忘れられたヒアリ「1000匹超」発見の衝撃 コロナ禍“封じ込め”停滞や中国経済拡大も影響
アエラdot com より 211008 西口岳宏
「ヒアリ定着の危機感は、確実に上がっています」
そう語るのは、茨城県つくば市にある国立環境研究所生態リスク評価・対策研究室の五箇公一室長だ。外来生物防除を専門とし、南米原産で強い毒をもつ外来種・ヒアリ対策の最前線で活躍してきた。
大阪府は9月28日、大阪市住之江区の人工島でヒアリを1000匹以上確認したと発表。府によると、1000匹以上の発見は初めてのことだ。2017年に日本で発見され、世間を騒がせたヒアリだが、時は過ぎ去り世間の記憶から薄れつつあった。この生物は現状どうなっているのか、五箇室長に話を聞いた。
■一度は減ったヒアリ
南米原産のヒアリは腹部末端に毒針を持ち、刺されるとやけどのような熱さや激しい痛みを生じることから、漢字では「火蟻」と表される。色が赤茶色ということもあり「アカヒアリ」とも呼ばれる。ただ、毒を持つとはいえ致死性は低く、むやみに恐れる必要はないが、痛みやアナフィラキシーショックを伴うこともあるので注意は必要だ。
国内では17年5月、中国から神戸港へ運ばれてきた海上コンテナの中から発見されたのが「初」とされる。だが、それ以降、輸入コンテナに紛れて侵入するヒアリは減少傾向にあった。背景には中国の取り組みがある。18年、五箇室長をはじめとする日本の専門家チームが中国政府との間でヒアリの対策会議を行い、中国国内での防除を訴えた。前述のように国内に侵入するヒアリの半数以上は、中国から来たコンテナのものだからだ。
「元を断たなければ」という思いで五箇室長たちが訪問した当時、中国国内では対策としてヒアリ駆除専門の会社も立ち上げられており、多くの機材を投じてヒアリの防除に注力する様子がうかがえたという。
そんな取り組みの甲斐もあり、ヒアリの日本への侵入量は減少していた。しかし、20年に新型コロナウイルスの爆発的感染が起こると、日本や中国において、外来種対策はコロナ禍によって停滞してしまう。
加えて、中国の経済発展も外来種の拡散を助長したと考えられる。中国では交通網の成長が著しく、急激な開発に伴って運搬される土砂や資材に紛れてヒアリも移動する。中国農業農村省の発表によれば、現在、中国国内でのヒアリ分布面積は、12年当時と比較して3倍近くにものぼるとされる。ヒアリの封じ込めは実質的に瓦解してしまったのだ。
発生国での駆除という防波堤を失った結果として、日本へのヒアリの侵入が増える、または増えている可能性が高い。20年、日本ではコロナ騒動で環境省や自治体の動きが取れなくなり、国内の調査や防除も停滞。東京港と横浜港、名古屋港で相次いで野生のヒアリの巣が発見されていく。
「巣の規模は大きく、羽アリ(繁殖行動である“結婚飛行”する次世代の女王アリ)まで見つかっている状態。見つけた巣は速やかに薬剤を散布して駆除を行いましたが、周辺に分巣が広がっている恐れがあることから、モニタリングを強化しています」(五箇室長)
そうした矢先に起こったのが、2021年9月の大阪における1000匹以上のヒアリ発見だった。
これは専門家からしても「桁違いの数」だという。
「今まで見つかってきた巣と比べて、深く、広く、かなりしっかりした巣が見つかりました。現在調査中ですが、規模の大きさから数年前から巣が作られていたことも考慮しなくてはいけません。ヒアリの調査が進んだのは、初めて国内で発見された17年以降。実際問題、ヒアリがいつから侵入していたかというのはわからないのです。あくまで、最初に発見されたのが17年の神戸だったというだけ。それよりも前から入ってきていた可能性はありますし、人の目をすり抜けて巣を作っていることも考えられます」(五箇室長)
大阪港内のエリアについては、発見されたヒアリは全て駆除されている。現在は、港内の土中深くにヒアリが潜んでいないか、大阪港からヒアリが貨物に乗って流出していないかを調査中とのことだ。一方で、ヒアリの危険は関西だけのものではないことも留意すべきだ。都内でも今年に入り、5月から10月にかけて毎月ヒアリが確認されている。
■日本における水際対策
こうした状況下で、ヒアリ対策はどうなっているのか。
「まず、港湾関係者にヒアリのアナウンスを徹底しています。次に、東京、大阪、名古屋といった貿易港について。これら全国65カ所の国際港湾については、年に2回のペースで港エリアのモニタリング調査を専門家が行い、警戒をしています。発見次第、即座に駆除を行える体制を整えています」(五箇室長)
要となるのは早期発見である、と五箇室長は語る。
より踏み込んだ対策として「全コンテナ内への家庭用殺虫剤散布」を検討している。だが、実施には至っていない。なぜか。
「ヒアリに有効な薬剤はすでに存在し、コンテナを開封する前に散布すれば抑止になります。しかし法律上、コンテナを開ける権利は「荷主」と「税関」しか持たないため、実現のためにはルールの変更が必要であり、行政面で非常にハードルが高いのです。」
とはいえ、この施策が実現できたとしても根本的な解決には至らないという。その背景には、拡大し過ぎたグローバル経済がある。
ヒアリは海外からの貿易コンテナに乗ってやって来る。なにも中国だけがヒアリの“輸出国”ではない。つまり侵入の原因を断つには世界からヒアリを駆逐するか、日本がコンテナの輸入自体をやめるしかない。
2020年に日本が輸入したコンテナは869万TEU(1TEU=20フィートコンテナひとつ分)。ここまでグローバルサプライチェーンに依存している輸入大国の現代日本が、1種類の外来生物のために“鎖国”は、非現実的。これは新型コロナにも共通するが、絶えず海外から流入する人や物資、それを乗せる「進みすぎたグローバル化」が問題の根底にあるのだ。
「油断すれば、瞬く間に国内へ広がる状況である」と警鐘を鳴らす五箇室長だが、調査によって新たな懸念が浮上する可能性もある。
「国立環境研究所でも、コロナが収束した暁には外来種の一斉調査を行う方針です。その時ヒアリだけでなく、未知の外来生物も発見される可能性は捨てきれない」
新たな感染症によって、力を狭めることになった人類。その停滞は私たちを振り回しただけでなく、生活圏を虎視眈々と狙う外来生物たちにとって願ってもない機会なのかもしれない。(文・西口岳宏)
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