お茶の大和 ティータイム

大地からの贈り物“お茶”で素敵なティータイム

サードプレイス

2017年06月10日 | 本に学ぶ

サードプレイス」から

 『好ましいとされ、いたるところで実行された都市開発の様式は、「歩くこと」と「話すこと」を嫌う。
 人は歩くことによって自分の住む地域の一部になり、他者と出会い、自分たちの近隣住区の管理者に成るのに。
 話すことによって互いを理解し、共通の関心事を、見出したり作り出したりして、コミュニティと、民主主義に不可欠な集団の能力を自覚するのに』

「サードプレイス」のはしがきから

川で遊ばなくなって、川が汚くなった。

 子供の頃は、村が唯一の世界であり、川は釣りをしたり、泳いだりして遊べる場所であり、ガキ大将のお兄ちゃん達が、ちっちゃな子供たちの面倒を見ていた。
 良いことも悪いことも教えてくれたお兄ちゃん達は、ちっちゃな子供たちにとっては、憧れの素敵な先輩達だったし、親たちは安心して仕事が出来たと思う。
 いたずらをして回る子供たちに睨みをきかせているお爺ちゃんやお婆ちゃんもいた。このお爺ちゃん達も、子供たちが悪さをしに来るのを楽しみに待っていたのだと思う。「そろそろ学校帰りの悪ガキどもが来るぞ」と!!

 そんなコミュニティがいつの間にか無くなって久しい。

 戦後、良い事素敵な事も沢山あったけど、取り入れなくてもいい事まで、何でもアメリカ第一主義で取り入れて、日本の伝統的な文化や成り立ちを否定して来たような気がする。
 今、「サードプレイス」という言葉をよく聞くようになったのも、コミュニティよりもアソシエーションという考えも、喪われた地域や、人の交わりを取り戻そうとしているのかなと思う。

自然からの贈り物茶請けを添えておもてなし

 自慢話に花咲かせワイワイガヤガヤ愚痴こぼし気晴らし出来たとお茶にする

お茶の大和