「文在寅外し」に乗り出した米日 「中国べったり」と見切り、政権交代待ち
2/8(月) 15:00配信
<picture></picture>
RNTlVth1b
「文在寅外し」に乗り出す両国
バイデン(Joe Biden)大統領と菅義偉首相が「文在寅(ムン・ジェイン)外し」に動く。
いくら説得しても離米従中路線は変わらないと見切った――と韓国観察者の鈴置高史氏は解説する。
「格落ちの同盟国」扱いに
バイデン政権発足直後の日米韓の動き (日時は日本時間ベース)
鈴置:2月4日午前(日本時間)、バイデン大統領は文在寅大統領と初の電話協議を開きました。
日米首脳の電話協議に遅れること1週間でした。
韓国の保守系紙はこの協議を通じ、米韓同盟の亀裂が明白になったと評しました。
中央日報は解説記事の見出しを「文大統領とバイデン、初電話から視覚の差が露わに」(2月5日、韓国語版)としました。
日本語版では「文-バイデン大統領、最初の電話会談から見解の違い鮮明に」と訳しています。
中央日報が指摘した「米韓の間の見解の違い」は対中政策です。
中国包囲網を象徴する「インド太平洋」という単語が米国側の発表に入っていなかったことに注目しました。
バイデン大統領は菅義偉首相との電話協議でも豪州のS・モリソン(Scott Morrison)首相との協議でも「自由で開かれたインド太平洋」あるいは「インド太平洋」を使っています。
中央日報の韓国語版から関連部分を翻訳します。
・韓米同盟は「北東アジアの核心軸」、日米同盟は「インド太平洋の礎石」、米豪同盟は「インド太平洋と世界の錨」と表現した。
中国牽制などグローバル戦略上、どの同盟をより重視するのかさりげなく表現したわけだ。
・パク・インフィ梨花女子大学教授は「インド太平洋戦略に関し態度が不明確な韓国と異なり、積極的に参加する日本と豪州を最も重要な同伴者と見なすのは当然のことだ」と説明した。
「中国共産党への祝辞」で見切り
――韓国は「格落ちの同盟国」に転落した、ということですね。 鈴置:自然の成り行きです。
バイデン大統領は就任するや否や、中国と立ち向かうと表明しました。
米中二股に励む韓国をまともな同盟国と見なすわけがありません。
バイデン政権の登場直後にも、韓国はさらなる悪材料を提供しました。
1月26日、文在寅大統領が習近平主席に「中国共産党創建100年を心から祝う」と述べたのです(「『バイデンから電話が来ない』と気を揉む韓国人 原因は『習近平コール』か、それとも――」参照)。
朝鮮日報の金真明(キム・ジンミョン)ワシントン特派員は「中国牽制しようと使う『インド太平洋』、米国が報道資料に入れず」(2月5日、韓国語版)で「中国共産党への祝辞を見て、韓国とは中国の脅威の認識を共にできないと米国が判断した可能性がある」と書きました。
確信を持っての記述でしょう。2月1日、趙義俊(チョ・ウィジュン)特派員と共に、金真明特派員は米上院外交委員長への就任が見込まれる議員にオンラインでインタビューし、激しい文在寅批判を引き出しているからです。
インタビューに答えたのは民主党のR・メネンデス(Robert Menendez)上院議員。
「文の中国共産党祝賀に失望…こうなるために我々は血を流して韓国を守ったのか」(2月3日、韓国語版)は見出しも辛らつですが、内容も文在寅批判に満ち溢れています。記事から同議員の発言を拾います。
もう、米韓は価値観を共有しな
アメリカ激怒! 韓国の本音は「南北共同の核保有」だ。
半島情勢「先読みのプロ」が隣国の実情を冷徹に診断。『米韓同盟消滅』鈴置高史[著]
・(文在寅大統領の中国共産党への祝辞には)失望し(discouraging)、懸念している(concerning)。
中国が香港人にしていること、台湾に加えている威嚇などは本当に憂慮すべきだ。
(中共の)そんな歴史に大喜びするなんて私には理解できない。
・文大統領は習近平におもねろう(flatter)として言ったのかもしれない。が、最終的にそれ(中共の価値)が世界や韓国と共有する価値ではないことを理解しているよう願う。
・こうなることを願って我々は共に血を流したのではない。その後も韓国の防衛と朝鮮半島の非核化のために資源を投入しているのではない。
・(2020年末に公布された「対北朝鮮ビラ禁止法」に関し)文大統領は挑発的だと見ているのかもしれないが、私はそう見ない。
情報の流れは普遍的な権利だと考える。北朝鮮の人々に情報を提供することが重要だ。
北朝鮮の人々が苦痛の中にあった時、我々が彼らの側に立っていたことを明確にせねばならない。
・バイデン政権は全世界で「人権」と「民主主義」を米外交の礎石(cornerstone)に格上げすることになる。(上院外交)委員会が北朝鮮の人権問題を提議するよう望んでいる。 ――「米国は文在寅とは価値観を共にしない」と宣言しましたね。
鈴置:その通りです。さらには、価値観を共有しないなら韓国との同盟は打ち切るぞ、と示唆したのです。
・韓国に説教するつもりはない。(米韓同盟のスローガンが)「共に行こう」であるのは、我々が価値を共有しているからだ。
韓国に何らかの変化がない以上は、(民主主義と人権という)その価値を韓国民が守ると仮定するということだ。
韓国と価値観を共有するからこそ同盟を維持してきた、と強調することで「民主主義をおろそかにするなら見捨てる」と警告したのです。
「説教するつもりはない」と言いつつ、露骨に脅したわけです。
脅さないと付け上がる韓国人
「中共称賛」だけではありません。
文在寅政権は司法への影響力を強め、三権分立を壊し始めています(「ヒトラーの後を追う文在寅 流行の『選挙を経た独裁』の典型に」参照)。
バイデン政権で韓国担当の国務次官補代理に指名されたJ
・パク(Jung Pak)氏は就任直前に「報道の自由も人権もないがしろにする文在寅政権」を非難する論文を発表しました(「『バイデンから電話が来ない』と気を揉む韓国人 原因は『習近平コール』か、それとも――」参照)。
韓国の民主主義の後退は米国の外交専門家の間で常識になっている。
そこでメネンデス上院議員も文在寅政権の「離米従中」に警告を発する際に、「人権」や「民主主義」といった米国との共通の価値観の喪失を武器に使ったのでしょう。
――率直に「離米従中するな」と言えばいいのでは?
鈴置:それは逆効果です。
韓国人は米国から「戻って来い」と袖を引かれると「自分は米国にとって不可欠な存在なのだ」と思いこみます。
そして「何をやっても米国から見捨てられない」とばかりに、ますます米中二股に精を出します。
韓国には「見捨てるぞ」と通告した方が効果的なのです。
この辺はメネンデス上院議員も十分に分かっているのでしょう。
朝鮮日報に対し、繰り返し「中国側に付くな、と言っているのではない」と語りました。
以下です。
・米国は、韓国が中国に対抗して絶対に米国側に付かなければならないと頼んでいるわけではない。破壊的な朝鮮戦争の後、韓国を強い国、信じがたいほどの経済的な虎にしたその原則を擁護してほしいとお願いしているのだ。
・これは米中間の対決で韓国が米国の側に付くという問題ではなく、我々が共有している民主主義・自由市場・法治・反腐敗・紛争の平和的で外交による解決・人権といった価値を守るための問題だ。
「模範生」のブランドにしがみ付く
――「人権」や「法治」を韓国人に訴えて効き目があるのでしょうか?
鈴置:確かに、韓国人はそんな西欧的な価値にさほどの関心を寄せません。
他人を攻撃する時には使いますが、自らを律する規範にはなっていません。
ただ、韓国人も米国と価値観を共有するフリをすることで得てきた利益は守りたい。
朝鮮戦争で多くの国から軍事的に助けて貰えたのも、戦後に膨大な援助を与えられたのも、「自由民主主義国」の看板を掲げていたからです。
今、G7を拡大する構想が浮かんでいます。
韓国がその看板を失えば、拡大メンバーに指名されるでしょうか?
「慰安婦」を使っての日本非難に耳を傾ける人も減るでしょう。
だから韓国人は保守も左派も「西側の模範生」というブランドを異様に大事にし、最大限に活用します。
最近のハンギョレを見てもそれがよく分かります。
日米首脳が電話協議を実施したのに韓国にはすぐには電話がかかって来なかった際に載った記事です。
「真夜中に駆けつけた菅首相、米大統領との電話会談の“順序”が示す意味は?」(1月29日、日本語版)から引用します。
・新型コロナウイルスへの対応の成功などで最近、韓国の国際的地位が急激に上昇したことから、バイデン大統領が韓日首脳と少なくとも「同じ日」に電話会談を行うだろうとの予測が主流だった。
米国にとって韓国は、自分たちが血を流して守り抜いた同盟国であり、民主主義と経済成長という二兎を得ることに成功した「模範生」だ。
・そのため、米国は韓米同盟に「要(linchpin)」という特別な用語を使う。韓国の国際的地位は最近さらに高まり、世界の主要民主主義国家の集まりである「D-10」に入る主要国家へと成長した。
・実際にバイデン大統領は、当選後の就任前には韓国、日本、オーストラリアなどインド太平洋地域の同盟国首脳と同日(2020年11月11日)に電話会談を行っている。
日本とは電話会談を行ったのに、なぜバイデン大統領はまだ韓国とは行っていないのか、という不満が出る理由がここにある。
この記事は「米国が血を流して守った韓国を大事にするはず」と書いた。
まだ、「西側の模範生」というブランドが生きていると勘違いしているのです。
米上院の外交委員長に就任するベテラン政治家が「血を流して守った韓国がこんな国になってしまった」と嘆いているというのに。
バイデンと手を組む韓国保守
――米韓首脳の電話協議の後、ハンギョレは「インド太平洋の欠落」に関し、どう説明したのでしょう。
鈴置:何と、電話協議を論じた社説「韓米首脳の初電話、『韓半島の平和』進展の出発点となるよう」(2月4日、韓国語版)では一切、「インド太平洋」に触れなかったのです。
文在寅政権べったりの左派メディアとしては「米国から外された」と書いて、国民の反政府感情を呼び起こすわけにはいかない。
それとは対照的に保守系紙は、ここを先途と「米国に見捨てられた!」と叫んでいる。
2022年5月の大統領選挙で保守は苦戦が予想されています。
国民的な人気を誇る候補者が見当たらないからです。
こうなったらバイデン政権と組んで血路を開くほかない。
「左派政権が続けば韓米同盟が消滅する」と国民に訴えれば、大物候補者がいない不利をある程度克服できるでしょう。
韓国人は米国に反発することはありますが、多くはこの同盟を続けたいと願っています。
冒頭で紹介した「インド太平洋の欠落」を指摘する前から、朝鮮日報は米上院議員のインタビューを載せたうえ、社説でも取り上げています。
この社説「中共を称賛した文に対し『なぜ我々は共に血を流したのか』と問う米議員』」(2月4日、韓国語版)の書き方が面白い。
メネンデス上院議員の発言を淡々と紹介しただけ。
何の論評も加えず、「これ以上付け加える言葉はない」で結びました。
普通の韓国人ならこれを読むだけで、十分に米国の怒りに気づきます。
朝鮮日報の論説委員会は声を張り上げず、厳しい現実を突き付けることで韓国人をぞっとさせたのです。
朝鮮日報や中央日報に遅れをとった感のあった東亜日報も2月6日、「文在寅とバイデンの亀裂」報道に加わりました。
「<独自>米国防総省・国務省、鄭義溶の発言に反発 『(北朝鮮の核という)高級技術の拡散は重大脅威…合同訓練は“防衛的”』」(韓国語版)です。
2月5日、外交部長官に指名された鄭義溶(チョン・ウィヨン)氏が国会の人事聴聞会で「北朝鮮には非核化の意思がある」と語ったうえ、米韓合同演習の実施に関し北朝鮮に配慮すべきだと示唆しました。
東亜日報のワシントン特派員はさっそく国防総省と国務省に評価を聞き、外交部長官予定者の発言に対する否定的な見解を引きだしたのです。
徹頭徹尾、韓国を無視した菅首相
――「文在寅外し」を狙う米国を後ろ盾に、保守が左派潰しに出た……。
鈴置:「文在寅外し」に乗り出したのは日本も同じです。
菅義偉首相は1月29日、世界経済フォーラムが主催するオンライン会合「ダボス・アジェンダ」で演説しました。
司会者から「米中間の緊張が高まる中、日本はどう国際協力を進めるのか」と聞かれた菅義偉首相は「日米同盟を基軸にし、基本的な価値観を共有するASEAN、豪州、インド、欧州との連携を緊密にする」と答えました。
「中・ロとも安定的な関係を築く」と述べたものの「韓国」への言及はまったくありませんでした。
世界経済フォーラムが提供する動画で視聴できます。21分23秒後からです。
菅義偉首相は、韓国を「価値観を共にする国」に入れなかっただけでなく「共にしない国」にも含めず、
あたかも地球上に存在しないかのように扱ったのです。
日本政府のこれほど明確な「韓国無視」は1987年の韓国の民主化以降、初めてです。
冷戦下、自民党政権は韓国と深く手を結びましたが、それは黙っていました。強権的な政権との連携は国民に受け入れられなかったからです。その時代に戻った感があります。単なる「日韓関係の悪化」でここまではしないでしょう。
「中国と共に行こう」
――「菅首相の韓国外し」は初耳でした。
鈴置:日本のメディアはその部分は報じなかったからです。しかし、朝鮮日報は見逃しませんでした。
少し遅れてですが「日本の菅、パトナーシップ強化を謳いながら…韓国はすっぽり抜き、印・豪の名は挙げる」(2月1日、韓国語版)を載せたのです。
この記事は事実を伝えただけ。何の評価もせず、「文在寅政権の対日融和策への転換は効果を発揮していない」との韓国外交筋の談話を紹介したに留めました。
記事への読者の書き込みは2本。
「韓国排除は日本の指導者として当然だ。日本から見れば韓国は信じられない国になった」との意見。
もう1本は「日本など信じるな。北韓(北朝鮮)、中国と共に行こう」でした。
西側に残るのか、一気に中国圏入りするのか――。
この読者コメント欄が「岐路に立つ韓国」を象徴しています。
鈴置高史(すずおき・たかぶみ) 韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。 デイリー新潮取材班編集 2021年2月8日 掲載
新潮社