横浜市都筑区耳鼻咽喉科

南山田(センター北と北山田の間)の耳鼻咽喉科院長のブログ。

春風

2011-04-13 21:59:11 | 花鳥風月

庭にはムスカリとスノーフレークが花を咲かせています。

みなとみらいから桜を見ながら大桟橋の方に歩き、気持ちの良い海からの風を楽しみました。さらに横浜スタジアムの方に向かい、スタジアムから聞こえて来るベイスターズの試合の歓声を聞きながら、周囲のチューリップを見てきました。

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開院10年の会

2011-04-13 09:31:17 | 院長ブログ

 今年の1月で、開院して10年になりました。本来は1月に開くはずだったのに、いろいろあってなかなかできなかった10周年の会を、昨夜スタッフたちと行いました。開院以来いっしょに働いてくれているスタッフはひとりだけですが、彼女には感謝をこめて、10年勤続の記念品も渡しました。昨年11月から加わったスタッフと、今年4月から加わったスタッフの、ふたりの歓迎会も兼ねました。

 大震災の日から1ヶ月がたちましたが、まだまだ余震も続いており、福島原発の問題は長期戦に入っています。でも、前を向いて自分たちの仕事をしっかりやっていかないと。まだ全体像さえ見えてこない、経済復興に向けての戦いは、これから本格化し、今後10年にも渡る長期戦になるでしょうから。

 

 

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花見

2011-04-06 09:33:31 | 花鳥風月

 

 桜通の桜も7分咲きとなり、花見の季節です。

 桜前線の基準にもなるソメイヨシノは、交配種で、種子で自然に増えることができません。自然のままでは一代限りで、人が接ぎ木で増やします。ソメイヨシノは、元をたどれば1本の木で、すべてのソメイヨシノはその木のクローンと言えるそうです。すべてのソメイヨシノが一斉に咲き、一斉に散るのは、遺伝子が同じだからでしょうか。

 桜が咲く季節は、冬が過ぎ去って春が来る、学校や会社の年度の始めにもあたり、日本人には特別な思いがある花です。花見は何も酒を飲んで馬鹿騒ぎをしなければならないわけではありません。「花の本には、ねぢより、立ち寄り、あからめもせずまもりて、酒飲み、連歌して、果は、大きなる枝、心なく折り取りぬ。」のような花見ではなく、花を愛で、心を楽しませ、いろいろなことに思いを巡らせるような、静かな花見も良いと思います。

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電気眼鏡

2011-04-02 23:46:25 | 院長ブログ

 以前から軽度の近視と乱視がありましたが、運転免許も裸眼でとれる程度で、日常は眼鏡を使っていません。もっとも人の顔の判別だけは、ある程度離れると難しく、知人がいても気がつかなかったりすることはあります。

 20年ほど前に、映画やスライドを見るときに眼鏡が欲しくなり、一つ目の眼鏡を買いました。そのうち、学会の発表のときなどに遠近両用眼鏡が欲しくなりました。さらに手元がはっきり見え、顔を上げて手術用の内視鏡モニターを見るときもはっきり見えるように、手術用の中近両用眼鏡をつくりました。そういうわけで、今は眼鏡を3種類持っています。

 今は鼻の手術は内視鏡でやりますし、喉頭や耳の診察は内視鏡、耳の手術や処置は手術用顕微鏡を使います。内視鏡や顕微鏡は、裸眼では見えにくいものを鮮明に見せてくれるという意味で、眼鏡の延長と言えます。内視鏡や顕微鏡のおかげで、耳鼻科医の診断力や、手術や処置の正確さは、以前に比べ、格段に向上しました。

 しかし内視鏡や顕微鏡が眼鏡と決定的に違うのは、電気が必要だということです。それを今回の停電さわぎで思い知らされました。これらの電気眼鏡を使えなくなったとき、それで全く診療ができなくなるのでは、耳鼻科医として恥ずかしいことです。そのようなことのないように、日頃から工夫しておくことが、必要であると気づきました。

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4月1日 斎藤隆投手の開幕

2011-04-01 23:36:58 | スポーツ

 今日は4月1日。新しい期が始まります。当院も、新スタッフも加わり、新しい気持でスタートを切ります。

 日本のプロ野球は、賛否両論がありましたが、開幕を4月12日まで遅らせることになりました。海の向こうのメジャーリーグは今日(現地時間の昨日)開幕しました。

 今日の注目は、ミルウォーキー・ブリュワーズ。1998年にベイスターズが日本一になったときのエース斎藤隆投手が、今季はこのチームでセットアッパーを務めます。仙台出身、東北高校、東北福祉大卒。今回、仙台在住のご家族には大事なかったとのことですが、友人や思い出のある場所が、大きな被害にあって、心を痛めているとも伝えられています。1992年、横浜大洋ホエールズの最後の年に入団し、ホエールズでプレーした選手としては、三浦大輔投手と並んで、最後の生き残りです。今年41歳になりました。

 ベイスターズでは、チームの事情(大魔神佐々木投手のメジャーリーグ移籍)で、2001年からクローザーに。その2年後には、また先発に。短期間にリリーフ、先発をいったりきたりしたのが祟ってか、この頃から故障が多くなり、本来の活躍ができなくなりました。2005年オフ、ベイスターズを自由契約となり、メジャーリーグを目指します。

 このとき36歳、正直言って、日本でももう終わった選手だと思われていました。ましてメジャーリーグに斎藤投手に興味を示す球団はなかなかありませんでした。しかし斎藤投手はロサンゼルス・ドジャースのマイナー契約からスタートして、故障者が出たチャンスにメジャーに昇格、好投を続けてクローザーに。翌2007年には、驚異的な活躍を見せて、オールスターでも登板しました。この年のピッチングは、見ていて鳥肌がたつほど凄かったです。

 なぜ40歳にして、若い頃以上のピッチングができるのか。メジャーリーグのマウンドの固さや、ストライクゾーンが、斎藤投手に合っていたとか、大学2年までは内野手だったので、投手としての肩の年齢はまだ若いのだとか、理由はいろいろ言われていますが、どれが正しいのか分かりません。でも、年齢を重ねたら必ず衰えるわけではないということを、斎藤投手は示してくれています。衰えは年齢のせいよりも、諦めてしまう気持のせいが大きいのかも知れません。

 東日本大震災の犠牲者への黙祷で始まった今日の試合は、斎藤投手はセットアッパーとして1回を2奪三振無得点と好投しましたが、クローザーが打たれてチームは負けました。

 今年も斎藤投手を応援します。

 


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