6月15日に放送された、NHK「ヒューマニエンスクエスト」は、イヌの言語能力や社会性についての興味深い特集でした。
そのなかで、このジャンルの権威でもある麻布大学の菊水健史教授は、イヌが目の表情を豊かにし、上目遣いをする時に動かす筋肉として、眼輪筋につい
て、祖先のオオカミには存在していなかったのが、イヌがヒトと一緒に生活するようになってから獲得したものと語っていました。それは2019年に発表さ
れた、ポーツマス大学のジュリアン・カミンスキーらの研究[Kaminski et al. 2019]に依拠するものと思われます。
しかし、以前のブログ「オオカミにないイヌの眼輪筋の進化」で紹介したように、この研究が明らかにしたのは、眼輪筋がオオカミにはなくてイヌにはあった
ということではなく、眼輪筋はオオカミにもイヌにもどの種にも例外なくあって、イヌはさらにそこから目の周りに新しい2つの筋肉、「内側眼角挙筋」
(LAOM)と「外側眼角後引筋」(RAOL)を独立させて、これが目の表情を豊かにし、ヒトとの親密なコミュニケーションを可能にしたということでし
た。オオカミにはなくてイヌにあるのは、眼輪筋ではなく、眼輪筋の外側に眼輪筋から独立した「内側眼角挙筋」(LAOM)と「外側眼角後引筋」
(RAOL)なのです。下図のように、イヌにもオオカミにも、しっかりと目の周りを取り巻く筋肉、眼輪筋の存在が描かれています。
眼輪筋は、両生類のカエルにすら存在する、進化の歴史の古い代物です。もっとも、カエルでは眼球底が口蓋部に張り出している関係上、眼輪筋が嚥下
にも関与し、目を閉じることで嚥下筋を動かし、食塊を食道にまで送り込みます。どうりでカエルは餌を食べながら(呑み込みながら)、よく目をつぶる
のですね。しかしここに、眼輪筋を司る顔面神経と、嚥下筋を司る舌咽神経・迷走神経との直接的な関連を見て取ることもできます。