兵頭新児の女災対策的読書

「女災」とは「女性災害」の略、女性がそのジェンダーを濫用することで男性が被る厄災を指します。

24話目の復讐

2024-02-17 19:01:22 | 弱者男性

 目下、『WiLL Online』様で書かせていただいた記事が、人気第一位となっております。

 松本人志氏の性加害疑惑についてですが、とにもかくにも思い込みとデタラメなリクツで「松本はやったに決まっているのだ、決まっているのだ」と泣き叫び続けるパオロ・マッツァリーノ師匠の卑劣さには、センリツを覚えずにはおれません。
 そんなわけなので未読の方は、チェックをお願いします。

 ――さて、記事の方は半月前のモノで、今となっては既に古びた話題となってしまいましたが、「フェミニストが精神障害者を差別した件」について。
 しかしそれについてはアンチフェミにはあまり同意できない、という主旨です。
 では、そういうことで……。

 

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忙しくて、時間がとれないんですが……新規記事です。

・一ぬけ男


 どうも、最近のアンチフェミ界隈がおかしいと感じることが増えました。
 お断りしておきますが、「表現の自由クラスタ」は「アンチフェミ」ではありません。彼らは「フェミの手先」であり、彼らとフェミとの争いは、「山小屋内でのバトル」であると繰り返し言ってきた通りです。
 しかしそうした枠を超えるまともなアンチフェミがここ数年、育ってきた……というのがここしばらくのぼくの見立てだったのですが、ここへ来てどうもそれも楽観的に過ぎるか……と思えることが増えました。
 トランスの味方をしてTERFを叩く人たちにも、ぼくは今まで否定的な評価をしてきましたが、これはまあ、表現の自由クラスタがやってるんだろうなあ、とも思えます。
 フェミもアカデミズムなどで地位を持つ人は親トランスが多く、TERFはそうでない者が多い。表現の自由クラスタもまた、左派の地位を持った連中に逆らえず、親トランス派になっていると考えられるわけです。
 が、ここ数日、フェミニストvs精神障害者という対立構造がクローズアップされるようになってきました。
 おそらくですが「新居を探す時、障害者向けの設備に力を入れているマンションには要注意」といった主旨のツイが炎上した――というのがきっかけではないかと思われます。基本的には精神・知的障害者による性的被害に怯える「フェミ」の声が、問題にされているようなんですね。
 そんなこんなでツイッター上では「フェミ」を腐すアンチフェミ(含む、真のフェミ)の声で溢れることになったわけですが――何というか一体全体いつの間に、ここまでネット世論は左傾化してしまったのだろう、というのがぼくの感想です。小泉しゅうすけ師匠など、「障害者に危ない目に遭わされた!」と叫ぶこと自体がまかりならぬと言っていましたし、ってことは泣き寝入りしなきゃならんのですかね
 いえ、上に書いたリクツで言えば今回「フェミ」を叩いていたのはアンチフェミではなく(まさに小泉師匠が象徴するように)表現の自由クラスタ寄りの人々だったのだ、という理解の仕方もありますが……。

・ビョー鬼人間


「狂鬼人間」をご存じでしょうか。
 円谷プロの名作『怪奇大作戦』。これはSF的なオーバテクノロジーを駆使した犯罪者に戦いを挑む科学調査研究室SRIの活躍を描くドラマであり、「狂鬼人間」はその24話。精神障害者に夫と子供を殺された女が復讐のため、人間を精神障害者にする装置を作り出すという話です。
 何しろ刑法39条に「心神喪失者の行為は、罰しない。心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。」と定められており、この装置を使えば一時的な精神障害者になり、その間に殺人を行えば無罪で済む、というわけです。
 さすがに攻めすぎた内容で再放送の時もこの話だけカット。後に売り出されたLDやDVDには収録されていたものの、発売直後に回収騒ぎが起き、物議を醸しました。
 本話について調べた『封印作品の謎』を読むと、当時のスタッフは口を閉ざし、特撮ライターに取材をしても言葉を濁すだけ、円谷プロにまで恫喝めいた対応を受ける、などといった穏やかでない場面が続きます。
『ウルトラセブン』12話も似た経緯を持ちますが、封印の経緯ははっきりしていますし、この問題を扱い続けている同人作家が抗議した団体とも十年来の友好的なつきあいを持っているのに対し、24話の方は比較にならないヤバさを持っているわけです。
(ただし、24話の方が12話より生々しく、また描写にも問題があると指摘されるなど、やや作品側の分が悪いのも事実です)
 こうした情報は、ゼロ年代のネットではかなり共有されていました。いえ、これはぼくの主観で見れば、といったことかも知れませんし、当時のネットのオタク比率、オタク濃度の高さとも関連していましょう。ネットがまだ「裏モノ」であり、そこでこそホンネが書き込まれていた状況が、今では変わってしまったという側面もあります。
 もっとも、当時はネットの外に目を向けてみても、日垣隆という作家さんが活躍していました。やはり39条を問題視し、『そして、殺人者は世に放たれる』といった著作で注目を集めた人物です(上の『封印作品の謎』でも取材を受けていますが、作品に対しては、意外や辛口の評価をしていました)。
 近くは伊是名夏子師匠がネットで炎上し、(いかに白饅頭が賛否両論だと歴史修正しようとも)これまた極めて辛口の評価がなされました。これはまあ、伊是名師匠のキャラクターの強烈さも炎上の一因でしょうが、ぼくはこの騒動を障害者タブーすらもが絶対視されなくなってきた、思考停止を脱した、好ましい傾向として捉えていました。
 そこへ来て、本件や先にも書いたトランスの問題と並べてみると、「アンチフェミが女というとにもかくにも気に食わない存在へと、“マイノリティ”という爆弾を投げつけている」という光景が、ぼくの目には見えてきます。
 これはペド問題もそうで、逆行しているとしか言いようがありません。ペドファイルが忌避感を持たれるという(ある意味、仕方のない)ことを「公的な差別」に並ぶ「絶対に許されない、なくすべき悪」とする考えに、ぼくは同意できないのです。
 そもそもぼくたちはフェミニズムに対して(何せ「女の思想」なのだから)あくまで一「男性」として立ち向かうべきだと、ぼくは考えます。そこに障害者だったりペドだったりオカマだったり、「何か、弱者性のオマケ」をくっつけることは、好ましくないのです。
 まあ、もっともそうした「戦略」を採る人たちの気持ちもわからないではありません。何しろ女性は現代社会の王侯貴族ですから、確かにそうした左派的な戦略(上位者へと弱者爆弾をぶつけて倒す)を採りたくもなるのは、わかります。
 しかしそれで物事がいい方へ行くのかとなると、それこそフェミ含めた今までの弱者運動がいずれもオワコン化している現状を考えると、もう答えは出ているのではないでしょうか。

・教徒がいます

 何より、大前提として、みなさん――少なくとも先の24話の封印について憤慨していた方たちは――ご存じだと思いますが、そもそも、精神障害者による犯罪は大変に多いのですから。
 以下は令和五年版の犯罪白書のデータです。

画像

 見れば強姦や強制わいせつ犯のうちの精神・知的障害者の占める割合は0.7%。
 ここで脳をストップさせて「つまり精神・知的障害者の犯罪は極めて細微だ」と思い込むのが左派しぐさですが(白饅頭もこの伝統技を使っておりました)、当然、精神・知的障害者の母数自体が少数。大雑把に言えば人口の0.3%ですから、犯罪率は倍以上なのです。もっとも放火や殺人に比べれば、性犯罪はまだしも少ないのですが。
 これらに加え、39条を考えた時、果たして障害者に危機意識を持つことが、本当に不当な差別と言えるのでしょうか。
 いえ、ガイジンと比べればいずれにせよ安全も安全だとは言えます。何しろ大雑把に言ってアメリカにおける強姦件数は日本の18倍、韓国は7倍。そう、いつも言うように日本人ほどおとなしい、犯罪率の低い国民はいません。
 例えばアメリカに旅行に行く時、やはり女性は「性犯罪に気をつけろ」と言われるのではないでしょうか。もちろん、しかし、そうした言葉は「ポリコレ的にアメリカ様の方がエラいから」問題になりません。
 では韓国旅行の際はどうなのでしょうか。比率は下がれど、同様の注意がなされるべきだけれども、「ポリコレ的に日本の方がエラいので」あまり大っぴらには言えないのではないでしょうか。
 しかしこうした傾向は、やはりおかしいとしか言いようがありません。

・呪いドツボ

 ぼくは度々、「差別はもうない」と言ってきました。少なくとも先進国で公的には人種や性別による扱いの極端な差はなくなっているはずだからです。
 だからこそ(これもいつも言うように)ポリコレ教徒は「ヘイト」などという「言ってもどうしようもないこと」を持ち出してきたわけです。
 しかし本件(というのはツイッターでフェミの障害者差別発言がバズった件ですが)においては、アンチフェミの口調が、それらポリコレ教徒とそっくりになりました。
 先の「マンション云々」も公の場での発言としてはまずかった、言い方に気を遣う必要があったといった批判はできるかも知れませんが、しかし発言自体を果たして絶対に悪だと言い切れるのか(そもそもツイッターは私的領域なのか公的空間なのか)。
 個人が住居を定める時、障害者に排除的な方向で選択をすることが、絶対に許されない差別なのか。
 公的に、例えばA会社がその会社での業務をこなすのに何ら支障がないのに○○人であるからと応募者を排除したら差別でしょうが、B氏が○○人を恋人に選ばないのは「個人の勝手」としか言いようがないし、繰り返す通り危機意識自体が、必ずしも偏見によるものとも言いがたいのです。
 そこを、障害者というポリコレ爆弾で敵を攻撃するのが果たして好ましいことなのか、ぼくには大いに疑問です。
 こうした戦略は、「だから障害者同様、弱者男性をも尊重せよ」といった考え方にどうしたってつながります。ただ「弱者男性」を「忖度を受け続ける伝統的な弱者たち」のワンオブゼムとして仲間入りさせてくれと言っているのも同然で、ぼくとしては「お前ら、あいつらの偽善を批判してたんじゃなかったの?」と唖然とならざるを得ないわけです。
 それはいつも言う、「何か、上に向かって口を開け、餌をくれと言っている人たち」の最後列に並ぶ行為であり、しかし餌は先に並んでいる連中に食い尽くされ、こっちには回ってこないのではないでしょうか。

 


風流間唯人の女災対策的読書・第54回「震災から女災へ そして、性犯罪は捏造される」

2024-02-10 18:16:15 | フェミニズム

 第五十三回目です!

風流間唯人の女災対策的読書・第54回「震災から女災へ そして、性犯罪は捏造される」

 能登半島地震の際、ネット上で阪神大震災でも東北大震災でも被災地で性暴力が多発したとの噂が流れました。しかしそれは、本当のことだったのでしょうか?
 フェミニズムが「男性への冤罪そのもの」であることはもう、誰もが知るところではありますが、今回はそんな中の一つをお伝えすることにしましょう。

 それと、『WiLL Online』において書かせていただいた記事が、早くもランキング一位となっています。
 パオロ・マッツァリーノという評論家が松本人志騒動について述べているのですが、それが非道いもので……。
 未見の方はこちらも!

松本人志さんの騒動に便乗する怪しい人たち【兵頭新児】