兵頭新児の女災対策的読書

「女災」とは「女性災害」の略、女性がそのジェンダーを濫用することで男性が被る厄災を指します。

ズッコケ三人組シリーズ補遺(その八)

2015-05-29 17:49:48 | レビュー


 相変わらず、あんまり女災と関係ない記事を、久米某が大手で連載している間にも続けるよ!
 後、性質上、ミステリなどもネタは全部バラしていますので、そこはお含み置きください。

『緊急入院!ズッコケ病院大事件』
●メインヒロイン:荒井陽子、榎本由美子、安藤圭子

 三人組(及び美少女トリオの二人)が当時まだあまり知られていなかったデング熱に罹ってしまう話……のはずなのですが、第一章は丸々殺し屋の話に費やされています。ハチベエたちとニアミスを繰り返すなど、子供の出番がないわけではないのですが。で、章の最後、殺し屋は病気になったまま、人知れず死にます。何じゃそりゃ!?
 以降も病気についての蘊蓄と医療関係者のやり取りが団子になっているだけで子供たちはほぼ活躍せず。ハチベエなど、ひきつけを起こした描写の後、しばらくマトモに登場しないので読んでいて不安になります。
『ズッコケ』初期では、少年雑誌の記者がハチベエに「友だちっぽく」話しかけてくる、ヒステリーな教育ママを見てハチベエが「こういうおばさんは苦手だぞ」と思うなど、大人たちを積極的に登場させつつ、それはあくまで「子供に対して対応している大人」と「それを冷静に観察する子供」という関係性がキープされていましたが、正直この時期の那須センセはそんな視点を失っています。
 もっとも、ハカセが「虫除けスプレーを使った子だけは罹患しなかった」ことから病気の特定にヒントを与えたり、またハチベエのひらめきと行動力で、上に書いた殺し屋の死体を発見するなど、一応考えられてはいるのですが(殺し屋の話がどうにも浮いていましたが、ハチベエを活躍させる伏線ではあったわけです)、あまりに蘊蓄にページを割かれているため、もうちょっとその辺をじっくり書き込んでいたら面白かったかも知れないけど……という印象。
 さて、本作では(でも)三人組と美少女トリオが行動を共にします。
 三人組がバス釣りに遠方まで出かけ、それに美少女トリオが興味を持ち、同行を申し出る、というお話です。
 えぇ~!? ウソだろ、趣味の話なんてすればするほど女には退かれるだろ!
 読んでいくと人気のロック歌手(何故かこの世界では必ず男性アイドルはロック歌手です)が釣りを趣味にしていることから、少女たちがそれに興味を持った、との流れです。
 いや、キムタクがやろうとも、そこまでこの年頃の女子が釣りに食いつくとは考えにくいんですが、同時に「釣れるとキャアキャア言っていた女子が釣れなくなるととたんに興味を失い、辺りをうろつき出す」という描写は極めてリアルです。

『ズッコケ家出大旅行』
●メインヒロイン:津田経子

 本作は「人気が高い」、「後期の中では佳作」とされ、読む前から不安と期待を感じていました。
 家出というテーマは『オバQ』とか『バカボン』とか70年代漫画の定番ですが、そこで期待されるのは、「まだ思慮のない子供の軽はずみな行動」→「心配する親、愛情の再確認」と、そうした図式であるように思います。つまりまだ短慮な子供が、アンリアルな世界観でこそ実行に移せるものです。
 しかしハカセという「近代的自我」を持った少年が主役を務める『ズッコケ』でそれが可能か。時々している「スーパー系/リアル系」での例えがここでも頭をもたげます。
 事実、冒頭で家出を決意するハカセ(家出を最初に企図するのがハチベエでなくハカセである辺りが、このシリーズの厄介さなのですが)が「最低でも一ヶ月は家を空ける」、つまり逆に言えば家出を一過性のモノと考えているのが象徴的で、本来の「家出」は「今までの生活をリセットしての新生活への門出」だからこそワクワクするモノであるはずです。
 しかしそうしたリアルさとは裏腹に、三人は結局、一人四、五万という所持金で家を出て、しかも呑気にステーキなど食っています。『オバQ』の家出すらもう少し出費を抑えたり働いたりとしているというのに。これでは「ガンダムビーム!」と叫んでビームを発射するガンダムのようなモノ。
 行く先々の人々との交流などは旅情を感じ(またそれがラストの親たちが三人を発見する下りとつながり)、面白いのですが、後半では話ががらりと変わり「ホームレス物」とでも称すべきものになります。
 大阪でホームレス少女の経子と知りあった三人はホームレスの共同体に身を寄せるように。しかし三人がホームレス生活に早々馴染んでしまうのはこれまた、どうにもアンリアル。ハカセが(経子に叱られる前フリとして仕方ないとは言え)「ホームレスの生態を研究すると面白いかも」などと言ったり、ハチベエなど「ホームレス生活も呑気で悪くない」と言ったり。
『山賊修行中』のつちぐも一族も、『海底大陸』のニライ国も「お金の要らない楽園」として書かれており、やはり著者にそうした共同体に対する憧れがあるのでしょう。本作について、「ホームレスについて過度な問題意識も過度な理想化もないのがいい」とするブログがありましたが、ハチベエの下りしかり、そうした面はやはりちょっとだけあるように思えます。
 が、細かいことですが、モーちゃんに飴玉をくれるホームレスの不器用な感じが大変いいシーン。「見た目は恐いが、意外に優しいホームレス」「とは言えやっぱりコミュ障」という感じで、ホームレスのリアルを価値中立的に描いています。
 後はまあ、経子が可愛いんでどうでもいいや。

『ズッコケ芸能界情報』
●メインヒロイン:奥田タエ子

 モーちゃんの姉貴、タエ子がタレントオーディションに応募。それにつきそった三人組が才能を見出され、芸能人に――。
 ハチベエはそのために上京、ちょい役としてドラマ出演を果たすも、プロダクションが倒産し、はいそこまでよ。
 何じゃそりゃあああああっっ!?
『海底大陸』も「あ、ページがもうないや」「はーいこれで締めです、お疲れ!」感がハンパないですが、これはそれ以上。むろん「東京でタレントとして生活することになりました」で終わるわけにいかない、これはシリーズ物の構造上の宿命なのですが、本作には「芸能界」と聞いた時に想像する、心ときめかすような要素がほとんどありません。例えば憧れの美少女タレントと共演するとか、形だけでもそうしたシーンは必須ではないでしょうか。また、タレントになるのがハチベエだけというのもどうでしょう。子供としてはやはり表紙にあるように、三人組が共に活躍するところを見たいものでしょうし(シビアな小説に、楽しげなイラストを添えるという、この表紙詐欺とも言うべき傾向は毎度のことなのですが)。
 そもそも大人相手に弁えた態度を取るハチベエ、なんてのは見ていて面白くも何ともありません。中盤、ハチベエがいなくなったことを寂しがるハカセ、という描写がちょっと心に残る程度でしょうか。
 そもそも、と言えばもう一つ、そもそもタエ子姉さんがここまでフィーチャーされているのもよくわかりませんが、クラスの美少女トリオだと落選オチがやりにくいからでしょうか。

『ズッコケ怪盗X最後の戦い』
●メインヒロイン:高木エリ

 怪盗X編は今まで今一の読後感があり、びくびくしながらページを開きました。
 冒頭一章近くかけて描かれる怪盗Xと小泉さんをモデルにしたと思しき総理大臣との取り引き(抵抗勢力側のクーデター情報の売りつけ)。これは後の展開には絡んできません。また無駄な前フリかよ! ……と思ったのですが、読み進める内に一応の納得がいきました。
 総理相手に、Xは特定の政治家秘書に変装して登場します。今までも「Xは変装の名人」とされてきましたが、青年なのに老人に化けるとかいったレベルで、「特定の個人に化け、旧知の人間にもバレない」という二十面相レベルでの変装は、今までしていなかったはずです。どうもこの冒頭はその「設定の変更」の周知のための前フリだったようです。今回はXがそうした「特定の誰かに変装する」ことが話の鍵であり、またX(と思しき人物)が三人組に表の顔(普段の社会人)で現れ会話を交わす(にもかかわらず三人組は正体を見破れない)ので、そうしたスキルを身につけさせる必要があったのでしょう。
 話としては新興宗教対怪盗。これ、なかなか心ときめくシチュエーションです。今までは私人、或いはデパートの展示物である美術品を盗むのがXの目的だったため、ことさらに応援する気になれませんでしたが、今回はカルトをやっつける義賊という性格を持つにいたったわけです。
 もっとも、前半戦で登場するXは教団の狂言ということで肩すかしなのですが、後半戦、それに腹を立てた本物のXが教団に挑戦、鼻を明かしてくれます。
 ただ、この狂言というのが幼稚で(本物のXが出てくれば、すぐにバレることはわかりきっている)、また狂言発覚後もマスコミなどにはそれが明かされていないらしいなど、ちょっとどうなんだという感じではあるのですが。
 また、この教団のカルトぶりも今一の気がします。教祖様はイラストでは明らかに北のとっちゃん坊や(現・北の将軍様)をモデルに描かれており、また「リモコンでエレベータを動かしておきながら、それを教祖の念力であると演出する」といった描写があるのですが(正直この描写はどうにも要領を得ません)。わかりやすくインチキ予知能力VSハカセの推理といった要素を盛り込むべきだったでしょう。
 それと冒頭、Xが犯行予告をするのがハチベエ相手であり、ハカセがそれをちょっと妬むというシークエンスがありますが(前作ではハカセにコンタクトをしてきた)、それは教団側の変装でした。ラストに犯行終結宣言をする時のXはハカセにコンタクトを取ってきています。そう考えるといくら何でもこのハカセ無双ぶりはどうなのかという感じです。
 いや、全体的には充分に面白い、久々の快作ではありますが、何故Xが「ただの泥棒」ではなく「怪盗」になったかの説明はなく、もう一、二本、彼の主演作を書いてその辺を掘り下げて欲しかった気はします。

『ズッコケ情報公開マル秘ファイル』
●メインヒロイン:荒井陽子、榎本由美子、安藤圭子

 辛口ブログでは


よほどネタに詰まったのか、今度はハチベエたちが行政の監視を始めると言うおよそ心の沸き立たない題材が採用されているが、これは作者自身が、在住している山口県防府市のオンブズマンを買って出ているためである。


 と書かれ、正直、そう聞くと身構える気持ちが湧かないでもありませんでした。
 が、読んでみれば悪者の陰謀を暴くという、久し振りのミステリ路線のお話。冒頭こそややもたついた印象もあるものの、すぐさまストーリーが転がっていきます。
 もっともその冒頭というのは、子供にオンブズマンそのものを啓蒙しようという意図もあったのか、オンブズマンを時代劇のヒーローと結びつけるというもの。おい那須よ、この時期、時代劇なんてもうとっくに下火なんだし、ネーミング的にも戦隊ヒーローと結びつけるべきだろう! いや、何よりおかしいのは劇中の時代劇がどうも『水戸黄門』型の権力ヒーローという点ですが(あれも上からのオンブズマンですが)。
 三人組が市役所に情報公開を求めにいったところ、そこで出会った怪しげな男(熱心に情報請求をしている薄汚いなりをした初老の男)がひき逃げで殺されるという発端はまあ、いかにもズッコケ後期らしい陰惨さではあります。
 殺された男、荒木に死の間際フロッピーと書類を託され、それをキーに話は展開します。彼もまたオンブズマンとして市長の汚職を暴こうとしていたのか……と思いきや、その正体はジャーナリスト崩れのゆすり屋であり、暴力団に殺されたのでは……と事態は二転、三転。
 ただ、それならばこの荒木、最初から小汚い怪しいオッサンではなく「いかにも正義の味方」といった風に描き、いったんは尊敬するものの、悪者と知って失意する三人組、といった風に描いた方が効果的だったのでは。後期シリーズのの悪癖として、ストーリーを追うのに精一杯で、三人組の心理描写がなおざりになる点が挙げられるのですが、ここでもそれが露呈してしまっています。
 また、後期の特徴として、「美少女トリオの露出」が挙げられます。
 これはぼくの想像では「読者サービスとして編集部側からの要請」があり、「しかしそうした描き方は那須センセの作家性と必ずしもあわなかった」のではと思うのですが、本作ではなかなか、その両要素がアウフヘーベンされているように思いました。
 暴力団に追われる三人組(+美少女トリオ)。ハチベエは荒井陽子の手を引き、素早く逃げる。久し振りに主人公らしい活躍をすると共に、陽子に感謝されるハチベエ。
 また一方、本作は榎本由美子が初めて目立った話でもあります。美少女トリオはみな性格が悪く、あまりキャラ分けがされているとは言い難い。後期はトップ美少女の陽子に対し、やや庶民派であまりに口が悪くハチベエにも煙たがられる圭子、といった描き分けがされているのですが、由美子は「比較的おとなしい」とされているがため、単に目立たない存在となっていました。
 ところが今回はやたらと事件にかかわるのを嫌がる、これから警察の捕り物が始まるかも知れないのに現場に行くよりは帰りたがる、といった描写がなされるのです。
 本作は那須センセの「女」へのアプローチ法が問われた作品でもあったのです。
「陽子に感謝されるハチベエ」というサービスシーンを入れると共に、「女の他者性」を描くという一応の批評性をも獲得しています。
 まあ、ズッコケも残り少ないので遅きに逸した感もありますが、由美子が「気の強い女子」揃いの美少女トリオの中の、女の受動性、受動性の持つ加害性を請け負うキャラとして、もう少し早くキャラ立ちしていれば、結構使えたのではないかと思うと、惜しい気がしてなりません。

ズッコケ三人組シリーズ補遺(その七)

2015-05-03 22:23:26 | レビュー


 相変わらず、あんまり女災と関係ない記事を、久米某が大手で連載している間にも続けるよ!
 後、性質上、ミステリなどもネタは全部バラしていますので、そこはお含み置きください。

『ズッコケ三人組のダイエット講座』
●メインヒロイン:黛加奈子

「モーちゃんがダイエットに挑戦する話」。
 地味な題材だと批判する向きもありますが、他のキャラで言えば「ハチベエがガリ勉になろうとする話」、「ハカセが勉強嫌いになる話」みたいなもので、面白くならないはずがありません。シリーズ物、キャラクター物の強みでしょう。
 また、後期『ズッコケ』の欠点である「大人ばかり描写して子供が傍観者に」というモノと異なり、本作はモーちゃんの内面がじっくり描かれ、那須センセの児童文学者としての本領が久々に遺憾なく発揮されています。
 後期の欠点というとシミュレーション(蘊蓄)趣味、展開の遅さも指摘されるところです。本作もダイエットをリアルにシミュレート、またメインの話題であるダイエットクラブが登場するのが後半からという面はあるのですが、しかし前半部もモーちゃんがダイエットに挑戦、苦い挫折を経験して傷つく描写が地味ながら繊細に描かれており、後半の盛り上がりはそれがあればこそです。
 三章より登場するビューティー・ダイエットクラブは免許のない黛加奈子が主催する私的クラブであり、最初からアングラな存在として登場してきます。この黛はガリガリに痩せ、ちりちりパーマをかけた(スネ夫のママ的な)インテリ中年女性。考えるとこうした那須センセがお嫌いそうな女性がここまでラディカルに悪役として登場するのは初めてです。
 イメージトレーニングなどの暗示療法で食欲を減退させるというダイエット法によって、モーちゃんもズンズン痩せるのです――が!!
 そのクラブは摘発されてしまいます。それもそのはず、暗示療法を前面に出しつつ本当に効果があったのは副次的に出されていたダイエットクッキーの方。それには違法な薬品が使われており、服用すると食べ物をまずく感じ、食欲を減退させる効果があるです。
 恐らく現実世界の悪徳健康法はそこまで理詰めの(言い換えれば確信犯的な)手法を使わないだろうから、リアリティには欠けるモノの、いかにも那須センセらしいロジカルな設定ではあります。
 センセは自らの禁煙経験を元に本作を書いたそうで、そうなるとこのクッキーは、チャンピックス(服用することでタバコがまずくなる禁煙薬)に対する反感から生まれた設定かも知れません。
 さて、そのクラブが摘発されて以降もモーちゃんの体重は見る見る減ります。四章は「ラスボスを倒したのに平和が戻らない」そのホラー感に費やされ、痩せたモーちゃんのイラストは年少の読者にトラウマを与えるに充分のインパクトです――が、最後の数ページ、(今まで蚊帳の外であった)ハカセとハチベエが忘年会を催すことでモーちゃんの拒食症を癒すのがクライマックスとなります。
 みんなでごちそうを持ち寄り、美少女トリオも参加、ハカセはモーちゃんが太っていた時期の遠足のビデオを上映。丸々と太り、美味しそうに弁当を食べる自分の姿を見つめるうち、ごちそうに手を着けるモーちゃん。美少女たちも手ずからアイスを食べさせてやるサービスぶり。
 後期シリーズは美少女トリオの出番が多くなり、それは少女読者対策という空々しさを感じさせることも多かったのですが……本作のモーちゃんに優しくしてやる美少女トリオには全く嫌味がなく(むろん、それはハチベエではなくモーちゃん相手だったからこそとは言え)、楽しげな忘年会は陰鬱な本作の展開を一気に吹き飛ばすカタルシスに満ちています。

『ズッコケ驚異の大震災』
●メインヒロイン:なし

 三人組が被災するお話。出版年は1998年、言うまでもなく阪神大震災を踏まえたもので、作中でもそれへの言及がなされます。
 本シリーズは広島をモデルにした稲穂県ミドリ市を舞台にしているのですが、震源地となったのがこのミドリ市。作中で政府がこの地震を「稲穂県南部地震」と命名する下りがあるのですが、地震規模は阪神大震災と同クラスとされており、どちらかと言えば「中国大震災」とでも称されそうな気がします。
 地震の予兆を描写、三人組それぞれの日常を執拗に描き、タメにタメた上で発生する大地震。
 今回、印象的だったのは普段の気弱さを放り出し、(まあ、町へ出て困っている人々を目の当たりにする機会があったからでしょうが)身を挺して老人を助けるという男気を見せるモーちゃん。
 ハチベエも震災に遭ったその日から「明日から八百屋を始めよう。儲かるぞ」と言い、実際あまり日を置かずして営業を再開します。普段は「ちゃらんぽらんなガキ」として描かれるハチベエが、八百屋の跡取りとしての商才や商魂、バイタリティを見せつけます。また、普段は苦手にしている宅和先生が無事と知り、抱きついてしまう描写も泣かせどころ。まあ、最後にトイレ掃除を買って出る辺りはちょっといい子過ぎる気もするのですが(一方、ニュースキャスターやボランティアのお姉さんには、父が死んだと嘘をつく悪い子ぶり発揮します)。
 ひるがえって、ハカセは影が薄い。いざとなるとインテリなど頼りにならないと取るべきか、それとも「いざ俺が被災したら慌てふためくばかりだろうな」と考えた那須センセが(自らを投影したキャラである)ハカセの活躍を抑制させたのでしょうか。

『ズッコケ怪盗Xの再挑戦』
●メインヒロイン:なし

 基本、『ズッコケ』シリーズは毎回設定がリセットされるのですが(それ故前作の地震も他の作品ではなかったことになっています)怪盗X編だけは唯一の例外で、連作になっています。
 が、本作は前作以上に微妙。前回は怪盗Xのバックボーンが暗示され、それは怪盗物としてはマイナスだとは思うモノの、それなりに那須センセらしさが出ていました。
 が、今回の怪盗Xは普通に敵を演じているだけ。また、最後にハチベエが活躍するのはいいのですが、三人組がXを発見したのは何のことはない、偶然です。モーちゃんがいきなり何ら必然性なくデパートの屋上で望遠鏡を覗いたことがそのきっかけ。作者も気が引けたのか、ハチベエに「何だ、あいつ幼稚園児かよ」とつっこませているのですが、それが却ってこちらを「あれ? モーちゃんはXに操られているのか?」とミスリードさせ、マイナス要因になっています。
 そもそもデパートの社長が三人組を「怪盗Xの犯罪を阻止した小学生」として一目置き、警備を依頼するというのも……そこまでやるならいっそのこと本当の番外編(『クレしん』で時々入る「SHIN-MEN」編みたいに)にして、三人組に事務所を構えさせ、事件を推理、逮捕までさせるとかした方がよかったのではないでしょうか。

『ズッコケ海底大陸の秘密』
●メインヒロイン:藤本恵

『探検隊』にも登場したハチベエの叔父のところへ遊びに行くと、行方不明者が出ており、その娘、恵と共に捜索に出るが……というのが導入部。
 地元のカッパ伝説が絡んできたりもするのですが、本題に入るのは三章から。繰り返される「後期シリーズは展開が遅い」との批判がこれにも当てはまります。
 カッパの正体は海底人であり、一同は彼らの海底都市に連れて行かれます。彼らは比較的近年に地上人から枝分かれした存在で、原発事故で地上を汚染、氷河期を終わらせてしまい、五千年の間海底洞窟で暮らしていたが(……?)、それでも地上には復帰できなかったのか、生体改造で自らを海底人に改造(……??)、エラ呼吸をする怪物のような姿になってしまったのだった(……???)。
 一同は海底人に、「見守る人」としての適性を審査されます。「見守る人」とは地上人が環境破壊や原発などによって地球を汚染せぬよう見守るエージェント。『山賊修行中』ではつちぐも一族があくまで子孫繁栄のために三人組を誘拐したのに対し、海底人は(自分たちの姿を目撃されてしまった、との理由もあるとは言え)「見守る人」にするため、との目的意識から誘拐しているわけです。
 つまりこの海底人たちは『宇宙大旅行』に出て来た美少女宇宙人に近い、「ニューエイジ的超越者」、神様的な異人として描かれているのです。
 しかもニライ文明との呼称が暗示する通り、著者はこの海底人に琉球人の影を見ているようです。キーマンとなる知念老人も大戦時の米軍に撃沈された沖縄の学童疎開船から海底人に助けられ、「見守る人」になったと説明されます(対馬丸の事件がモデルになっているようです)。これは沖縄出身の脚本家、上原正三がアニメや特撮で繰り返し「地球に帰化する宇宙人」の話を書いていたことと好対照で、それへの「返歌」という感じが、しないでもないのだけれども……何より奇異なのがハカセが「ぼくも地上の生活や家族を捨て、見守る人になろう」と決意する下りです。おい、それはちょっと……どうなんだ?
 最終的には、一同が「見守る人」として不適切だと判断するや、海底人は記憶を消去して、地上に戻してしまったのだった……れれっ!?
 記憶消去ネタも場合によってはアリだけれども、今回は何とも肩すかし。ハカセの高潔な決意は何だったのでしょう。
「見守る人」の一人として登場する安城マリアは『時間漂流記』の若林先生、『宇宙大旅行』の美少女宇宙人と同様の超越型ヒロインであるにも関わらず、出番も少なく魅力を発揮できたとは言い難い。更に事件のきっかけとなった恵の父もキャラとして機能しているとは言い難いし、これなら当初からマリアを謎の美少女として登場させ、カッパ騒動→第二章冒頭で海底人の都市へ……とでもした方が話を書き込めたでしょう。



『ズッコケ三人組のバック・トゥ・ザ・フューチャー』
●メインヒロイン:駒沢民

 ハカセが「自分史」の製作を思い立ったことをきっかけに、過去を探る三人組。それぞれのあだ名の由来、それぞれがつきあい始めるきっかけなど、根本的なことでも意外や記憶は曖昧だと気づき出す導入部から、掴みはOK、という感じです。
 レビューブログでは「あまりに後ろ向き」、「子供の興味を惹かない」と辛口の点がついているのですが、一つに「誰も知らなかった三人組の秘密大公開!」とでもいった趣があること、もう一つにむしろ子供こそ数年前でも大昔に感じることを考えると、充分興味を惹く題材なのでは、と感じます(子供には過去と現在の区別がついていないとするブログもあったが、本当か?)。
 ただし、タイトル詐欺の非道さは(あとがきでは言い訳があるのですが)言い訳の効かないレベルで、『バック・トゥ・ザ・過去』、或いは『ズッコケ初恋秘話』とでもした方がという気はします。
 ストーリーはハチベエが小学生の頃に遊んだことのある幻の美少女について調べるうち、それがハカセの母親を轢き逃げした犯人の娘なのでは……と展開していき、ムードは冒頭の甘い初恋のものから一転、きな臭いものに。そうしたシビアなテーマから、ハチベエが柄にもなく意気消沈する様は見ていて辛くもありますが、それはモーちゃんが食欲を失う『ダイエット講座』同様、キャラの深みと見るべきでしょうし、またそれと同じに子供の繊細な心理を描写した作品に仕上がっています。
 成長した初恋の少女、民との再会がクライマックスですが、ここでハチベエのあだ名の由来が(それまでの劇中での定説を覆し)判明するという展開も憎い。また、彼女と出会ってからは立ち直り、デートに誘おうと皮算用をするハチベエで話が終わるのも好印象です。
 ただ、本シリーズに楽屋落ちが多いことは以前にも書きましたが、本作の冒頭にもハチベエが「ファミコン」をやっている描写の後、「世の児童文学作家たちも、おおいにゲームを研究して、その魅力を小説のなかに取りいれなくてはならない。」との一文が入ります。これは自虐か、自負の現れか……1999年に「ファミコン」って言ってる時点でちょっと……。
 最後に。高橋センセの絵は可愛すぎるとの評もあるのですが、今回の民、そして一年生時代のハチベエの可愛さは図抜けていて、やはりそれだけで点が高くなってしまいます。
 それと解説の松谷みよ子センセ……何書こうと勝手だけど、子供相手に「水にありがとう」を吹き込むのはよしてください(ご冥福をお祈りします)。