もうみんな知ってるだろうが。
俺は池上彰が嫌いである。
信頼失う新聞・テレビは滅ぶのか 池上彰さんが「楽観できない」と語る理由
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170415-00010001-bfj-pol
基本的に、こいつの言うことが正しいように聞こえようとも、こいつの話を聞いていると、嫌な気持ちになる。
それは、そこはかとなく悪意を感じるからである。
今回の記事もそう。新聞、テレビが信頼を失っているのは、確かに正しいし、池上彰の言うように、「楽観はできない」だろう。
で、タイトルの通り、池上彰はその理由を語っているのだけど。
ちなみに。語り手は古田大輔。元朝日新聞記者である。
そして、池上彰は元NHK記者…。

古田氏は、池上彰と自分を「対照的」つまり正反対のキャリアだと言うが。
何が正反対なのか。どこが正反対なのか。例えば古田氏が元産経新聞記者だと言えば、俺はなんの説明もなくとも、古田氏と池上彰は正反対なんだなと納得できるのだけど。俺からすれば彼らは同族である。しかも反日左派の。
まあ、そこは置いといて。池上彰の「理由」とやらを引用してみようか。
概ね、こんな感じだろうか。
言ってる事はあながち間違っていないように感じると思う。
つまり、いつも俺が言ってる事に近いのだ。「ニュースは基本的に嘘をつかない」ここは同じ。俺の場合、この後に、「ただしニュースは自分たちに不都合な情報は流さない」と続く。池上彰は「ただしニュースは知りたくない事でも伝えなければならない事は伝える」と続くのである。
限られたワクの中、伝えたい事を前面に押し出すので、伝えきれない部分が出てきてしまうのだと。そして、ネットはその、伝えきれていない部分を強調し、さもメディアが情報を隠しているかのような印象を与えているのだと言っているのだ。
ああ。俺嫌いやわこのオッサン。
まあ、ある種の信念を持つ人がいうこの手の言葉ってのは、もうどうしようもないと思う。だって多分自分たちにとってその言葉は正しいのだもの。正しいか否かなんて、その人の主観だし、だから間違えようもないもの。
でもね。
俺は思うのである。果たして日本のメディアが、現在著しく信用を失いつつあるのは、本当にそれだけなのかと。
【産経】内閣府、朝日記事を否定 ホームページの「朝鮮人虐殺」削除報道、抗議も検討
http://www.sankei.com/politics/news/170420/plt1704200003-n1.html
この産経の記事は、先日の朝日の誤報についての記事である。
朝日の取材はお粗末なもので、嘘丸出しであった。これぞまさにフェイクニュースである。ちなみに、冒頭の池上彰との対談記事にも、フェイクニュースの定義が紹介されている。それも引用してみる。
な?朝日の記事はフェイクニュースであろう。
なんせぱっと見クオリティペーパーなのである。朝日新聞は。
朝日や変態(毎日)は、慰安婦問題やWAIWAI事件に代表される、悪意あるフェイクニュースを打ち出してきた。そしてそのたび、日本人は己の知らぬところで明確な不利益と悪意にさらされてきた。
日本のメディアの信用が失墜しているのは、「バカがネットを信じるから」ではない。「今までついてた嘘がバレたから」である。
ところで。
池上彰の対談記事のタイトルは、「新聞、テレビは滅ぶか。楽観はできない」といった感じだが。俺は新聞もテレビも滅びないと思う。そこはそれ、情報発信元の強みである。ネットの記事の大半は、メディアの情報からの考察なのだから。
池上彰は、ネットとメディア、双方を叩いているように見せかけて、バランスをとっているようにごまかしているのである。
あーやだやだ。俺このオッサン嫌い。

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俺は池上彰が嫌いである。
信頼失う新聞・テレビは滅ぶのか 池上彰さんが「楽観できない」と語る理由
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170415-00010001-bfj-pol
基本的に、こいつの言うことが正しいように聞こえようとも、こいつの話を聞いていると、嫌な気持ちになる。
それは、そこはかとなく悪意を感じるからである。
今回の記事もそう。新聞、テレビが信頼を失っているのは、確かに正しいし、池上彰の言うように、「楽観はできない」だろう。
で、タイトルの通り、池上彰はその理由を語っているのだけど。
ちなみに。語り手は古田大輔。元朝日新聞記者である。
そして、池上彰は元NHK記者…。

対照的なキャリアだが、問題意識は一致する。
古田氏は、池上彰と自分を「対照的」つまり正反対のキャリアだと言うが。
何が正反対なのか。どこが正反対なのか。例えば古田氏が元産経新聞記者だと言えば、俺はなんの説明もなくとも、古田氏と池上彰は正反対なんだなと納得できるのだけど。俺からすれば彼らは同族である。しかも反日左派の。
まあ、そこは置いといて。池上彰の「理由」とやらを引用してみようか。
「いまの10~20代はそもそも新聞を読まず、ネットのニュースしか読んでいない。ネットを見れば『新聞は嘘をついている』とか『マスゴミ』だとか書かれており、実態を知らないまま不信感を持つ。だから、アメリカで起きたことは日本でもやがて起きるでしょう」
「ニュースに関しては、知りたくないことでも、伝えなければいけないことは伝えるという風にやってきた。そこが信用された」
「ネットには新聞やテレビで報じられていないことが出る。『大新聞やテレビ局が報じない真実』という、昔の週刊誌のような見出しで。『ネットにしか出ていない。本当はこうだったんだ。新聞やテレビは隠している』という誤解が広がり、ネットの方が信頼できると感じる人が増える」
「ニュースに関しては、知りたくないことでも、伝えなければいけないことは伝えるという風にやってきた。そこが信用された」
「ネットには新聞やテレビで報じられていないことが出る。『大新聞やテレビ局が報じない真実』という、昔の週刊誌のような見出しで。『ネットにしか出ていない。本当はこうだったんだ。新聞やテレビは隠している』という誤解が広がり、ネットの方が信頼できると感じる人が増える」
概ね、こんな感じだろうか。
言ってる事はあながち間違っていないように感じると思う。
つまり、いつも俺が言ってる事に近いのだ。「ニュースは基本的に嘘をつかない」ここは同じ。俺の場合、この後に、「ただしニュースは自分たちに不都合な情報は流さない」と続く。池上彰は「ただしニュースは知りたくない事でも伝えなければならない事は伝える」と続くのである。
限られたワクの中、伝えたい事を前面に押し出すので、伝えきれない部分が出てきてしまうのだと。そして、ネットはその、伝えきれていない部分を強調し、さもメディアが情報を隠しているかのような印象を与えているのだと言っているのだ。
ああ。俺嫌いやわこのオッサン。
まあ、ある種の信念を持つ人がいうこの手の言葉ってのは、もうどうしようもないと思う。だって多分自分たちにとってその言葉は正しいのだもの。正しいか否かなんて、その人の主観だし、だから間違えようもないもの。
でもね。
俺は思うのである。果たして日本のメディアが、現在著しく信用を失いつつあるのは、本当にそれだけなのかと。
【産経】内閣府、朝日記事を否定 ホームページの「朝鮮人虐殺」削除報道、抗議も検討
http://www.sankei.com/politics/news/170420/plt1704200003-n1.html
この産経の記事は、先日の朝日の誤報についての記事である。
朝日の取材はお粗末なもので、嘘丸出しであった。これぞまさにフェイクニュースである。ちなみに、冒頭の池上彰との対談記事にも、フェイクニュースの定義が紹介されている。それも引用してみる。
フェイクニュースとは、まるで本当のニュースのように装ったデマ情報だ。金銭的な利益や、政治的に有利な立場を得るために、デタラメをニュースのように仕立てる。パッと見は普通のニュースサイトで、信じてしまう人は驚くほど多い。
な?朝日の記事はフェイクニュースであろう。
なんせぱっと見クオリティペーパーなのである。朝日新聞は。
朝日や変態(毎日)は、慰安婦問題やWAIWAI事件に代表される、悪意あるフェイクニュースを打ち出してきた。そしてそのたび、日本人は己の知らぬところで明確な不利益と悪意にさらされてきた。
日本のメディアの信用が失墜しているのは、「バカがネットを信じるから」ではない。「今までついてた嘘がバレたから」である。
ところで。
池上彰の対談記事のタイトルは、「新聞、テレビは滅ぶか。楽観はできない」といった感じだが。俺は新聞もテレビも滅びないと思う。そこはそれ、情報発信元の強みである。ネットの記事の大半は、メディアの情報からの考察なのだから。
池上彰は、ネットとメディア、双方を叩いているように見せかけて、バランスをとっているようにごまかしているのである。
あーやだやだ。俺このオッサン嫌い。

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