京都府 相楽郡笠置町笠置 笠置寺の石造美術(その3)
笠置寺から谷を隔てた尾根に墓地があり、その一番奥まったところに位置する貞慶上人の廟とされる場所にある五輪塔については既に紹介した(2009年12月29日記事参照)が、今回はその五輪塔のある一画に通じる入口に建っている大型の笠箱仏(石仏龕)に注目したい。ほんの数年前までは無残な倒壊状態にあったのを記憶しているが、最近立て直され再び旧状に復されたようで喜ばしい。総花崗岩製。現状地上総高は約185cm。四面切り離しの台石は幅約83cm、奥行き約57cm、下端は埋まって確認できないが現状高約23cm。この台石が本来のものかどうかは定かではないが、大きさの均衡はだいたいとれているように思う。軸部は縦長の箱型で、高さ約135cm、幅は下端近くで約64cm、上端付近で約60cm、奥行きは下端付近で約37cm、上部で約35cmと安定を図るためかやや下方を大きく作ってある。背面と側面も概ね平らで直線的に彫成されているが、細かく叩いた正面に比べると側面はノミ痕が残り、背面はさらに仕上げが粗いように見える。向かって右側の背面の隅の上部は大きく欠損している。正面は周縁部を枠取りして長方形に彫り沈め、内に蓮華座に立つ地蔵菩薩を厚肉彫りしている。古式の箱仏に多いとされる枠取り四隅の隅切は認められない。枠取りの幅は上部で約11.5cm、下方で約9cm、左右の幅約8.5cmの上方に比べて下端付近では約1㎝程広い。彫り沈めの深さは約13cmあり、像容の厚みは面部で約11.5cmある。蓮華座は幅約38cm、高さ約8cm。蓮弁は正面一葉の左右に三葉づつ七葉のやや縦長の素面の単弁で、弁の立ち上がりは外反せずにほぼ垂直になる。地蔵菩薩は像高約96cm、均整のとれたプロポーションで、持物は、右手に錫杖、左掌に如意宝珠を載せる通有のもの。面相部も保存がよく、やや面長で頬から顎、三道にかけてはふくよかな曲面を示し、少し厚ぼったい瞼と切れ長の眼が印象的な眉目秀麗なお顔立ちである。体躯の肉取りや衲衣の襞などには写実性が感じられ図案化したようなところは認められない。むろん素材の特性から木彫には比ぶべくもないが、まずまずの出来映えといえよう。袖裾は脛の辺りでとどまり、下端は蓮華座まで達しない。裳裾からのぞく足先は前を向いている。撫肩で少し両肘の張った外側線の感じは、大和の東山内に散在する鎌倉中期の地蔵石仏に相通ずるものがあるように思う。また、笠石が残っている点は貴重で、幅約99.5cm、奥行き約79cmの平面長方形で、高さは約23cm、全体に低平で軒の出が大きい。屋根は四注に稜を設けた宝形造を呈し、頂部には幅、奥行きとも15.5cm、高さ約5cmの露盤を作り出し、露盤上面には径約10cm、深さ約6cmの丸い枘穴がある。ここに別石の請花宝珠があったものと思われるが現在は亡失している。(倒壊前の古い写真には宝珠を欠いた請花らしいものが写っているが現在は見当たらない。)軒口はほぼ垂直に切って中央、隅とも厚さ約6cmとどちらかというと薄い。隅に偏った軒反は緩く温和で、力強さはあまり感じられない。笠裏は素面で垂木型は認められない。軸部と笠石の接合面のわずかな隙間を覗いて観察すると、軸部上端面に枘があって笠裏中央の枘穴にはめ込んでいるようである。(以前、倒壊状態であった時に観察できたはずであるが失念、撮影した写真データも紛れてしまってすぐには出てこないのは遺憾。)
刻銘は認められないが、造立時期は鎌倉時代末頃と考えられている。あるいはもう少し降る可能性があるかもしれないが、概ね14世紀中葉頃と考えて大過はないだろう。この種の箱仏(石仏龕)としては作風表現が傑出した大型の優品で、保存状態も良好。箱仏を考えるうえで一見の価値があるといえよう。なお、この石仏の背後にも保存状態の良い室町時代の阿弥陀立像の箱仏2体と地蔵と阿弥陀の双体仏(双仏石)1体がある。
こうした箱仏は大和に多く、奈良との地理的な近さと交通経路、あるいは笠置寺と東大寺や興福寺との密接な関係などを考慮に入れれば、かつて川勝政太郎博士が唱えられたごとく、少なくとも石造物を見る限りにおいて、当尾などと同様、現在は京都府にあるこの地が大和の文化圏に属していたと考えることができよう。
写真左下:笠石頂部の露盤と枘穴、右下:左側の大きいのが本題の地蔵石仏龕の後姿で、その背後に三体の箱仏がある。中央の箱仏は寄棟の笠石が残る阿弥陀像で高さ約96㎝。このほかにも墓地には中世に遡る多数の石造物が残る。
参考:山本寛二郎 『南山城の石仏』上
望月友善編 『日本の石仏』4近畿扁
文中法量値はコンベクスによる実地略測値ですので多少の誤差はご容赦ください。「笠置寺の石造美術」と題するこのシリーズも一昨年末以来、長らくの放置状態で、久しぶりの(その3)になります。これは全く小生の怠慢によるものであります。引き続きこのシリーズは続けていくつもりでおりますが、完結のめどは立ってません。次回(その4)の紹介記事UPも、もうしばらくかかりそうですのでどうか御寛恕願わしゅう。今回は参考図書を記載させていただきました。