Wake Up !

一人のヒーラーさんとの出会いから、私の世界が変わっていきました。

懐かしい人

2015-11-11 17:43:34 | 霊現象

 昨年書き終えてから、以前のようにしょっちゅう憑けたり、受けたりしてノワタリさんにお世話をかけることは滅多に無く、その方ではまずまずの快適な日々を過ごしていた。

「夢であえたら」と昔今よりも高く美しい声で吉田美奈子が歌っていたが、いくらそう念じても実際夢で逢える事は無い。

この最近、10日程の間に学生時代の友人が2度出て来た。今まで、全く夢に現れた事は無かったのに、、、何かある。

一度目は何を話したか分からないが、二人で仲良く話しながら歩いていた。目覚めた時、とてもリアルで傍にいるような不思議な感覚だった。

二度目はまた、一緒に旅行したことも無いのに私達は出雲大社へ行くと言う夢で、全く道中も神社も出ない実際の出雲大社とは全く違う景色の処で水辺の草むらにただボーっと立っていた。風が吹き明るい景色ではなく、ちょっと寒々しい。少し先に同じような対岸の草むらが見える。後ろに黄土色の壁が朽ちかけ 中の竹の枝組が見えている古い日本家屋の一部が見えていたが、其処が宿らしく顔は見えないが、女将らしき人にどうやら帰りのJRのチケットを頼んでいたらしく渡された。

私の方が遠いのと途中の乗り換え時間が一緒の便だと長くなるとの理由で便で私の方が一便早いのに乗らなければならなくなっていた。一緒に帰りながらおしゃべりしたかったのにと思っていたが、仕方ない。でも、どういうルートなのだろうか福岡の方へ行くみたいだった。

その後なぜか、建物の中に靴のケースが3つほどあり、その中の一足の黒い靴をプレゼントされたらしくもう履いていた。せっかく持って来てもらったので靴屋さんに返す前にもう一足買う事にした。一つは黒の紐靴、もう一つは茶色の七センチヒールの踵のかっちりした古めかしい見覚えのある靴だったが、私はその茶色の靴を買った。実際、私はプレゼントされたり、したりすることは嫌いなので、花とか小さなぬいぐるみをもらった事はあるが、靴などもらったことは無い。

しかし、2万円払って5千円の釣りをもらうなんてなんとこざかしく生々しく、笑いそうである。

又、外の水辺の草むらで私は渋々別れを告げて立ち去ろうとするところで、目が覚めた。この夢も、カラーで草むらの緑と家の中の電球の色が強く残り、妙にリアルな感覚だった。

なんか変だな~ととても気になった。その数日前、右の額を思いっきり椅子の背もたれにぶつけ、たんこぶになった。またその翌日同じところを向きを変えた途端、壁の角にぶつけ、今度は2センチほどの傷になり、顔を洗う度しみて痛かった。

おまけに玄関のセンサーライトは誰もいないのに30分くらいの間に勝手に2度点いた。最近はこんな事なかったのに誰か来たかな?そういえば、朝でも小さなラップ音もする…。

そんな気がかりな事があり、ノワタリさんに連絡を取った。

「気にしすぎかしら~。今まで夢に見るって事もなかったのに…。でももしかして大きな地震が近くに起きるんじゃないかしらと思ってね。」

「う~ん、黒い影がみえるわね~。水辺っていうのもね~。」と、言いながら、半分靴の話などしてと笑っていたら、次の瞬間、

「覚悟、覚悟しろって」と上の言葉を伝えられた。

「お別れに来たのね。」

「なんで私の処に?」

「分かるから…」と言われたが、分かっていてもどうする事も出来ない。用心するよう伝える事も出来ない。伝えたとしても、引かれて拒絶されるだけである。以前「目に見えない事はわからない。」と言われている。

もどかしく複雑な思いである。

以前も仲の良かった友人が亡くなって四十九まで私の処にいたが、亡くなってはいなくても後ろはわかってるらしいが、外れてほしい。

それから2,3日後靴の事を思い出した。

すっかり忘れていたのに自転車に二人乗りしていて靴の踵を巻き込んでしまい、買ったばかりのおニューの靴の踵の皮に大きく傷が入った事があった。その時の靴とよく似ている事を、潜在意識には残っていることを改めて確認した。

 

 

 

 

 


首の痛み

2014-09-09 22:02:41 | 霊現象

昨晩は知り合いの家の屋上でお月見をした。

中秋の名月である。これまでの雨がうそのように晴れて、外は明るく、本当にお月さまにはまるでウサギが左側にいるような形で長い耳の形が見えた。

海岸近くにある家からは湾が一望でき、山影がくっきり浮き上がって向こう岸に新しく出来た施設の灯りが明るく、月の光を反射するという事はなかったが、泊まっているフェリーの灯りは対岸の建物のように見えた。

真夜中になっても寝付けず、目を開けると月の光が部屋の中まで差し込み、なお一層明るくなっていた。

さて本題、2年前の事 電話でノワタリさんと話していると、

「2年経ったら楽になるよ。」と言うメッセージを伝えられた。しかし、彼女はその事を覚えてはいなかった。

その2年が来月になる。

その10月は私の誕生月であり、60歳になる。

それまでに浄化されていないものをするものをすべて片づけると言われた。そのせいか、予想しなかった事が次々と現れてきた。

その一つとして、今月に入って、突然むち打ちのように吐き気と痛みでうつむくのと仰向けに寝て枕を当てることが数日できず、テーピングをしてもらって数日過ごした。そのうえ、母も夏の疲れか体調が悪いのでノワタリさんに連絡をとると、

「にこにこ笑った昔の坊主頭の目のくりくりした男の子が出てきました。」と言われる。私の兄水子さんだ。7,8年前にちゃんと水子供養しているので笑っているそうだが、3日間仏壇にお線香をあげて声をかけると良いと言われ、土曜日まで供養をした。母方の先祖事も含めて目鼻がついたので出て来たみたいである。

その後海辺でおたき上げをしてお清めした。

「海がすべて受け入れてくれるからね。早くしたほうがいいわ。」と言われていた。

首の痛みは前世のもので戦場で敗退した武将の頃、首を切られたのが出たと言う。

大祓の祝詞のごとく、海に投げ入れた菊の花も供えた菓子も短冊の灰も今回は祝詞をあげている間に姿を消した。

午後になり雷を伴った大雨になったが、その日から私の首の痛みは消え、後になって海の懐の大きさを深く感じた。

 


悪霊

2014-06-12 00:29:48 | 霊現象

ここに来て、先日神様の言葉通り、ノワタリさんにまた新しい依頼が飛び込んできた。

10日の朝、立像姿のの菩薩が現れて信長の焼き討ちで亡くなられた比叡山延暦寺の御魂を供養するように言われたと言う。

先の将門と同じく21日間祀って供養する事になった。

そして妹の家も慌ただしく、今度は嫁いだ姪に大変悪質な霊が憑き、少し天然の穏やかな性格なのに、ヒステリックになり、姪の主人が変容の仕方に驚き、ラインで連絡をもらった妹も初めは何のことやら理解しかねていた。

しかし、仕事を終え帰宅した姪の主人は姪の顔を見て寒気が走り、ゾッとする怖さを感じ、姪の描いたとても気持ちの悪い絵を写メで送って来たことから、(私は見ていないが真っ黒な顔の絵だと言う)妹もただならぬ事を感じ、またノワタリさんに連絡した。

「うわ~、とてもきつい悪霊が憑いています。気を抜くとこっちがやられるわ。」と言われたと言う。

遠隔で除霊して頂き事なきを得たが、憑いたままにしていると、人格を乗っ取られ本人の意思とは違った言動や行動を起こし、自分が亡くなるか、人を殺めるかと言う事態になりかねない。

後、セイジで浄化するように言われた。

姪は一人で在ったらまずかったけど、旦那が気づいてくれたので助かったとメールで送って来た。そしてこんなことを理解してくれる環境であったので良かった事を言っていた。

彼女も敏感体質で見えたり聞こえたりすることは多々あったが、今回のような怖い経験は初めてだった。

テレビで凶悪事件を起こした犯人の目を見た時、異常で憑依されているのを感じるが、私の学生時代の下宿でも同じような事があり、其処に住んだ途端、私の体力は著しく低下し、しょっちゅう風邪を引き、痩せていき、スーパーで買い物してもとても重くてタクシーを使う事もあった。

なんとも自分の心でありながら落ち着かず、今思えば入られた時、ひどく頭が痛く寝ようにも寝れないという事があった。

ある時、夜中の2時過ぎ目を閉じて横になっているのに廊下を歩いてくる影が見え、ドアがスーと開き、夜中に私の枕元にやってきて「ふ~。」と言う大きなため息をついて座った。

あれ?ドア鍵してなかったかな?

下の階の女の子かと思い声を掛けようとしたら、突然の金縛りで声が出ず、身動きできるまでほんのわずかの時間だがとても長く感じた。その後灯りのついている部屋に枕を持って走った。

中学生の頃からしょっちゅう金縛りにはあっていたがその日だけは怖さが違っていた。

私だけでなく、其処では誰も影響を受けていたと思うが、丁度上の階の男性が失恋から鬱になりその後自殺した。

私の場合、引っ越しした途端具合が悪くなったが、母に言っても「水が合わない。」で流されてしまったが、住んでいるうちに其処がとても嫌だと感じ、特に夜は暗く感じた。

もし、自分の気持ちと裏腹に言動や行動をして不快な思いをするようなことがあれば、こんなこともあると思って下さい。


黒い仏像

2014-06-05 22:27:17 | 霊現象

前回ノワタリさんが遠隔をされた事を書いたが、それは妹家族が連休にキャンプに出かけた事から起きた。

私も誘われたが体調が思わしくなかったので断ったが、今回は先ごろ入籍した姪夫婦も参加した。

その時、途中で南郷村にある百済の里により見学したと言う。10年余り前に私も行った記憶があるが、朱や緑の鮮やかな建物と銅鏡などが展示されていたと薄ら記憶がある。

そして連休も終わり、帰宅後姪の夫が毎夜中にうなされ出したと言う。

姪も私と同じ体質であり、こんな事は多々経験しているので、ノワタリさんにご相談した。

「黒い仏像が見えますが、どちらかへ行かれましたか?」と聞かれ、百済の里に在った仏像の事を話すと、

「ええ、それですね。開眼して欲しいそうですよ。それで付いて来たそうです。遠隔でいたしますね。」と言われ、すぐさま、遠隔で開眼されたそうである。それを境に偶然かもしれないが私の不眠も大分良くなった。

百済の里とは7世紀に百済が滅んだ時、逃れて来た人の集落だと言う。

しかし、遠隔でした物の当地に行き、お清めをしないといけないそうであるが、当の本人のお婿さんは全く信じない…。

姪が説得して渋々来ることになった。

「『今まで守っていた。』と言われてますけど、今の状態だから今回の事が起きたのでしょうね。どうも上の手が届かない所をするそうですよ。昨日も大きな仕事が入りましてね。靖国の一般の方々の御魂の浄化のお仕事が入りまして、それをしました。」と、言われた。

なぜ、今なのだろう?ノワタリさんも身内の方が戦死されているので靖国の敬神会の会員であるがこのお役目は初めてだと言われた。

そうしているうちに、妹の主人に偶然前立腺がんが見つかった。偶々、やって来られた方が前立腺がんの手術を無事に終えた事を話されたことから、自分にも思い当たる事から検診を受けたのでまだ初期であった。

そんな事で、彼女の家の大事と重なり、百済の里の大仏様のお清めに行くこととなった。

今回はノワタリさんは来られず、私達で行う事となったが、昨年の1月以来である。

 

 

 


神社の力

2014-04-12 22:02:43 | 霊現象

前回書いた一條神社の件で、私はとんだ勘違いをしていた。

お神酒を供えたことで、私はご祭神様からエネルギーを頂いた。背中が暖かいと言うのはその現れだった。

確かにご祭神様方は滅亡された城主でキビシイものもあっただろうが、お神酒で浄化された。

お神酒一合でこんなに楽になるとはお神酒の力とはなんと強力な事かと考えていると、今までお清めの度、お神酒、塩、お水と別段考えずに10年間3点セットのように持ち歩いてその力が分かっているはずなのに、今回改めて実感した。

神棚にお供えしているのは、その3点セット(とお米)である。

塩は海のエネルギー、お神酒はお米から出来るがお米からは大地のエネルギーを頂いている。そしてすべて太陽のエネルギーもだ。

昔の人は偉い、農村では春は、五穀豊穣を祈り、秋の収穫後に神様に豊作を感謝して祭りをしていた。漁村では海に感謝で祭をしていた。

しかし、子供の頃は季節ごとにいろんな行事があり、春は近くのお社で神主さんに祓って頂き、その後おこもりをしたが、いつの間にか場所は公園に移り、やがて神主さんの姿も消え、単なる花見と変わりそれも無くなった。

自然に感謝して神敬い、私の町でも地図を見ればこんな山奥にと思うところまで、神社がある。お寺の数の比ではない。点在する神社はネットワーク状に繋がり国の守りになっていただろうが、今はどうなっているのだろうと思う。

初めてノワタリさんと出会った善通寺でも駐車場の裏山にあった神社は負の者に入れ替わっていて呼ばれてそれを清め元に戻されたが、余りにも不思議であったので驚いた事があった。旅の途中でも、目的の神社でなく呼ばれて、数回同じように清めて、ノワタリさんが歌われ元に戻された事が数回あった。

 最近忙しかったので神様のご挨拶もパンパンと柏手を叩いて雑になっていたことを反省した。

そして、最近話題にしても寂しい事に父の言葉は聞けなくなってしまった。

亡くなってからのち、横の物を縦にもしなかったと思っていた父が、仕事に関しては毎日、天気からすべて毎日業務内容を細かにメモしているノートが引き出しに置いてあるのを母と見つけて驚いたと同時に感心した。

今回の体調の悪さも目立たぬところで支えてくれていた父の存在の大きさだったのだろうと思う。

最期に妹に残した言葉は、

「どちらにも付かない(意見の相違でもめた時)のはそれが平和だからだ。時々は思い出して話してくれ。」と言った言葉だった。

父らしく声を荒げて怒る事も手をあげる事も全くなかった穏やかな父だった。