▽人権前面に「歴史正統性」追求
韓国側は、関係修復に手を打ち始めている。文在寅大統領は、日米首脳電話会談からちょうど1週間後の2月4日、バイデン米大統領と初の電話会談を行い、日韓関係の改善が重要との認識で一致。
北朝鮮の非核化と日米韓3カ国の連携強化の必要性も確認した。
これに先立つ1月18日の記者会見では、韓国側が一方的に白紙化した2015年12月の慰安婦合意を巡り「日韓両政府の公式合意だったとの事実を認める」と軌道修正。
掲載者のコメント
軌道修正で済む問題でない。信義がかかる。
先の判決が8日に示された後だっただけに、日本でも大きく報道された。23日には外務報道官声明の中で「日本にどのような追加的請求もしない」と言及した。
だが日本政府は冷ややかだ。文政権が関係改善のため、これまでの日本の主張を認め、具体的取り組みを始めると見る向きはほとんどない。
「1月21日に発足したバイデン米新政権に向けたポーズではないか」(外務省幹部)との疑念があるからだ。
バイデン政権は日韓関係の改善を望んでいる。
文政権は改善に動いていることをアピールし、進展しない場合は「悪いのは日本」と言えるように環境づくりをしているとの見方だ。
文政権最大の目的は朝鮮半島の南北統一の実現であり、それには米国の支持と支援が重要になる。ここで得点を稼ぎ、北朝鮮問題に取り組んでもらおうというわけだ。
加えて、バイデン政権が人権重視であることを重視。
慰安婦問題は、日本による違法な植民地支配に起因する普遍的な人権侵害だと規定し、米国の対日圧力に期待している。
先の外報官声明は、慰安婦問題について「世界で類を見ない戦時の女性の人権蹂躙」だったと改めて非難し、日本に「被害者の名誉回復と心の傷の治癒」を強く迫っている。
日本に対する歴史的正統性の追求と「被害救済」の旗は高く掲げられたままなのだ。
文政権は、2015年合意は政府間の合意として認めつつ、日本に対して被害者中心のアプローチで「責任の痛感」と「真摯な反省」に基づく行動を求めるということなのだろう。
▽慰安婦問題は「解決済み」
だが、菅政権には、韓国のこうしたアプローチに応じるつもりはない。
韓国側の出方は「想定内」(外務省幹部)であり、文大統領の軌道修正発言に対しても「留意すると同時に、今後の対応をしっかりと注視していきたい」(坂井学官房副長官)と述べるにとどめた。
逆に、韓国側の行動を促した。
米国との関係でも韓国の出鼻をくじいたとしている。
政府関係者によると、菅義偉首相は1月28日未明のバイデン大統領との電話会談で、慰安婦問題は解決済みであり、一方的に合意を破棄したのは韓国だとして、日本の立場に理解を求めた。
外相や政府高官のレベルでも韓国の国際法違反を指摘し、日韓関係改善にはその是正が必要との認識を伝えてきた。
▽韓国は国際連携で疎外感も
文大統領の「方針転換」について日本政府内には、激化する米中対立とアジア太平洋地域の情勢変化、国際的な経済連携を巡り、ポジション修正を迫られたのではないかとの指摘もある。
韓国は、日本が進める環太平洋連携協定(TPP)とインド太平洋構想(FOIP)から距離を置き、結果的に中国依存を深めた。
日米豪印4カ国(QUAD)の安全保障協力や、日米台による経済安保フレームの構築も進み、いよいよ危機感を強めたとの見立てだ。
日本政府関係者は「世界最強の半導体メーカーは台湾積体電路製造(TSMC)だ。
日米で囲い込めば、先端分野を巡る米中対立は短期的には中国の負けとなる。
韓国への影響を抑えるには、立ち位置のリバランスが必要になる」と話す。
菅政権は韓国の対応如何に関わらず、FOIPやQUADをはじめとする重層的な国際協力を進めていく構えで、韓国は疎外感を強めることになる。
▽「正義連」を断ち切れるか注視
しかし、このまま日韓間の距離が縮まらないでいいのだろうか。
国益絡みの思惑があるとはいえ、文大統領は朴槿恵政権時代の慰安婦合意を認めた。
元徴用工問題でも18年10月の韓国最高裁判決に基づき日本企業の資産が売却されるのは、日韓関係において「望ましいとは思わない」と踏み込み、外交的解決を目指す姿勢に転じた。
日本としては、中国や北朝鮮の動向を踏まえ、日韓や日米韓3カ国のみならず、主要な民主主義国グループとの連携強化を図るのは有意義なはずだ。
新型コロナウイルス対策や「脱炭素」などグルーバル課題の解決に向け、日韓関係を「世界の中の日韓関係」と再定義した上で、未来志向で共に取り組んでいくこともできるだろう。
文政権が正義連を突き放すことができれば、日本側は文政権の取り組みを前向きのものと評価し、関係改善に乗り出す可能性がある。
今夏に東京五輪・パラリンピックが開催できるなら、文大統領を五輪開会式に招いての日韓首脳会談の実施はありえる。
だが、文政権が正義連との関係を断ち切れなければ、関係改善の機運は出てこないだろう。
2022年5月の大統領選を控え、文大統領はレイムダック化していくとの見方もある。
菅首相も後手に回ったコロナ対応への批判などで政権基盤が揺らいでいる。
衆院解散・総選挙や自民党総裁選を見据えると、夏以降は日韓双方で、政権の行方に不透明感がただよう。
これまでの戦略のままなら、韓国側にボールがあるかぎり、日本側が動くことはない。
日本政府内には、関係改善は結局進まないとの見方が支配的だ。
元徴用工訴訟での確定判決を受け、資産売却の手続きが進み、関係がさらに悪化する事態もありうる。
だが、日韓関係が破綻すれば、アジア太平洋地域の安全保障や経済秩序にマイナスの影響が出るのは明らかだ。
隣国との関係悪化が、双方の国や周辺地域の平和と安全にとって、決してプラスにならないことは歴史が証明している。
日韓両首脳の戦略的思考とリーダーシップが、今ほど問われる局面はないのではないか。