横浜中央市場 まぐろ問屋【八清】

まぐろ問屋八清は
「本当においしいもの」にこだわり、
新鮮な最高級の鮪を皆様にお届けしています。

日本最古の鮪と縄文人の食生活

2010年06月12日 | 鮪のあれこれ
おはようございます!横浜市場、マグロの八清です!!

今日は、古代の人々と鮪のお話。

日本で最初に鮪の骨が出土されたのは、青森県青森市にある
【特別史跡三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)】という遺跡だそうです。

三内丸山遺跡は、日本最大級の縄文集落跡で発掘調査によって
当時の自然環境や生活、ムラの様子などの解明が進められています。
遺跡は通年で公開され、自由に見学することができます。
      (ホームページhttp://sannaimaruyama.pref.aomori.jp/index.htmlより抜粋)

三内丸山遺跡は、今から約5500年前~4000年前の縄文時代の集落跡で、
長期間にわたる定住生活が営まれてた跡が残っているそうです。
そこでマグロの骨が見つかったということは、縄文時代からマグロが
人々の食料として食べられていた、ということでしょう。

2005年、琵琶湖東岸の入江内湖遺跡の縄文時代地層からマグロの骨が見つかりました。
そのことから分かるのは、海や湾から離れた地域の人々もマグロを食べていたということ。
他の物と物々交換でマグロ入手していたらしいのです。
このように、遠くから取り寄せてまでマグロを好んで食べていたとなると、
遥か昔の縄文人は、貴重なマグロを味わう余裕のある食生活を送っていたと考察されます。

マグロが食べられたのは江戸時代、寿司が流行るようになってから、、、
とのエピソードが一般的に知られますが、実は縄文人も食べていたんですね。
しかし、生のままだったのか、江戸のようにヅケから始まったのか、
はたまた火を通してバーベキュー的に食べられていたかは正確には分かりません。
ただ、貴重な動物性タンパク質の源としてマグロを摂っていたことは間違いなく、
食物繊維等他の栄養素と共に充実した食生活を送っていたことは確かです。

最近は健康志向がトレンドになってきていますが、未だ多くはびこる
肉・肉・肉・・・そして必要以上の脂質に溢れた現代日本人の食生活、
見直さないといけませんね。


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幸せの鮪
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