コロナワクチン普及後、私たちが自由に移動できないかもしれない理由 中国製ワクチンに見る「分断の予感」
現代ビジネス より 210319 石井 大智
中国の大使館は中国製に限り新型コロナウイルス(COVID-19)へのワクチンを接種した人々へのビザの優遇措置を発表した。その一方で、EUはワクチンパスポートにおいて中国製のワクチンを対象としないとの報道があり、中国国営メディアはこのことを批判している。
ワクチンが世界に広まった後に、人々の移動は本当に自由になるのだろうか?
⚫︎中国製ワクチン接種者だけ特典
日本の中国大使館をはじめ、一部の中国の在外公館では新型コロナウイルスのワクチン接種者はビザ申請時に優遇を受けられるようになった。具体的には、中国で就労したい外国人がビザを申請する時にパンデミック発生前に必要だった書類だけを提出すればよくなった。
コロナ拡大後、中国への入国要件は大幅に厳しくなった。コロナ前であれば、日本のパスポートを有していれば、そもそも15日間までの中国への渡航にビザは必要なかった。しかし、コロナ後は渡航先の省人民政府外事弁公室や商務庁などから発行された招聘状が必要となり、中国への渡航はかなり難しくなった。
ワクチンを接種すれば、渡航の一つのハードルである当局からの招聘状が不要になり、以前と同じようにビザを申請できるようになる。このワクチンはビザ申請日から14日以内に接種されたものであれば1回の接種でもこの特典を受けることができるが、そのワクチンは必ず中国製でなければならないというルールが存在する。
そもそも日本国内では中国製のワクチンは承認されていないので、日本国内では合法的に中国製ワクチンを接種することはできない。したがって、この特典を在日中国大使館が発表したとしても日本国内の中国渡航希望者には実際のところほとんど関係なく、これを中国のワクチンを世界に広めるための動きだと報じる日本のメディアも存在する。
⚫︎欧米も渡航緩和で中国製ワクチンを認めず?
実は西側諸国でも中国のワクチンを渡航制限緩和の要件として認めない動きが存在する。ユーロニュースは欧州連合(EU)で検討されているワクチンパスポートは欧州医薬品庁(EMA)に承認されたワクチンのみが対象になるだろうと報じている。
ワクチンパスポートとは新型コロナウイルスのワクチン接種を証明するものだ。この証明によって国境を越える人の移動の制限を緩和しようという動きが各国で見られる。EU加盟国の中でも特に観光業に依存する国々がワクチンパスポートの導入に前向きだ。
この記事を書いている時点でEMAが承認しているワクチンには中国製のワクチンは含まれない。EUのワクチンパスポートの対象がEMAに承認されたワクチン接種者のみになれば、中国製のワクチン接種者はEUのワクチンパスポートの恩恵を受けられないという事態が発生する。
これに関してはまだ詳細は何も決まっていない。それにもかかわらず、中国側からもすでに反応が出されている。中国国営メディアであるグローバル・タイムズ(環球時報)は、中国人民大学の教授が「EUは中国製ワクチンもワクチンパスポートの対象に含めるべきだ」と主張する記事をすでに発表している。
⚫︎世界を分断するかもしれないワクチン
ワクチンパスポートやビザ申請の簡易化をはじめワクチン接種者への入国条件緩和措置はまだまだ現在進行中なので、今後どのような形になるかは現時点ではわからない。
しかし、これまでワクチンをめぐる欧米諸国と中国の対立などを考慮するとワクチンパスポートはコロナ拡大前のような自由な移動をもたらすだけではなく、世界を分断する可能性も同時に有している。
これまで述べてきたように特定のワクチンのみを移動制限緩和においても認める動きが進めば、同じワクチンを認めている地域の間の移動だけが復活することになる。
例えば、中国が中国製ワクチン接種者への移動制限緩和のみを認めて、欧米諸国で生産されたワクチン接種者への移動制限緩和をいつまでも認めなければ、中国と中国製ワクチンを扱う国々の往来のみが活発化し、そうではない国に対しては現在のような「鎖国」が続くことになる。
「ワクチンナショナリズム」という言葉の通り、各国でどのワクチンを承認するのかというのは時に政治的なイシューになり得る。
政治的対立が各国でのワクチン承認に影響を与え、それが人々の移動にも影響を与えるかもしれず、それによってさらに世界は分断されるのかもしれない(もちろんたとえ政治的対立がなかったとしても、単に安全性などを理由に特定のワクチンがある地域で承認されない可能性もあるが、それでももたらされる結果はさほど変わらない)。
⚫︎個々人に選択を迫るワクチン問題
アメリカと中国の対立による世界のデカップリングが叫ばれて久しいので、これまでと同じ傾向が続くだけと思う人もいるだろう。
しかし、ワクチン接種は日々流れる政治・経済ニュースと異なり、個々人の身体にかなり直接的に関わる行為だ。どのワクチンを接種するのかは単なるメディアで流れるニュースではなく、より多くの個々人に直接的選択を迫ってくる問題だと言える。
筆者が住む香港は欧米メーカと中国メーカ両方のワクチン摂取が可能な地域の一つだ。現時点で香港では現在中国のシノバック(科興生物)の他、ドイツのビオンテックと中国の復星医薬が共同開発した二種類のワクチンが香港政府により市民に提供されている。
香港に住む外国人の中には中国本土への入国時に特典が受けられる可能性の高い前者を選ぶ人もいれば、ドイツ企業が開発に関わるワクチンの方がヨーロッパ入国時に有利になるのではないかと考え後者を選ぶ人もいる。様々な情報と可能性が存在する中で、自らの仕事や家族の事情を考慮し、どちらかを選ばなければいけない状況に彼らは立たされている。
ちなみに香港ではシノバック製のワクチンを接種した人々が相次いで死亡していることから、シノバック製のワクチン接種を避ける動きをいくつかの香港メディアは報じている。
死亡者の一部について香港政府は死亡とシノバック製ワクチンは無関係と発表しているが、香港の現在の政治状況のもと香港政府や中国に不信感を持っている人々にとって香港政府による中国製ワクチンに関する発表は簡単に信じられるものではないだろう。
⚫︎ワクチンパスポート後の世界
このように新型コロナウイルスのワクチン接種は、接種ワクチンによる移動制限の違いなどによって世界の政治的分断に個々人をより直接的に巻き込んでいく可能性を有している。特にこれは香港のような複数のワクチンを市民が自ら選択できる地域においてはより顕著と言えるだろう。
ワクチンパスポート後の世界も私たちが知っているコロナ前の世界とは全く異なるものになるかもしれない。ワクチンもバイオポリティスから無縁ではないのだ。
💋おぞましい選択の世界が現出で… 情報統制の強い国は恐るべし。
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