http://www.nikkei.com/article/DGXDZO55901880W3A600C1MM8000/
企業という枠組みで見る限り、この記事に異論を挟むつもりはないし、もちろん批判するとかの意図はない。かつての、会社は株主のものか、それとも社員のものかという議論を思い出させてくれるし、企業共同体論なんかを念頭に置けば、この辺りの話は、いつもの予定調和に落ちることになる。
けれども、AKBと高橋さんをこの枠組みに当てはめて理解したつもりになると、そこは大事な部分が欠落するよという指摘は、あくまでも私見とは断ってはおくけど、こっそりだけどしておきたい。
まず、AKBと営利企業は、似て非なるものであること。AKBはほぼ自己組織化組織体であり、必然的に自己の存続こそが目的となる。かつての日本企業に類似しているとは言えるけど、現在の日本企業に、自己存続を目的とするものがどれくらい残っているか。少なくとも日経が想定してる企業の多くは、当てはまらないだろうと思う。
次に高橋さん。高橋さんを単なる中間管理職とみなすと、AKBという存在の最も重要な特徴を見失うことになる。確かに高橋さんは、中間管理職としての役割を担ってるけど、それより重要なのは、その役割が「管理」を超えて「献身」であること、AKB全体の受け皿にして、全体の奉仕者であること。こんなことができる人はどこにもいないわけで、それが可能な特異才能の持ち主なんだということ。
AKBを構成している要素は多々あれど、その中でももっとも核心的部分とは、秋元康氏のもと、前田さん、高橋さんという得がたい才能のあり得ない邂逅であるということを、私以外に言ってる人がいないのはなぜなんだろう。それとも単に私が知らないだけ?
企業という枠組みで見る限り、この記事に異論を挟むつもりはないし、もちろん批判するとかの意図はない。かつての、会社は株主のものか、それとも社員のものかという議論を思い出させてくれるし、企業共同体論なんかを念頭に置けば、この辺りの話は、いつもの予定調和に落ちることになる。
けれども、AKBと高橋さんをこの枠組みに当てはめて理解したつもりになると、そこは大事な部分が欠落するよという指摘は、あくまでも私見とは断ってはおくけど、こっそりだけどしておきたい。
まず、AKBと営利企業は、似て非なるものであること。AKBはほぼ自己組織化組織体であり、必然的に自己の存続こそが目的となる。かつての日本企業に類似しているとは言えるけど、現在の日本企業に、自己存続を目的とするものがどれくらい残っているか。少なくとも日経が想定してる企業の多くは、当てはまらないだろうと思う。
次に高橋さん。高橋さんを単なる中間管理職とみなすと、AKBという存在の最も重要な特徴を見失うことになる。確かに高橋さんは、中間管理職としての役割を担ってるけど、それより重要なのは、その役割が「管理」を超えて「献身」であること、AKB全体の受け皿にして、全体の奉仕者であること。こんなことができる人はどこにもいないわけで、それが可能な特異才能の持ち主なんだということ。
AKBを構成している要素は多々あれど、その中でももっとも核心的部分とは、秋元康氏のもと、前田さん、高橋さんという得がたい才能のあり得ない邂逅であるということを、私以外に言ってる人がいないのはなぜなんだろう。それとも単に私が知らないだけ?