年には10.9%と2年連続して最低賃金を大幅に引き上げた。
所得の増加を消費促進につなげ、経済成長を図るという狙いがあったが、人件費高騰に悲鳴を上げた自営業者は即座に雇用を減らし、コストカットに汲々とするようになった。
そこに追い打ちをかけたのが、新型コロナウイルス感染症の拡大による飲食店の営業停止である。
そのような苦しい状況にもかかわらず商売を始める人の多くは、かつて勤ていた会社を退職した元サラリーマンで「経営の素人」である。
彼らはなぜ3割しか成功しない自営業者に転ずるのだろうか。
韓国では、高齢者雇用法により2016年から段階的に定年を60歳以上にすることを企業に義務付けたが、統計を見ると早期退職者数は減るどころか増えている。
公的企業や労組のある大企業を除くと、実際の退職年齢は平均して50代初め頃だ。
一方で年金の受給開始年齢は現在62歳であり、それまでの約10年間を貯金だけで生活するのは難しい。
だからこそ、韓国の中高年はリスクを承知で自営業を始めるしかないのだ。
失敗して老後は貧しい生活を余儀なくされる可能性は高いが、高齢者の貧困に拍車をかけるのが韓国の未成熟な年金システムである。
ギテクと妻のチュンスクの夫婦もまた、遅くとも20年後には65歳を超え、高齢者になる。
韓国は65歳以上の相対的貧困率が43.7%(2017年)と、OECD加盟国36ヵ国中トップクラスにある。
相対的貧困率とは、所得が中央値の半分に満たない世帯で暮らす人の割合を指す。
OECD加盟国の平均は14.8%なので、韓国はその3倍も貧困率が高いことになる。
高齢者の貧困率が高い理由は明白で、一般国民を対象にした国民年金制度の導入が1988年と遅かったためである。
それも当初は、従業員10人以上の事業所のみが対象だった。
1998年に都市自営業者、および10人未満の事業所まで加入対象が広がり、ようやく「国民皆年金制度」が実現した。
現在の国民年金(老齢年金)の平均支給額は51万9000ウォン(約4万9000円)で、20年以上年金保険料を納めた完全老齢年金者でも92万7000ウォン(約8万8000円)である(2019年)。
これだけで満足に生活していくことは難しい。
加えて映画の冒頭、ギテクたちは夫婦そろって失業状態という設定であったため、保険料の支払いに空白期間があってもおかしくない。
その場合、将来的な受給額はさらに減ることになる 。
実際に、2018年時点の自営業者の国民年金加入率は56.3%にすぎない。非正規職の場合はさらに低く、42.8%と半数にも満たない。
女性の3人に1人が年金に未加入
チュンスク役のチャン・ヘジン[Photo by gettyimages]
母親のチュンスクは元ハンマー投げの選手で、全国大会の金メダリストである。
韓国では競技スポーツの選手は、才能に恵まれた一部の人材に集中投資して養成する。
超エリート・アスリートであった母親も、ギテクと結婚するまでは貧困とは無縁だったはずだ。
韓国には「体育年金制度」という仕組みがあり、オリンピックやアジア大会、ワールドカップなど国際大会で入賞したトップアスリートは、成績に応じて将来受け取れる年金の額が増える。
チュンスクはハンマー投げで金メダルを獲った元アスリートだ。
だが、解説によれば、オリンピックではなく韓国内の全国体育大会で獲得したものとある。
そのため「体育年金制度」の対象者とはならない。
もしチュンスクがオリンピックの金メダリストであったなら、生涯にわたり毎月100万ウォン(約9万5000円)の体育年金が支給されていたであろう。
ちなみに銀メダルは75万ウォン(約7万1000円)、銅メダルは52万ウォン(約4万9000円)が毎月追加で支給される。
体育年金を受け取れないどころか、映画のラストで彼女は、失業するよりもはるかに悲惨で過酷な結末を迎えることになる。
ネタバレになるので詳細は省くが、母親と息子は、二人だけで生きていくことを余儀なくされる。
その後の彼女の生活はどうなるのか。
チュンスクは、まだ中年で健康であり、何かしらの職を得ることは可能だろう。
だが、未来は明るくない。
国民年金の加入率は、2018年で男性75.2%に対し女性は66.1%と差がある。
日本のような被保険者の配偶者を対象とする「第3号被保険者」といった制度もない。
女性は短時間労働に従事しがちで男女の賃金格差も大きいことから、ただでさえ年金支給額が低くなりやすい。
国民年金に未加入のまま高齢期に入った女性は、資産がなければ生活の術がない。
また女性は、男性より格段に貧困リスクが高いにもかかわらず、総じて長生きである。
韓国で高齢女性の貧困問題が今後さらに深刻化するのは必至である。
ただ、チュンスクの場合、もし国民年金に加入していれば、子どもを2人産んでいるので「出産クレジット」として、12ヵ月分が加算される。
出産クレジット制度は、少子化対策として2008年に導入された出産奨励策である。
現行では、子ども2人の場合は12ヵ月分、第三子からは1人につき18ヵ月分が納付期間としてプラスされる。
子どもの数により最大50ヵ月分が父母の双方に上乗せされ、納付期間が長くなり、結果として受け取ることのできる年金額が増える。
実際に子どもを5人産んで50ヵ月分加算され、受給に最低限必要な納付期間の120ヵ月をギリギリ達成し年金を受け取った女性もいるという。
若い世代は「無年金者」になりうる
映画の冒頭、ギテクとチュンスクの夫婦は失業状態にあるが、息子のギウと娘のギジョンは大学進学を目指して浪人中。
両親が子どもたち2人に「大学なんて行かせる余裕はないから、とにかく働いて家計を助けてくれ」とは言わないところに、高等教育を重視する元中産階級の価値観や面影が色濃く見える。
韓国には、職場で「高卒」と見下されながら通信制や夜間の大学で学び、夢や希望がつぶれないようにと必死で働く若者も数多くいるが、キム家4人にとって身近な存在ではない。
半地下の家族は「一家全員失業中」という設定にもかかわらず、どことなく余裕が感じられるのだ。
映画の中で半地下の家族は、ひょんなことから裕福な家庭のパク家 に雇われるようになる。
父親は運転手、母親は家政婦、息子と娘はパク家の子ども2人の家庭教師となるが、いずれも個人事業主である。
自営業者だけでなく韓国の個人事業主もまた、厳しい状況に追い込まれている。
韓国小商工人連合会が全国の個人事業主を対象に行った今後の見通しに関する聞き取り調査によれば、
「廃業状態」が22.2%、「廃業を考えている」という回答が50.6%と半数を占めた(『中央日報』2020年9月8日)。
劇中の半地下の家族に限っていえば、雇い主家族の裕福な生活ぶりからして、たとえコロナ禍であっても運転手や家政婦を必要としただろうし、集団の学習塾よりも家庭教師の方が安全、安心だと好まれたであろう。
映画内で起こった大事件がなければ、しばらく雇用は継続されたと思われる。
しかし映画は衝撃的なラストを迎えて、キム家の息子ギウは母親と2人で取り残される。
彼の未来はどうなるのだろうか。
韓国男性の経済生活は通常、1年半~2年弱の兵役の義務を果たしてからはじまる。
しかしギウは大学受験で二浪した後、兵役を済ませているので、進学をあきらめて就労することは可能だ。
とはいえ、現在、韓国の若者は極度の就職難に直面している。
兵役を終えて熾烈な就活競争を勝ち抜きやっと就職しても、大卒であれば30歳近くなっている。
そのうえ、先述の通り50代で退職を余儀なくされる者も多く、正社員として働ける期間はそう長くない。
また現在、韓国の20代の「拡張失業率」(就職を諦めた人やアルバイトをしながら就職活動中の人も含めた失業率)は20%を越えており、2000年代後半からは、低賃金の短期雇用で働く非正規労働者が増えている。
このままでは、老後の資産形成が十分にできないまま、国民年金に加入していない無年金者がさらに膨れ上がる懸念がある。
韓国の人々は、こうした厳しい現実を肌身に感じている。
こうして現実の社会と照らし合わせながら見ると、映画で描かれた半地下に住む家族のストーリーは決して他人事ではなく、重く息苦しい映画だと感じた人が多いというのもうなずけるだろう。
春木 育美(社会学者)