晴耕雨読

長いサラリーマン生活を終え、悠々自適の生活を楽しんでいる60代
と言ってスタートしたがもう古希を迎えた

計画停電、この地は実施されず 有難いが節電には協力しよう

2011-03-16 | 何でも書こう
東電の計画停電、我が家は夕方6時からの予定だったが実施はされなかった。
少しでも多くの地域に電力を送ろうと必死になって頑張っている東電の努力の結果と思う。
大変ありがたい話であるが、ただ節電に協力しようと早々に床に就いた。
あまり早いと寝られるものではなく、10時半の大きな地震で完全に目を覚ましてしまった。

昨日用があって近くの生協に出かけた、久しぶりの外出だった。
噂に聞いた通り店の陳列棚は空っぽだ、皆風聞に踊らされて浮き足立っているのだろう。
我が家は大丈夫なのだろうか、真剣に考えていないがそろそろ食料を気にしなければならないか。
無駄な動きをせず只管じっとして世の中が落ち着くのを待つしかないようだ。

学生時代の仲間からも状況がメールで続々届いている。
皆大きな被害はなかったようでほっとする、会社時代の仲間からも特別な情報は入ってきていない。
被災地の方は雪が降り出しているようだ、寒さも加わり大変だが頑張ってほしい。
ただただ一刻も早く事態が良くなるのを待つしかないのだろう。

地震情報にくぎ付けで何もできない

2011-03-15 | ニュースを見て
昨日も一日テレビやラジオで情報収集する。
各地の情報が入るたびに被害の甚大さがはっきりしてくる。
原発の状況が何より心配だ、スリーマイル、チェルノブイリのようなことにはならないと思うが。
なかなか安全宣言が出されないので報道にくぎ付けになってしまう。

東電から計画停電が発表されて我が家は午前と夜の2回それぞれ3時間程度の停電となるはずだった。
ところが幸い停電はなかった、他の多くのグループも回避されたようだ。
停電実施の予定が変わることに対して枝野官房長官が東電の対応を責めていたが、これは大間違い。
涙ぐましい努力で少しでも電力を供給しようと頑張った結果停電を免れたのだ、これを責めるのは筋違いだ。

内閣がイライラしているのはよくわかるが、司令塔がそれでは困る。
ここは冷静にありのままを伝え、国民を納得されるよう努めるべきだ。
それにしても心が落ち着かない、何をするにも集中できず時間が空しく過ぎていく。
いつまでこんな状態が続くのだろうか、被災者に何の応援ができるだろうか。

世界各国から援助の手がさしのべられている。
我ら年寄りができることはせいぜい義捐金を送ることぐらいだ。
柏崎の地震、東北の地震の時は収まってから現地を訪問したが、今度は何をしたら喜ばれるのだろうか。
携帯電話に入ってくる緊急地震速報は毎日3通ぐらいはある、いつになったら落ち着くのだろうか。

地震情報が分かるにつれて不安が増大する

2011-03-14 | ニュースを見て
地震情報がわかるにつれて不安が増大する
まだまだ被災情報が届いていない地区がかなりありそうだ。
町の大半の人の安否がいまだにわかっていないところもあり被害の大きさが次第に明らかになってきた。
地震の大きさも前日までM8.8だったのがM9.0に訂正された。
世界的にも超特大の地震だったのだ。

野球の仲間たちと会っても話題は当然地震のことばかり。
皆交通渋滞などの被害は受けたようだが、現地に比べれば些細なことだ。
原発は今朝になり福島第一原子力発電所の3号機にも1号機と同様の事故が発生している。
懸命な修復作業が続いているがこれ以上大事故にならないよう祈るばかりだ。

報道によれば海水による冷却を開始してから事態は収まりつつあるようだ。
海水を使うとその原子炉はもう使えない可能性があるとか。
そのために決断が遅くなったのかもしれないが、廃炉覚悟で事態を打開してほしいものだ。
だんだんと不安が募り何もする気がしなくなった、現地の人たちの気持ちには比べ物にならないが。

地震情報続々 原発事故が心配だ

2011-03-13 | ニュースを見て
地震の被害状況が刻々と放送されている。
日本のような情報社会ではすぐに分かると思っていたがそうでもなかった。
想定外の巨大地震だったのだ、本当に想定外だったのだろうか?
まだまだ危機管理が不足していると痛感させられた。

津波による被害の恐ろしさは何回も経験していた地方なのにこれほど甚大な被害を受けるとは。
あの奥尻島やインドネシアなどの津波映像を思い出すすさまじさだった。
まだまだ連絡が取れず、行方の分からない方がたくさんいるという報道だ。
家族、知人の安否が確認できない人のやりきれない気持ちが察せられる。

一番心配していた原子力発電所で事故が発生した。
最初の報道では自動停止はしなかったように聞いたような気がしたがそうではなかったのか。
しかしテレビの解説、原子力保安院の説明、官房長官の会見、…皆信じていいのだろうか。
本当のことを言うとパニックになるから、いかに柔らかく言おうかと気を使っていないのだろうか。

炉心の冷却ができないなどというのは想定外の事故などと言っている場合ではない。
あってはならない大事故なのだと思うが懸命に対策を講じている現場の技術者に祈る気持ちで期待している。
日本の原子力は安全なのだと言い続けてきたはずだ、立派な結果を出してほしい。
原発周辺の住人の皆さんは、避難のための移動の連続で本当に大変ですが日本の技術に期待しましょう。


とんでもない大地震発生

2011-03-12 | 我が家の出来事
市内のおもちゃチェーン店でのおもちゃ病院で作業していた時大地震が発生した。
建物の中にいることができずすぐに外へ出され、店の客とともに寒空の中で地震の収まるのを待つ。
余震が次々に発生してとても怖い思いをする、昭和39年の新潟大地震を思い出す。
あの時はまだ学生で昼休みに下宿の部屋にいた時だった、つい先日そんな話をある人に話したばかりだった。

昨日は仕事を途中でやめざるを得ず少し早めに家に帰る。
携帯電話は地震直後から使えなくなり家との連絡はつかない状態だったが、無事と分かりほっとする。
古い規格の家で耐震構造ではないからあんな大きな地震でどうなるかは内心ドキドキなのである。
家では電話もインターネットも不通となっていて、子どもたちや新潟の姉たちにも連絡は全くできない。

市内では15万世帯以上が停電しているという情報がテレビで放送されていた。
幸い我が家の近くでは停電はなく、暖房も問題なく使えたので助かった。
緊急時の対応策を何もしていないため、こんな事態では全くお手上げになる。
大きな災害は他人事のように考えていたが少しは考えなくてはならないか。

それにしてもこういう事態になると停電でなくとも電話が使えないことが分かった。
携帯電話は使えないことは承知していたがひかり電話にしたためダメだったのだろうか?
とにかく夜まで全くの陸の孤島と化してしまった、やっと携帯のE-Mailが通じて子供達の安全が確認できた。
各地で被害が続々出始めている、未明から地震が頻発している、これから危機管理をまじめに考えたい。

卒業式のシーズン 古文の授業を思い出す

2011-03-11 | 何でも書こう
昨日は3歳の孫の幼稚園予備軍の最後の日で例によって送迎に赴く。
4月から正式に幼稚園児となるのだがその前の1年間は慣れるための準備期間(つぼみ組)だ。
この1年で週に1日だけではあったが団体生活に少しは慣れた様な気もする。
車を運転しない(したがらない)娘に代わって何回送迎したことか。

おかげで先生にも若い母親たちにも顔馴染みになってしまった。
上の娘の子の時も保育園に何回も顔を出して同じように顔馴染みになったものだった。
わずか1年であったが主任の先生の感涙にむせんでいた姿が印象的だった。
まだ若い先生だが一生懸命頑張ったことで感動したのだろう。

卒業式のシーズンになった。
私たちの頃は「仰げば尊し」が定番だったが、今はそうでもないという話を聞く。
歌詞の中で「今こそ分かれめ…」を「今こそ分かれ目…」だとばかり思っていた。
正しくは「分かれむ」の已然形「分かれめ」なのだとある人に教えられてそうだったのかと思いだす。

高校1年の古文の時間に先生が竹棒で黒板をたたきながら暗記させてくれた、「係り結び」だ。
強調の助詞「こそ」がくると下は已然形になるのだ。
高校2年からは理系になって古文とは全く無縁になったがこのころ覚えた音は不思議に思いだせる。
「ぞ、なむ、や、か、こそ」とか、「未然、連用、終止、連体、已然、命令」など、何の役にも立たないが。


自転車整備の後継者ができる?

2011-03-10 | ボランティア
自転車ボランティアの作業所に新しい職員が入ってきた、まだ23歳だという。
私は週に1回しか行けないので人手不足が続いていたのだ。
初めて顔を合わせたがなかなかやる気があり、すぐに技術力もつきそうないい感じだった。
7年前に私が初めて自転車整備を始めた時よりは知識がありそうな感じがする。

いきなり内装3段切り替えの自転車を任されて四苦八苦していたが我々の指導を素直に聞き入れて完成させた。
このくらいやる気があって、若くてパワーのある人が後継者として入ってくれたことに感謝したい。
施設の利用者とも仲良くなっているようで頼もしい限りだった。
いつまでも続けてこの仕事を施設の柱として継続させてもらいたいものだ。

木曜日を出勤日と決めていたのだが他のボランティアとの関係で最近は決まった曜日に行けなくなった。
昨日も突然日を変えて出勤して利用者の皆を驚かせてしまった。
それでも皆に大歓迎され賑やかに楽しく仕事ができるのは幸いだ。
若い新入職員と利用者たちに囲まれ大忙しの日だった。

税務署に行き昨年の確定申告を修正した

2011-03-09 | 我が家の出来事
21年度分の所得税確定申告の更正(還付の場合は修正とは言わないらしい)をしに税務署に出向いた。
今年(22年度)の申告で昨年申告時に健康保険料の一括納入分の記入を忘れたのに気が付いた。
サラリーマン時代は会社で手続きをしていたのだが、退職したら自分で申告するしかないのだ。
国税庁に電話で確認し更正という言葉を初めて知らされ、税務署に行く羽目になった。

税務署に行くのがいやで電子申告を始めたがやりにくいことこの上ない、が税務署に顔を出さなくてよい。
しかし更生の手続きは税務署に行くしかないとのことでやむを得ず出かける。
8時半にもう数十名の列ができている、一瞬たじろいだが税金の払いすぎはしたくないので我慢して並んだ。
結局1時間ほどかかってすべて終了し、1万数千円が還付されることになった。

機械入力だけで済まされる者もたくさんいたが半分は相談しながらの書類作成だった。
誰でも人に聞かなくても理解できるような風にはいかないものだろうか。
税務署にこんなに沢山の人が務めているのかと思うほどの数の人が対応していた。
今回は還付だからまだ我慢できたが、毎年いやな思いをする季節だ。

体調は回復した

2011-03-08 | 何でも書こう
昨日の雪の降り具合を見て車での移動はどんなものかと心配したが午後からは止んでほっとした。
風邪らしき症状で気力がなく布団にくるまっているつもりだったが昼間は眠れないものだ。
すぐに起きだして約束のあった孫と出かけることにした。
子供たちは本当に寒さには強いのかもしれない、頬を真っ赤にして外で遊んでいる。

体調不良はこのところ疲れがたまったせいかもしれない、それでも一日静養したらほぼ正常に復した。
休んでいるといろいろなことが気になるものだ。
おもちゃに関する宿題があれこれと浮かんできてじっとしていられなくなる。
これから本当に忙しくなりそうだ、悠々自適の生活を目指していたのが変な方向に向かってしまった。

仕事を止めて自由時間が増えるから晴耕雨読の生活をしようとこのBLOGを始めたのだが。
いつの間にかいろいろなボランティアにはまり込んでしまって身動きが取れなくなりつつある。
無理をしたら元も子もない、少しずつ整理していった方がいいのだろうがどれも止められない。
いや体が続く限り好きなことをやった方がいいのかもしれない。

2日続けておもちゃの病院

2011-03-07 | ボランティア
2日続けてのおもちゃ病院、昨日は月に一度のドクター全員が集合する日だ。
来てくれる客も多く20数件を扱ったようだが、ドクター数に不足はない。
ここに来るといろいろな知識・経験を持つ者がいるので難しい修理も可能となるので有益な場だ。
前日の子どもセンターで預かった「アンパンマンのマイクロフォン」に挑戦したが時間切れ。

オシロスコープを持ち込んで回路解析してもらったが何分相手が細かすぎて手こずってしまった。
またも家に持ち帰る羽目にはなったが原因箇所・修理方法のめどが立ったので楽しみが増えたと思おう。
午後から会の総会が開催された、次期的に少し早いが例年この時期にやるようだ。
役員改選があって来年度の大変な役を仰せつかってしまった、この1年は忙しくなりそうだ。

帰宅したらものすごい疲れを感じ体調不良となった。
熱はないがすごい眠気で夕食もそこそこに早々と床に就いた。
緊張したせいだと言われたが、何も緊張は感じていないつもりだったのに…。
今朝はまたも雪が降る、これで何回目だろうか、外出しないで静養しよう。

おもちゃの病院 昨日は難しいのが多かった

2011-03-06 | ボランティア
市内の子どもセンターでのおもちゃ病院に出かける。
車で30分は優にかかる距離だが自分の持ち場の一つと決めてあるので必ず出ることにしている。
2か月に1回しか開院しないので知名度がいま一つではないのかと気にはなる。
それでも5件の持ち込みがあって5人のドクターでワイワイガヤガヤしながら取り組んだ。

オートバイを持ち込んだおばあさんと孫、この2人は最初から最後まで一緒に修理を見ていた。
こういう風に子供たちと一緒に分解し、治すのが理想なのだがなかなか簡単にはできない。
おもちゃを持ち込んで*時まで治しておいて、と置いて行く若い母親が多いのだ。
私たちは単なる修理屋ではない、子どもたちに物を大切にする心と、機械に対する探究心を持たせたいのだ。

理想ばかり言っても始まらない、持ち込まれたものは治そうと努力はする。
中には手に負えないものもたくさんあるが、5人集まればいろいろな知恵が出るものだ。
しかし昨日は2件のみ完成、1件は修理不能と判定、1件は入院扱いで家に持ち帰った。
わずか2時間では治すのが難しいことがあるのは致し方ない、家でじっくりと取り組むのもまた楽しいのだ。

花粉とともに春が近づく

2011-03-05 | 我が家の出来事
昨日も寒い一日だったが花粉はかなり飛んでいたようだ。
花粉症に絶縁状を突き付けたはずなのだが年に1~2日は症状が出ることがある。
鼻水はたいしたことがなく大丈夫と思っていたのだが夕方目がかゆくなりどうしようもなかった。
こういう場合はなるべく触らないようにすることが肝心なのだがついつい…。

目薬を差してかゆみが収まるのをじっと待つ、これ以外に妙手はない。
特別な目薬ではなく市販のロート目薬で十分だ。
花粉症は気になるとどうしようもない、できるだけ気にしないようにすれば何とか凌げる。
これが私の予防法?だ、ひどい時期に比べると格段によくなっているが歳のせいかもしれない。

玄関わきの梅の木のつぼみが綻んできた、春が日一日と近づいている。
今年の冬は寒かった、毎晩湯たんぽの世話になってしまった。
若い時には考えられなかったことだが風邪をひきよりは良いと暖房は十分に心がけた、情けない話だ。
暖かい春の日差しを待ち望む今日この頃だ。

また紅カナメがおかしい

2011-03-04 | 我が家の出来事
玄関アプローチに植えてある紅カナメがまた異常をきたしている。
昨年もあったのだが葉に黒い斑点が出てしまいには落ちてしまう病気だ。
どうもまたこの「ゴマ色斑点病」が出てきたらしい。
昨年は何かの薬を買って散布したら一見治ったように見えたのだが。


とにかく強い最近が原因らしいのでまた薬を買って来た。
これを薄めて散布するのだがこういう仕事は苦手でなかなか重い腰が上がらない。
そうも言っていられないのでそろそろやろうと思うのだが今朝も冬の寒さ、また一日延ばすことにする。
まだ1本だけなので周りに移る前に処置したいものだ。

以前は生け垣として金ヒバを植えていたが、大きくなりすぎ変な虫もついたのでこの紅カナメにしたのだ。
もう20年くらいになるのか虫もつかずちゃんと目隠しにもなっていた。
年に2回くらい葉が真っ赤に色づきアプローチを飾ってくれている。
今度こそきちんと治してあげたい。

モーター製作の出前授業成功裏に終了

2011-03-03 | ボランティア
市内の小学校5年生71名を対象に今年度最後のモーター授業に参加した。
ブラシを改善してから全員が時間内に完成するという快挙が続いている。
製作開始早々あちこちから勢いのよい回転音が聞こえ始め、子どもたちの嬉しそうな顔が増えていく。
早く完成した子は他の生徒の指導をしたりする喜ばしい風景も見受けられた。

今回で今年度の出前授業はすべて終了した。
学校の先生からも子供たちの喜びの声を贈られ満足な一日だった。
回を重ねるたびに改善を繰り返し、最終的にはこれだけの成果が得られたのは会員皆の努力の結果だ。
まだまだ改善したいところもあるが次年度開始までしばらくは充電期間も欲しいくらいだ。

始めたころはこれだけの数をやってはいなかったが次第に数量が増えてきた。
そのため全員が限られた時間内に完成させるような工夫が必要となった。
さらに大げさに言えば町工場から量産工場に変革しなければならなかった。
試行錯誤を繰り返しの結果たどり着いた今のバージョン、また次の改良が楽しみだ。

またも孫相手で一日過ごす

2011-03-02 | 家族
3月に入った、ついこの前2月になったばかりのような気がする。
歳をとると本当に光陰矢の如しを痛感する。
わが家の梅もほころんで春の足音はすぐそこまで来ているが、昨日は冷たい雨の一日となった。
またも孫たちの相手をしに出かけ一日がかりで遊び相手を務めた、こんなに濃厚に相手をする爺はいないのではないだろうか。

幼稚園の送り迎えから始まり、帰ってから家での遊び相手、疲れ切ってしまう。
ゆっくり休もうとしても体にまとわりついてきて離してくれない。
3歳の女児はおんぶに抱っこ、肩車と休む暇を与えてくれない。
明日は理科の会の最終授業で忙しいことを理由に少し早く引き上げてほっとする。

このところ週に2~3回相手をしてあげているのは甘やかしすぎだろうか?
比較的近いところに家を建てたので便利に使われている。
自分たちの親は遠くの田舎に離れて住んでいたので近い方がいいとは思っていたのだが。
孫たちも小学校に入ればもう我々を相手にしなくなるだろう、今が一番いい時なのかもしれない。