goo何気無い日々が心地よい安寧

何気無い日々が続く様に。生きていく事の大変さがカナン。ある種空気の様な存在になりたいもの。

🚶〜観月橋…大手筋…桃山御陵…桃山南口〜 230622

2023-06-22 21:55:00 | 🚶 歩く
🚶〜観月橋…ビデオ1…桃陵町沿…南浜消防署前…龍馬通り…大手筋通:OS💊…御香宮参道…伏見桃山御陵西参道…伏見桃山御陵西沿…伏見桃山城口…桓武陵参道…桓武御陵🙏↩️…桓武陵参道…明治御陵🙏…昭憲皇太后御陵🙏…桃山御陵南参道…桃山南口〜宇治…大人はズルイ🍞…右岸堤防道…>
🚶11469歩2kg+104歩

🌥️:御陵参拝中🌤️縁起よし(^^)
明治御陵と皇太后御陵を繋ぐ坂道に新しく手摺りが設置された。
早朝は猛雨だったが昼前には止む
 昨日同様に散歩し易い天気に
観月橋&御陵参道=22℃
大手筋にて着物アンケート答える。

夜)🚙⇆観月橋Std👭


涼しい天気で…何となく体調すっきりせず、とは言えしっかりスタコラ歩ける…が今月も寒暖差ありすぎて…



南浜町にて

明治御陵より南方の空

同上

宇治川右岸堤防道50.4kmより西山山系





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「死の誕生」が生物の起源?……自己増殖マシーン「RNA」が「壊れる」ことで全てが始まった! 202306

2023-06-22 10:42:00 | 📗 この本

「死の誕生」が生物の起源?……自己増殖マシーン「RNA」が「壊れる」ことで全てが始まった!
 現代ビジネス より 230622  小林 武彦


 すべての生物に共通である「死」。
つまり、生物の進化の最初から「死」はインプットされていたことになる。

ベストセラー『生物はなぜ死ぬのか』の著者である小林武彦氏が「死の起源」を探る!
(本記事は小林武彦『なぜヒトだけが老いるのか』から抜粋・編集したものです。)

🧬「よどみ」に生まれた生命のタネ「RNA」
 一番最初の生物を作った進化とは、いったいいかなるものだったのでしょうか。これは、コンピュータにたとえると「プログラム」のようなものです。プログラムは、簡単に言うと規則です。たとえば「AとBを足して平均をCとする、それを繰り返す」みたいなものです。

 進化のプログラムの最初は、単純な「物質」からのスタートです。
地球上の生命は38億年前に熱水が噴き出し、温度が高く化学物質が常に供給されるような比較的小さな「よどみ」で起こったと考えられています。このような場所は化学反応が起こりやすいのです。生き物は、昔から温泉が好きだったということです(笑)。

 そこで最初にできたのは、RNAやアミノ酸といった有機物です。有機物とは、生命の材料となる物質の総称です。

 RNAは将来親から子へ受け継がれる情報、つまり遺伝子となる物質(遺伝物質)です。新型コロナウイルス感染症のワクチンができたときによく耳にしたメッセンジャーRNA(mRNA)のRNAです。アミノ酸は、生物の体を構成するタンパク質の材料となります。

🧬RNAの3つの性質
 まずRNAです。RNAには、遺伝子の基となる3つの性質があります(図1‒2)。

図1-2 RNAの3つの性質

 1つ目は、自身を複製して子孫に継承する「自己複製能」です。
RNAは4つのブロック「塩基」(G、A、U、C)がつながったひも状の分子です。さらにGはCと、AはUと結合できます。そのため、図1‒2で示したように一方のRNA鎖を鋳型として、それとちょうど相補的な鎖(鋳物)を、時間をかけて作ることができます。この鋳型と鋳物(G-C、A-U)の結合は弱いので、熱やアルカリで剝がれます。すると、それぞれがまた鋳型として働いて相補的な鎖を作ります。

 このようにして自分のコピーを次々に増やします。「型」にチョコレートを流し込んで、同じ形のチョコレートをたくさん作るような感じです。

 遺伝子として必要な2つ目の性質は、変化することです。
ただコピーを作るだけでは氷の結晶が大きくなるのとあまり変わりませんね。RNAという物質は、都合がいいことに反応性に富んでおり、化学反応を触媒したり自身の分子を切ったりつないだりする「自己編集能」を持っています。この性質によって、G、A、U、Cの順番や長さが変わりいろいろな反応を触媒できるような分子に変化できます。

 つまりRNAは、自分と少し違う多様な分子を作り出すことができるのです。チョコレートの「型」が勝手に変化して、いろいろなチョコレートを作り出していくわけです。

 3つ目の性質は、壊れやすいということです。せっかくできても、時間が経つとまたブロックに戻ってしまいます。チョコレートにたとえると、溶けて形がなくなるような感じになります。これは次に述べるように、変化を加速する上で非常に重要な性質です。

🧬「死」の誕生
 このような変化を生み出す自己増殖可能なRNAが生命のタネ(種)となり、進化のプログラムが動き出します。

 進化のプログラムとは、簡単に言うと「変化と選択」の繰り返しです。「変化」はいろいろな分子ができること、多様性の獲得です。専門用語では変異と言います。「選択」は多様 なものの中で、たまたまその環境で複製しやすい、増えやすいものが選ばれて残ることで す。適応と言ってもいいと思います。

 このプログラムを動かし続ければ、やがてすごく増えやすい分子が誕生することは、容易に想像できますね。

 実際には、もう一つ重要なことがあります。

 それは、新しいRNAを作り出すための材料の供給です。作るだけではやがて材料が底をついてしまい、プログラムは止まってしまいます。

 生命の誕生は、奇跡的に良い条件が揃った小さな温泉の水たまりのような空間で、物質が濃縮された場所での出来事です。
 現在の科学力をもってしても試験管内でゼロから生命を作れないことを考えれば、大元の材料から作るのは大変で、RNAのブロックの恒常的な供給がないところで新しい組み合わせを作るのが難しいことは想像できます。

 そこでブロックを供給する方法は、一つしかありません。それは古い分子が速やかに分解されて、またブロックに戻ることです。つまりリサイクルです。

 RNAは先ほどお話ししたように、壊れやすい性質を持っています。作られては壊されて、次から次へと作り替えられます。その中でより増えやすい分子が自身のコピーを増やしていきます。
 あるいは、いくつかの違う性質を持ったRNA分子が共同で働いたりお互いにつながったりして、単に1本のひもではなく、複雑な構造(立体構造)を作ったのかもしれません。

 たとえば自己複製反応を助けるようなRNAや、切ったりつないだりの「編集」のみを
専門に触媒するようなRNAも登場したと思われます。まさに、RNAによるRNAのた
めの「RNAワールド」が展開されました。

 このように、最初の「生命のタネ」であるRNAは自己増殖マシーンでした。しかもそ
れらの性質は、RNAという「物質」の4つのブロックの並び順による「デジタル情報」で決まります。

 この自己増殖マシーンの進化のプログラムを動かしたのは、多様な試作品ができては壊されて材料を供給すること、つまり「壊れること」です。これが進化の原動力となり、「死の起源」となりました。

「死」はここから始まったのです。

ただし、RNAは物質であり、まだ生物ではありません。



ベストセラー『生物はなぜ死ぬのか』著者・小林武彦氏の待望の最新作『なぜヒトだけが老いるのか』(6月22日発売)は、ヒトだけが獲得した「長い老後」の重要な意味を生物学で捉え、「老い」の常識を覆します!



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国民の「血税」はこうして奪われていく…コロナ禍でばら撒かれた補助金の「許しがたい使い道」 202306

2023-06-22 10:24:00 | 気になる モノ・コト

国民の「血税」はこうして奪われていく…コロナ禍でばら撒かれた補助金の「許しがたい使い道」
  現代ビジネス より 230622  柘植 輝


 身の回りに無人販売所や高級食パン店が増えたと思ったら、すぐにお店がなくなっていた…と思う人も多いのではないだろうか。
 背景にはコロナ禍で補助金がばら撒かれ、それに乗っかった経営者がわけも分からず事業を始めてしまったことにある。そしてコロナも落ち着き、補助金を返済していかなくてはならないのだが、事業がうまくいかず返済していけるのか…。
 前編記事『急激に増えた謎の「無人販売所」や「高級食パン店」…その背景に起こっている「日本経済」のヤバすぎる実態』に引き続き、補助金の落とし穴や返せないお金は誰にツケが回ってしまうのか述べていく。

⚫︎我に返る経営者。だが簡単にはやめられない…
 銀行やコンサルタント、フランチャイズ事業者などが言うほど無人販売所や高級食パン店の経営は簡単ではない。どのような事業でもそうだが、効率よく商品やサービスを売り、利益を確保していかなければいずれ廃業せざるを得なくなる。

 加えて、競合他社がどんどん増えている無人販売所や高級食パン店の場合、他社との差別化も図らなければならない。

 似たような店舗の乱立が続き、同業者同士でパイの奪い合いが激化する中、競争に負ける経営者も出てくるようになった。現実の厳しさに我に返った経営者はこう考える。

「もうやめたい。」

しかし、そうはいかない。補助金を使っている事業は簡単にはやめられない。

⚫︎補助金という名の抜けられない沼
 補助金は事業計画を作成して申請し、その計画に沿って事業を進めていかなければならないのが基本だ。

 事業再構築補助金を受ける場合、最大5年間分の事業計画を策定して申請する。つまり、最大5年間は事業を継続する必要があるわけだ。途中でやめることも可能であるが、無断でやめることはできない。

 万が一途中でやめる場合は、その旨の届け出を補助金の運営事務局へ提出する必要がある。この手続きも地味に面倒だ。

 加えて、それまで受け取った補助金は全額返還することになる。借りていた店舗から撤退する場合はその原状回復費用も必要だ。そして、融資を受けていた場合は負債も残る。

 補助金ありきで融資を受け、莫大な投資をした経営者はここで躓くのだ。

 どうにもできず銀行やコンサルタントに泣きつくも今更遅い。彼らはすでに自分たちの利益を確保している。経営における自己責任論を振りかざして経営者を助けることはない。

 彼らの仕事は新規事業の責任を取ることではないので当然だ。経営を軌道に乗せるためのアドバイスは行うが、責任まで負ってくれるわけではない。

 こうなると赤字であっても続けるしかなくなる経営者も出てくる。

 中には「今やめたら補助金を返さないといけないからもったいない。」と本来であれば引くべき場面であってもやめられずにいる経営者も存在している。

 補助金は沼だ。一度はまってしまうとそこから抜け出すのは容易ではない。

⚫︎閉店の相次ぐ無人販売所や高級食パン店
 それでもいつかは首が回らなくなる。採算が取れず資金も底を尽きれば否が応でも事業をやめざるを得ない。

 急速に数を増やした無人販売所や高級食パン店も実は今閉店が相次いでいる。補助金ありき事業展開をしたものの、結局上手くいかず閉店となっているのだ。

 読者の中にも、「あれ、いつの間にか…。」と身近で閉店している無人販売所や高級食パン店の存在を意識したことがあるだろう。

 実のところ、このような無人販売所や高級食パン店の出店ラッシュと閉店ラッシュは私たち一般人にとっても無縁ではない。

 事業再構築補助金を含め補助金は私たちの血税で運営されている。

 そして、今、コロナ禍も落ち着き世間は徐々に平穏を取り戻しつつある。

 次に訪れるのはばら撒かれたお金の回収ターンだ。国はばら撒いたお金をあの手のこの手で回収するだろう。

 そうして、最終的には補助金の熱に浮かれていた経営者たちのツケを私たち一般人がぬぐうことになる。

 全ての無人販売所や高級食パン店がこのようなスキームで出展されているわけではない。全ての融資や補助金が不適切な使われ方をしてきたわけでもない。
 しかし、近年急激に増えた謎の無人販売所や高級食パン店の背景にはこういった出来事が少なからず存在しているのも事実だ。

 今までなんとなく眺めてきた謎の無人販売所や高級食パン店の存在も、舞台裏のカラクリを知ればまた違ったように見えてくるだろう。
 もしかすると、あなたの周りで最近オープンされた謎のお店も、コロナ関係の補助金や融資によってオープンされたお店なのかもしれない。




💋過去から補助金行政の危うさ、無見識と不作為は…
 悪用されたり… 不倫に煩いが、経済には無知・無見識…マスコミ界
  不倫報道のパワーを政治経済に…


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日本はなぜスマホが作れなかったのか?ー日本の方法論「物真似」はどこにいった 202306

2023-06-22 01:32:00 | 気になる モノ・コト

日本はなぜスマホが作れなかったのか?ー日本の方法論「物真似」はどこにいった(中)
 COMEMO より 230622 池永寛明|社会文化研究家


 日本がこの30年で失ったものは、速度ではないか。かつての日本は、こんな速度だったのではないかー世界最速の都市と言われている中国深圳の経営者たちと議論していたら、そう感じざる得なかった。「深圳を見よ」と、多くの日本の企業人たちが深圳を視察しただろうが、何かを感じ何を考え何かを変えれただろうか?

 朝に、誰かと話をしていると、面白いアイデアが浮かんだ。それをカタチにしようと、部品を集めて、組み立て、プロトタイプをつくり、夕方には市場に出している。それを手にした、触れた、見ているお客さまの反応を観察して、よりよいものに修正して、翌日にそれを、市場に出した。毎日毎日、それを繰り返して、洗練された良きものを、世の中に出しつづけ、すごい会社になった

1. なぜ中国は既存の自動車市場に臨んだのか?
 中国が自動車をつくりはじめた―トヨタやフォルクスワーゲンやゼネラルモーターズや日産自動車やダイムラーなどの大手・名門・老舗メーカーがどっさりといる世界に、新たに自動車事業に参入してもうまくいくわけない、絶対無理で有り得ないとみんな笑った。しかし中国は世界の自動車から見本を見つけて、自らの自動車をつくって、あれよあれよと言う間に、世界的な自動車メーカーになった

なんでなんやろ?

 テスラに次ぐ世界第2位となった中国の電気自動車メーカーのBYDは、1995年に深圳でバッテリー会社として創業して、2003年に自動車市場に参入した新興メーカーである。

 一人勝ちの米テスラ、中国BYDが猛追 EV業界地図 - 日本経済新聞 世界の電気自動車(EV)市場は拡大を続けている。各地域における政策や規制の動向に左右されるものの、自動車メーカーの現状のE www.nikkei.com
BYDは「自分たちの自動車をつくる」ということを決めて、世の中で売れている自動車を見本にして、独自の自動車をつくって、売り出して、BYDの車は良いと評判を集めた。そのあとに、専門家や技術屋を集めて、車づくりをレベルアップさせて、あっという間に、世界的企業になった。凄まじい速度である

 日本も、かつてはそうだった。トヨタも日産もホンダもスズキもそうだった

 それが変わった

 まず専門家という企画者や技術者たちを集めて、自動車とはなにか?技術のトレンドはどうだ?環境規制の動きはどうだ?世の中のニーズはなんだ?世の中にどんな自動車があったらいいのだろう?わたしたちは、どうしたらいいのかの議論を何度も何度も行なう。分析過剰、計画過剰、議論過剰、リスク想定過剰、時間をかけすぎているうちに、時代からズレる。チャンスを逸する

2. ドローン大国になり損ねた日本
 日本はかつてドローン大国だった
日本は、ドローンという英語名がつけられる前に、先行していた。ドローンの安定飛行のコア技術は姿勢制御システムだが、そのシステムはもともと日本のセンサーから始まっていた

 ドローンは第二次世界大戦前から英米が本格的に研究・開発していた軍事用の無人飛行機がルーツ。戦後も軍事での研究と併行して、民間での産業用ドローンへの転用研究が進むなか、1987年にヤマハが世界初の産業用無人ラジコンヘリコプターを発売した。無人なので現在のドローンというカテゴリーとなるため、そう捉えると日本が実質的にドローン大国だった

 この技術によって、ドローンが水平に飛べるようになった。ドローンが成り立つのは、姿勢制御のセンサーがあるから。このセンサーはもともと日本製だった

 またプロペラの回転数を細かく制御するのも、日本の技術である。日本は、これら技術で垂直に浮きあげられるドローンが作れたのに、開発に時間をかけているうちに、フランスのスマホのアクセサリーやワイヤレス音響機器を開発していたParrot社がドローンを発売した。先を越された

 ドローンというネーミングは、ドローンの形状がハチのようで、飛ぶ音が蜂の羽音を連想させるためドローンと言われるようになったとか、第二次世界大戦時の英軍の射撃訓練用標的飛行機の愛称が「クイーン・ビー(女王蜂)」だったことにちなんで、英語の「オスのハチ」Droneとなったとか、いわれている

 フランスのParrot社が、ドローンという名前をつけて売り出したが、中国のDJI社があっという間に抜き去り、中国がドローンの世界市場シェアの7割を占めている

 なぜそうなったのかは、中国深圳の電気街に行けば見えてくる。世界最大の電気店街の至る所に、見たことのない、いろいろなドローンが並び、飛んでいたりして、毎日がイベント・展示会のようで、日々実験がされていて、そのドローンの数々を見たお客さまの声を吸収し、それを研究して、フィードバックして、進歩させていた。徹底的に、お客さまを向いていた

 そこでは、ドローンがなにができるのかではなく、これをするために、これを実現するためにドローンが役立つのかの想像力が大事だった。こうして日本は、母屋が取られた

 スマートフォンも同じ

 スマホの画面のタッチパネルは日本が開発した。タッチの液晶は日本のデバイス。スマホのなかは、QRコードの読み取り機能やカメラ精度を高めるCMOSセンサーをはじめ、日本の部品だらけである。にもかかわらず、日本からスマホが生まれなかった。日本は、世界的技術をうみだすが、全体を統合して、組合わせて、商品のパッケージ化、完成品をつくりだせなくなった。なぜならば

⚫︎お客さまが見えていなかった
お客さまを見ようとしなかった

3 家庭用ゲーム機天国になれた日本だが
 しかし日本は家庭用のゲームを生んだ。それは正確ではない。突然、日本が独創的なゲームを開発したのではない

 日本の家庭用ゲームが登場する前に、アメリカのアタリ社などの企業が家庭用ゲーム機を開発していた。しかしアメリカの会社のゲーム機には、コントローラーがなかった

 それに対して、日本企業は上下左右、手で動かせるコントローラーを生みだした。 任天堂のゲームボーイのジョイスティックは日本の技術だった。ハンドルで、上下左右、7方向・8方向に動かせるコントローラーは日本人が生み出した技術だった。ゲーム機のコアであるジョイスティック技術をもって、日本は家庭用ゲーム機を完成させた。

 しかしスマホとドローンを日本は結実させることができなかった。なにが違って、それができなかったのか

 何を作るかが初めに見えていなかったのだ。それを手にして喜んでいただいているお客さまの姿を想像するチカラが弱くなったのだ

 日本人は、古代から現代まで、佳きものを真似してきた。社会のなかで、これは便利だな、これはいいなと感じたり、見つけたり、聴いたりしたものを真似して、本家以上に佳きものに、良いものに洗練させ、磨いて、進化させてきた

 そっくりそのままのコピーは当然、知的財産権の侵害になる。だからそうならないよう、他の佳きものを見本に、自らの解釈を織り込んで、自社ならではのモノをつくった

 そんなの、格好が悪いと言う人がいるが,ビジネスって、そういうもの

 世の中で、それまで誰も考えたことがない、まったく新しい、独創的なモノ・コトなどほとんどない。なにかを考えついたと言っても、基本は誰かに、どこかで、なにかに、インスピレーションを受けて、類推(アナロジー)して、何かと何かを結合させて、何かをつくり、社会に出して、試行錯誤をしながら、日に日に磨いていった

 そういったプロセスを踏んでいくなか、日本は独自のものを創造したり、より佳きものにしたり、新たなモノを開発してきたが、カタチにするまでに20年30年も時間をかけているうちに、世界に追い抜かれてしまうようになった。ソーラーモジュールだって、日本はダントツに進んでいたのに、ソーラーパネルの商品化は、世界が先におこなってしまった。日本のお家芸だった速度が、世界に追いつかなくなった

 特許、取得後が正念場 アイデアと経済価値つなぐ社会を - 日本経済新聞 中国の国際特許出願数が初めて7万件を超え、4年連続で国別首位となったことが、最近話題になった。5万件超で3位の日本は、人口 www.nikkei.com

4 日本のお家芸がどこに行った?
 モノを創って、それが売れるようにするためのいちばんの近道は、売れているものを自分で、自社で試してみる、つくってみること。他の売れているものをつくってみたら、まったく同じものだったらパクリになるが、その売れている本質を読み解き、その本質を多様的に翻して、より佳き、より良いモノにしてきた

 日本の漫画とかアニメが、世界で評判だった。韓国と中国はその真似から始めた。真似した当初は日本との差は大きかったが、いまでは日本よりも上回る分野が増えている

 日本のドラマや歌謡曲も、かつて評判がよかった。その日本のドラマとか歌謡曲を、韓国や中国は真似た。それが、いまでは中国や韓国が洗煉したモノ・コトが続々と生まれている。日本が国内て閉じこもっている間に、もっと広い世界での展開をイメージした韓国や中国は、大きな飛躍をしている

日本がお家芸だと思っていることをしている

 縦読み漫画で攻める起業家 革新へ世界の波に乗れ - 日本経済新聞 イラストや漫画を制作するスタートアップのフーモア(東京・中央)が約6億3000万円の資金調達を決めた。主な投資家の顔ぶれが www.nikkei.com
 世界は、世の中の佳きモノの物真似からはじまり、独創的かつ洗練されたモノ・コトを創造している。はじめは物真似だったけど、そこに優秀な人材や情報や知恵が集めることで、洗練・進化していって、日本と遜色ない、いや日本を上回るものを創れるようになっている

どないなってるんや?

ギャルや裏原ブームの熱狂 個人主義花開いた1990年代 - 日本経済新聞 1990年代は「失われた10年」と呼ばれたが、その後「失われた20年」「失われた30年」と、どんどん失われた時代は延びて、 www.nikkei.com
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なぜウクライナに勝てない?「満州事変の教訓」から考えるロシアの過ち  202306

2023-06-22 01:15:00 | 気になる モノ・コト

なぜウクライナに勝てない?「満州事変の教訓」から考えるロシアの過ち
 PHPオンライン周知 より 230622 原田泰(名古屋商科大学ビジネススクール教授)


 ウクライナの反転攻勢が始まった。ウクライナ軍と西欧諸国の支援の力を見くびったプーチン大統領や、「ウクライナは降伏すべき」と主張していた知識人の誤りが明らかになりつつある。
 では、この戦いが終わるためには何が必要なのか。エコノミストの原田泰氏が、日本の満洲事変と中国への侵攻をヒントに、戦争終結への道を考える。

※本稿は、原田泰著『プーチンの失敗と民主主義国の強さ』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。

⚫︎約束を守らない国と停戦をどう約束するか
 ウクライナにとって深刻な問題の1つは、戦争をどう終わらせるかである。日本やドイツが第二次世界大戦の後、発展できたのは、戦争が終わったからである。

 しかし、ロシアが戦争を終わらせるかどうかは分からない。ロシアは2022年7月30日、貧しい国の食糧不足を解決するため、国連、トルコの斡旋で安全にウクライナの穀物を港から輸出することに合意した。
 ところが、その翌日の31日には穀物輸出港、近隣の都市を爆撃し、著名な穀物輸出業者夫妻が死亡したとのことである(「ロシア、南部攻撃激化」『日本経済新聞』2022年8月2日)。

 いかなる約束も守らない国と,どのように停戦合意,戦争終結の約束ができるのだろうか。
ウクライナとしては、そもそも2022年2月24日の実効支配の国境に戻るのがまず必須だろう。南部を占領され、港を失った内陸国となるのは、海からの穀物輸出の必要性を考えても耐えられない。
 ロシアは核を持ち、ウクライナの領土を攻撃し放題だが、ウクライナがロシアの都市を攻撃すれば、ロシアは何をするか分からない。これは、ウクライナが専守防衛で戦っていることである。
 日本も専守防衛で戦うとは、ウクライナのように戦うということである。日本の専守防衛論者は、このことに気が付いていないのではないか。

⚫︎2度と侵攻したくないと認識させる
「[ウクライナの砲撃司令官]イエベン・トニツァ氏は『われわれの手足は縛られている』と話す。標的にできるのはウクライナ占領地におけるロシア軍の拠点のみで、国境を超えてロシア[の領土]は狙えないという。

『許可があれば、かなり前に結果が出せていただろう』[と言う]」(「ロシア領狙わない確約、ウクライナの足かせに『(ロシア領土を砲撃する)許可があれば、かなり前に結果を出せていた』」The Wall Street Journal 2022年8月1日。日本の専守防衛の弱点については、織田邦男「他人事ではないウクライナの悲哀」『産経新聞』2022年4月6日が指摘している)。

 ウクライナが少なくともロシア侵攻前の2022年2月24日の国境を確定し、ロシアがもはや攻撃しない、という保証はどうしたら得られるだろうか(2022年2月24日の国境で停戦するのは、多大な犠牲の上にロシアを押し戻す状況が見えてきたウクライナにとって耐えられない条件だろう)。ロシアが、侵攻は失敗で、2度としたくないと認識することである。

 そもそもウクライナが2022年2月24日に侵入されたのは、ロシアが2014年、東部2州の一部とクリミア半島を簡単に奪うことができたからである。戦う決意を見くびられると、戦争のリスクが高まるという典型的な例だろう。
 プーチンは、首都キーウを数日で掌握し、数週間でウクライナ全土を占領するつもりだったのだろう。

⚫︎満洲事変の成功で日本も中国をみくびった
 戦前の日本が中国への侵略を拡大したのも、あまりにも簡単に満洲事変で勝利できたからである。
 満洲には、軍閥、張学良の東北軍の正規軍が26.8万人いたが、1931年9月、日本軍は兵力1万400人で東北軍を敗走させ、満洲を占領、32年3月には傀儡国家、満洲国を成立させた(張学良の軍隊の規模については諸説あり)。
 ただし、事変の終結までには2万人に増強され、治安粛清のためには3、4万人の軍隊が必要だったという(青江舜二郎『石原莞爾』195頁など、中公文庫、1992年)。

 陸軍は、「"満洲"は一個師団[1万〜2万人程度の規模の軍隊]で5カ月で勝ったから、シナは3個師団、3カ月で勝てる」と考えて日中戦争を始めたという(青江前掲書、196頁、山口重次の証言)。簡単に勝てると考えて始めたのだが、中国のナショナリズムが勃興し、日本は負けていないのだが勝てない、という状況に追い込まれた。

 ロシアが、ウクライナのナショナリズムを軽視し、勝てない戦争になったのと似ているだろう。

⚫︎ウクライナの経済発展を実現する
 ロシアは「全土占領はできない」と理解したが、嫌がらせはいくらでもできる。たまにミサイルを飛ばして、ウクライナの都市や主要鉄道や道路や港湾や発電施設を攻撃するだけで、ウクライナに投資する企業はなくなってしまう。

 ロシアと戦って、勝てないまでも手こずらせたウクライナが、幸せな国になることは許せないというのがロシアの本音である。バルト3国もポーランドも幸せな国になった。それは許せない、というのである。ウクライナは、何と嫌な国に目を付けられてしまったのだろうか。
 プーチンの言うロシア民族の一体性とは、同じロシア民族の中で、自由で豊かで幸福な国が生まれるのは許せない、ということなのだ。スラブ民族は皆ロシアのように独裁者に支配され、不自由で貧しく不幸であるべきだというのだろう。

 しかし、ウクライナが経済発展を実現するいくつかの方法がある。
1つは、NATOに加盟することである。NATOに加盟することは、ウクライナへの攻撃は米英独仏を含む全加盟国への攻撃と見なすということである。ロシアもそう簡単には手を出せない。
 あるいは、ロシアがウクライナを攻撃すれば、今まで以上に経済制裁を科し、ロシアの損失を大きくすることである。それができないのであれば、ロシアの攻撃によってウクライナに投資した企業が損害を被れば、国際的に補償する基金をつくることである。

⚫︎ロシアにマイナスのインパクトを与える
 ロシアに対する西側諸国の経済制裁はあまり効果を上げていないのではないか、という議論がある。経済制裁とは、ロシアと西側諸国との貿易を制限することだが、そもそも、お互いに利益があるからこそ貿易をしていたわけで、これを制限すれば当然に相互に利益が減少する。ロシア経済の損害に比べて、西側諸国の損害が意外と大きい場合もありうる。

 しかし、ロシアは単独でこの損害を引き受けなければならないが、西側諸国は全体で損害を引き受ければよい。したがって、損害の額が同じでも、ロシアに対するマイナスのインパクトは大きくなるはずである。十分な情報はないが、そのような結果になっていると思われる。

 ただし,天然ガスのように代替供給を得るのが難しく,経済のすべてに関連するような財の場合には,西側の損害が大きくなるかもしれない。その場合は,ロシアから天然ガスを輸入した国は,ウクライナに追加的に武器援助をすることを義務付けるのがよいかもしれない。

 戦争が終われば、戦後復興が必要となる。経済復興も、自由と民主主義の方法ですることが効果的である。自由と民主主義は汚職を抑え、政府の説明責任を高めて効率的な政府をつくることができる。
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