韓国・文大統領の崖っぷち、支持率低迷に追い打ちかけるサムスン経営体制
反日のスタンスが変わり始めた
韓国・文在寅大統領
韓国の文(ムン・ジェイン)大統領のわが国に対する姿勢が変わりつつある。
2020年1月18日、韓国の文在寅大統領は「元慰安婦問題」に関して、2015年12月の日韓外相会談後の見解、いわゆる「日韓合意」は、両国の公式の合意であると述べた。
また、文統領は、元徴用工への賠償のために、日本企業の資産を売却して現金化することは望ましくないと明言した。同氏がそうした見解を公式に示すのは初めてだ。
大統領就任以降、文統領は反日的な姿勢を鮮明に示してきた。
「元慰安婦問題」や「元徴用工問題」に関して文統領は、司法判断を尊重し、過去の日韓の合意では問題を解決できないとの主張を繰り返した。
文大統領を取り巻く環境は
ますます厳しさを増している
その背景の一つには、経済環境の悪化による同氏に対する支持率低下がありそうだ。
最近、韓国では、労働争議の激化などで海外に脱出する企業が増えている。
その上に、韓国経済の安定と成長に重要な役割を果たしているわが国との関係がさらにこじれると、さらなる経済環境の悪化などで文政権が政権を維持することすら難しくなることも考えられる。
「苦肉の策」として、文大統領がわが国に秋波を送らざるを得ないほど、同氏を取り巻く環境が厳しさを増しているということだ。
ただ、文大統領は、日韓の協定や合意に従った自国の具体的行動を明言しておらず、同氏の対日姿勢の変化は、表面的である可能性もある。
文大統領の言動をそのまま信用することはできない。
2017年5月の大統領就任以降、韓国の文大統領は、外交政策では北朝鮮との宥和(ゆうわ)推進を重視し、日本に対しては一貫して強硬姿勢を取ってきた。
そして安全保障を米国に頼る一方、経済面では中国との関係を重視した。言ってみれば、同氏にとって「いいとこ取り」の姿勢を取り続けてきたのである。
日本との合意を一方的に
ほごにしてきた文大統領の政策
文大統領の反日的な政策は、同政権が以下に示す日本との最終的かつ不可逆的な合意を一方的にほごにしたことからも確認できる。
2017年12月、韓国外務省は2015年12月の「元慰安婦問題」に関する日韓合意は、被害者の意見を集約し切れていなかったとの報告を行った。
2018年に入ると、韓国政府は日本が拠出した10億円を凍結し、合意に基づいて設立された支援財団を解散した。
「元徴用工問題」に関しても、文政権は過去の政府間協定を無視した。
2018年10月、韓国大法院(最高裁)はわが国の日本製鉄(旧新日鉄住金)に元徴用工への賠償を命じ、原告団は資産の現金化を目指して手続きを進めたのである。
日本は、元徴用工問題は1965年の日韓請求権協定によって解決されたとの立場だ。
それに対して文大統領は一貫して司法判断を尊重する立場を示した。
日本は、現金化への報復措置をちらつかせて企業への実害が及ぶ展開に備えなければならなかった。
また日本は、軍事目的で利用可能な資材の輸出管理を徹底し、国際社会への責任を果たすために、フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素の韓国向け輸出管理手続きを厳格化。
その対応は米国をはじめ国際社会から理解されたが、その一方で、韓国の文政権は日本の対応を批判する。
それに呼応して韓国では日本製品への不買運動が起きた。
ここで重要なポイントは、文大統領がわが国の歴史問題や輸出管理体制を批判して反日的な姿勢を強めると、同氏の支持率が上向いたことだ。
ある意味、同氏は一部世論の不満に同調する姿勢を取り、それをあおることによって政権基盤の安定を目指したとみられる。
その後も、基本的に文大統領は日本に対して批判的、あるいは厳しい態度を取り、元慰安婦や元徴用工問題に関して日本のさらなる取り組みが必要との立場を取った。
文政権に追い打ちをかける
サムスン経営体制の不安定化
2020年後半以降、文大統領の支持率は低下し、足元では30%台半ばから後半で推移している。
韓国政治の専門家の間では「現在の状況が続くと、文政権は『レームダック』あるいはそれに近い状況に陥ることもあり得る」との指摘もある。
支持率低迷の一因は、経済環境の悪化だ。
まず、韓国では、低金利環境とソウルなどへの人口集中が住宅需要の拡大期待を高め、不動産価格が高騰している。文政権はマンション価格の高騰を抑えることができず、中間層が首都圏で暮らすことが難しくなっている。
住宅取得や日々の生活のために韓国家計の債務残高はGDPの100%を超えた。
それに加えて、若年層を中心に雇用・所得環境が厳しい。
文政権は最低賃金の引き上げや、時短営業の導入など労働組合寄りの政策を進めた。その結果、中小企業を中心に雇用が失われ、2020年12月の15~29歳の失業率は8.1%だった。
日韓関係の悪化、米中の対立、労働争議の激化などが重なり、多くの企業が韓国から海外に事業拠点を移している。
一部報道では2019年に韓国から撤退した海外企業は、日本を中心に前年から3倍増えた。
また、サムスン電子は、労働コストの低減を目指してベトナム事業を強化し、国内の雇用基盤は脆弱化している。
それに追い打ちをかけたのが、サムスン電子の経営体制の不安定化だ。
同社の売り上げは韓国GDPの約12%に匹敵し、新型コロナウイルスの感染再拡大が深刻な中で、同社の重要性が一段と高まっている。
そのため、朴前政権への賄賂などをめぐるイ・ジェヨン副会長の裁判に関して、韓国の財界は司法に配慮を求めた。
同副会長の収監によって事実上の経営トップを欠くこととなり、サムスングループの意思決定体制が揺らぐことが懸念されているのだ。
今後、世界経済の展開次第では、韓国経済はさらに厳しい展開を迎える恐れがある。
サムスン電子は、スマートフォンや家電、自動車の電装(ハーマン)事業に加えて、半導体分野では設計・開発から生産までの垂直統合を重視している。他方、世界の半導体業界では設計・開発と分離の流れが鮮明だ。それは他の産業にも当てはまる。
韓国政府が輸出のけん引役として重視する半導体産業は、台湾のファウンドリー(受託製造企業)企業であるTSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)が米国企業から半導体製造の需要を取り込み、米国政府との関係も強化している。同じく台湾のUMC(United Microelectronics Corporation)も米国との関係を重視している。
韓国経済の屋台骨というべきサムスン電子は、半導体部材、製造用の装置などの分野で日本企業とのつながりは深い。
日本企業は半導体製造装置、微細かつ高純度な関連部材の供給者として存在感を発揮している。
これ以上日韓の関係が悪化すると、韓国経済には深刻な打撃が生じかねない。
その展開を文大統領は懸念して、今回、同氏は手のひらを返すかのように、わが国への態度を変えざるを得なかったのだろう。
また、北朝鮮への圧力を重視する米バイデン政権への対応も、文大統領が対日姿勢を変えた理由の一つといえるかもしれない。
加えて、新型コロナウイルスの感染再拡大によって、韓国が経済面で関係性を重視してきた中国の経済の先行き不透明感が高まっている。
加速する世界経済の環境変化にサムスン電子が対応し、それが韓国経済を下支えするか否か、不透明感は増している。
1月18日のサムスン電子を筆頭とする韓国の株価下落は、ある意味では世界の主要投資家が文政権の経済運営に否定的判断を出したことの表れともいえる。
文大統領の表面的な発言を
うのみにしてはならない
韓国経済の先行き不安の高まり等によって文大統領の支持率はさらに低下し、政権のレームダック化が本格化するかもしれない。
その場合、文大統領は政権維持のため政策をさらに変えることもあり得る。
しかし、文大統領の表面的な発言を額面通り受け入れることは避けるべきだ。
自分の都合で主義・主張をころころと変える人は信用されない。それが常識だ。
日本政府関係者が文統領の発言に関して「姿勢表明だけで評価できない」としているのは、常識と良識に基づいた当然の反応といえるだろう。
日本はこれまで通り、日韓請求権協定などの協定や合意によって日韓の請求問題は最終的かつ不可逆的に解決されたとの立場を堅持すればよい。
文大統領の発言を見て、韓国に譲歩する必要はない。
菅政権は、国際世論からの支持を増やし、冷静に、毅然とした姿勢で韓国に臨み、過去の協定や合意に基づいた行動を求めていくべきだ。
(法政大学大学院教授 真壁昭夫)