この町の栄枯盛衰を見続けてきた食堂
四国の中央に位置することから、かつては交通の要衝として栄えた徳島県池田町。昭和40~50年代に「さわやかイレブン」「やまびこ打線」で甲子園を沸かせた池田高校があったのもこの町だ。しかし、物流の中心は国鉄から自動車へと移り、町の雇用を支えた日本たばこ産業の工場も撤退。衰退の一途をたどってきた。
その池田高校が甲子園で初優勝を飾った年に、私はこの町の病院で生まれた。ちゃんと歩くのは10年ぶりだろうか。JR阿波池田駅は、今でも全ての優等列車が停車するが、乗降客はまばら。駅前から伸びたアーケード街も、屋根と骨組みが撤去されていた。良く言えば明るくスッキリはしたが、かつての面影はない。
すっかり様変わりした道を行くと、見覚えのあるオレンジの看板。昭和29年創業の老舗「八千代食堂」だ。姿を変えずに残っていたのか。ここは昔から人気の大衆食堂。メニューには焼き飯やオムライス、トンカツ、丼もの、うどん、祖谷そばなども並ぶが、一番人気は「中華そば(450円)」である。1杯啜っていこうか。
スープは、鶏ガラと野菜ベースの優しい味の醤油清湯。麺は柔らかく茹でられていて、スープをまといながら、スッと体に入っていく。具はオーソドックスに焼き豚、メンマ、ナルト、もやし、青ネギ。最初から胡椒が振り掛けられているのが町中華らしくて良い。パンチなんてなくていい。毎日食べる食堂は、これでいいんだ。
店の壁には池田高校を全国制覇に導いた故・蔦文也監督が「たかが野球、されど野球」と書いた色紙が。そして隣の色紙には、孫で映画監督の蔦哲一郎氏が「たかがシネマ、されどシネマ」と寄せている。八千代食堂は、この町の栄枯盛衰と世代交代を見続けてきたのだ。奇しくも今日は春分の日。私も墓参りでも行くとしよう。
<店舗データ>
【店名】 八千代食堂
【住所】 徳島県三好市池田町サラダ1798
【最寄】 JR土讃線「阿波池田駅」徒歩4分