前回の那智、玉置の後2010年は2月に北京、4月にインド、6月に口蹄疫病の出た宮崎に行った。その後7月にシベリアへ行くように言われたが、二人とも気が進まず、下調べはしたものの行く機会を逃し、行かなかった。その後、足場固めと言われると同時に近くの川や海の清めをして周る事になった。
しかし、私にはノワタリさんのような力は無い為、見よう見まねで行うだけである。私の手では及ばない場合、遠隔で同時にして頂いた。四国を取り囲んでいる瀬戸内海、宇和海、太平洋とお清したが紀伊水道はしていなかった。
今年2月に新燃岳が噴火した事から、御神鏡を鳴門の渦が巻いている所へマーちゃんが納めたので四国の周囲はすべて清めた。しかし、一度では済むわけでなく、川も足摺の海もノワタリさんと数回行った後も出かけた。
前回玉置神社は5回と書いたが、後で6回行った事に気付いた。不思議な神社である。行き始めた頃は禊が出来ていないのでまず、1回目は出発の前日、運転していて追突された。その時はなんとも無かったが、後日その後遺症は軽かったが数日間出た。
2度目は下山途中でガードレールにぶつけるという事故を起こした。
3度目は前日登った弥山で下山途中で日が暮れてしまい、ノワタリさんの力でどうにか麓までたどり着けた。それらの話は詳しく書いているが、その後は玉置に訪れてももうそのような事は起こらなかった。
ノワタリさんの家でも以前から祀られていた天照大神様の他、玉置神社へ訪れた時から国常立命様が入られ、良く龍神様が現れ、ククリ姫様その後ダキ二天様を祀られた。
9年前とは世の中も神社の雰囲気も様子も変わった。玉置神社の存在は偶然知り合いからお借りした「浜本末造」さんの世界一家天皇論3部作との出会いから始まりお参りしたことからだった。2003年にお会いしてから旅が始まったが、本格的に同行し、計画を立て始めたのもそれからだった。
お清めして歩いた神社とか奥宮は田舎が多く、おかげで普通の観光旅行であればまず行かないだろうと思うが、何処も年を追う事に寂れて行き、全国チェーンの店舗の看板だけが増えていくのを目にした。一体、私は何を見せられているのだろうと思う事も多かった。
しかし、日常離れしたその旅の間はワクワクする事が多く異次元に迷い込んだみたいに感じ、お別れして一人になるとそのギャップに戸惑い、寂しさを感じた。しかし、麻薬のようにその旅の楽しさに取り付かれ、その為にに働いたようなもので、どちらが本当なのか分からない感覚に為る事もあった。
そして私を取り巻く環境も変わっていき、良い方に変化した。たがいにぶつかり合っていた母との関係も良くなり、長い間頭を悩ませていた先祖事も納まり、土地の問題も鎮まっていった。お会いするまでの私ではとんがったままでポキンと折れそうでは今のように精神的に図太くなく世の中に適応出来なかったのではと思う。
ノワタリさんとそのお友達のおかげで読む本の傾向も変わり、阿蘇の旅に参加した時、「日月神事」「竹内文書」とか中丸薫さんの存在を知った。その頃親しくしていた人のご主人が精神世界とか宗教書を多く持っていたのでお借りしたのと、ネットで今は無くなってしまったが「スターゲイト」と言うホームぺ―ジとなわ.ふみとさんの「2012年の黙示録」と言うサイトに掲載されている本を選び読んで行った。
その間で読んだ小説は村上龍の「半島を出よ」と高橋克彦の「龍の棺」と「ミレニアム」シリーズだけである。
今読んでいるような類の本は町の書店ではほとんど無く、トンデモ本扱いだったのが、3,4年前からだんだん増えて行きコーナーが出来、平積みに為っている本もある。
旅の下調べをするうちに多くの書物を読むようにもなり、その結果歴史は勝者の都合の良いように書き換えられ、私達はあらゆるメディアを通じて刷り込まれ、洗脳されていった事を遅ればせながら知り、何事も額面通り受け取れなくなり、悲しい事に裏を詮索するようになった。
NHKでさえ、三面記事のようなニュースやゴシップのような物を大きく取り上げ大事なニュースは言わないか、さらっと流すだけで母はBS1の午後10時のニュースを見るようになった。気付けばのドラマは殺人事件ものが多く殺人が普通の出来事でない事を否定してるみたいで他は答えの分かったクイズと芸の無い芸人が面白くない事をわめいているだけで、視聴者をバカにしているので、私の部屋のは買い換えない事にした。
作為的だと思うがいつも学校の歴史の明治以降の歴史は駆け足で済ませ深く掘り下げる事も無く、先の大戦の事は戦時中外地へ行き、数年間海軍主計課で働いていた父の話と報道される話は大きく違っていた。
また、50年近く負の現象ばかり悩まされ、よくぞ取り込まれなかったと今では思うが、苦しんでいたのが神の存在とその力をノワタリさんを通じて見せられると共に助けられ、大いに勇気付けられている。
浅間山に登ったのが最後なのかもしれない。と何度も書いたが、その時「忙しくなるぞ。」と言うお言葉を頂いたが、どうも旅が忙しくなるのではないらしい。7月に入ってから「だんだん危なくなるから出ない方がいいわ。」と言われた。
7月15日の夜9時過ぎ地震が起きたが、その日旧暦も1ヶ月遅れの6月15日で大潮、天体の関係、太陽のフレアと普通でない状態が揃っていた。深さが60キロだったのであのくらいで済んだのだろうと思うがそれが深さが浅ければ、大事に為っていたのではと思う。
6月に富士山の浅間神社で少し緩和されるようなお言葉を言われたのはそれではなかろうかと思う。また、多くの能力のある人達も動かれたに違いないと思う。
寂しいがノワタリさんが言われるには、もう以前のように集合しての旅は終わり、違う使われ方をするみたいである。
四国在住のkikiです。
人生をかえたヒーラーさんに鑑定をお願いすることはできるのでしょうか?
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