第1 書誌情報
1 事件番号平30(行ケ)10130号
2 判決日:平成31年4月12日
3 裁判体:1部
高部眞規子
杉浦正樹
片瀬亮
第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件は、拒絶査定不服不成立審判の取消を求めるものである。
2 発明の内容
巻回されるトイレットペーパーの引き出し向きを示す識別子が内側面に設けられている,トイレットロールの芯。
3 相違点等
3-1 相違点
識別子が,本願発明では,「巻回されるトイレットペーパーの引き出し向きを示す」ものであるのに対し,引用発明では,「トイレットペーパーの左右が判り,それ故に上下の確認がとれ,トイレ等内においてペーパーホルダーにそう入する際に簡単に上下の判別ができ得る」ものである点。
3-2 本件審決が認定した周知技術等
3-2-1 周知技術
本件審決は,周知例1ないし3から,以下の周知技術を認定した。
トイレットペーパー(トイレットロール)に,その引き出し向きを示す印を設けること
3-2-2 技術事項
本件審決は,甲7文献から,以下の技術事項を認定した。
フィルムを紙の芯に巻き,巻かれたフィルムの最外周部が張り付いた場合に,フィルムがどちらの方向に巻かれているのか容易に識別することができるようにするために,紙の芯の内側面の端部に巻き方向表示標識40B(「巻き方向」の文字及び矢印等(図形や記号))を設けること,すなわち,芯に巻かれている方向を示す印を設けること
4 検討する争点
相違点に係る容易想到性の判断の誤り
第3 判旨
1 動機付けの有無
1-1 周知技術の認定
本願優先日当時,「トイレットロールのペーパーに引き出し向きを示す印(識別子)を設けること」は,周知技術であったと認められる。
1-2 引用発明において相違点に係る構成を採用する動機付け
1-2-1 動機付け基礎付け事由
(ア) 引用発明における示唆があること
引用発明は,芯Sに入れた「印M」によって,「ペーパーホルダーにそう入する際に簡単に上下の判別ができ得るように」したものであり,その際,「印M」との相関関係から,引き出し向きの上下を確定するというものである。
したがって,引用発明には,「ペーパーホルダーにそう入する際に簡単に上下の判別ができ得るように」,引用発明の識別子(印M)を適宜設計変更することについて示唆があるといえる。
(イ)技術分野の関連性
そして,引用発明及び周知技術は,いずれもトイレットロールに関するものであるから技術分野が関連する。
(ウ)課題の共通性
引用発明は「ペーパーホルダーにそう入する際に簡単に上下の判別ができ得る」ことを課題とするものである。一方,周知例1は「ペーパーの引き出し方向が視認できるように」する技術,周知例2は「回転方向やテール端部端縁側の自由部分の位置を視認しやすく」する技術,周知例3は「トイレットロールの巻方向や上下方向が判るように」する技術である。したがって,引用発明と周知技術の課題は共通する。
(エ)作用機能の共通性
さらに,引用発明の「印M」は,トイレットロールをホルダーに取り付けた場合における引き出し向きが上下いずれになるかについて,相関関係を示す限度ではあるものの,「上下の判別ができ得るように」入れられたものである。一方,周知技術の「印(識別子)」は,ペーパーの引き出し向きを示すものである。したがって,引用発明の「印M」及び周知技術の「印(識別子)」の作用・機能は共通する点を含む。
1-2-2 小括
よって,当業者は,「ペーパーホルダーにそう入する際に簡単に上下の判別ができ得るように」,引用発明の識別子(印M)を適宜設計変更するに当たり,周知技術を前提とすれば,相違点に係る構成を採用することを動機付けられるというべきである。
2 解決済みの課題論について
原告は,引用発明から引き出し向きを判別できるとすれば,引用発明はそのままで十分に機能し,それ以上の改良をしようとする動機は生じない旨主張する。
しかし,引用発明は,トイレットロールをホルダーに取り付けた場合における引き出し向きが上下いずれになるかについて,「印M」との相関関係から確定できるというものである。「ペーパーホルダーにそう入する際に簡単に上下の判別ができ得る」ようにするという引用発明の課題の解決に当たり,引き出し向きが上下いずれになるかについて,客観的に確定できるような構成へと改良しようとする動機が生じることは否定されるものではない。
そもそも,引用発明が十分に機能することをもって,当業者には引用発明を改良しようとする動機が生じないといえるものでもない。
したがって,引用発明を改良する動機が生じないとする原告の主張は,採用できない。
第4 検討
1 動機付け基礎付け事由
本判決においては、動機付け基礎付け事由として5つが指摘されている。いずれも単独でも動機付け基礎付け事由として十分なものであるが、本判決は、納得性を高める観点から、全ての事由を摘示したものと推測される。
2 解決済みの課題論について
本判決は、原告の「引用発明から引き出し向きを判別できるとすれば,引用発明はそのままで十分に機能し,それ以上の改良をしようとする動機は生じない」旨の主張に対し、引用発明は、相関関係の限度において、上下判別が可能となるものであり、「ペーパーホルダーにそう入する際に簡単に上下の判別ができ得る」ようにするという引用発明の課題の解決に当たり,引き出し向きが上下いずれになるかについて,客観的に確定できるような構成へと改良しようとする動機が生じることは否定されるものではないと判断している。近時、主引用発明に対する副引用発明等の適用については、当業者が主引用発明の課題を解決しようとしていることを前提として、主引用発明においては、主引用発明の課題は解決済みであるから、重ねて副引用発明等を適用する動機付けは形成されないと判断する一群の裁判例がある(以下「解決済みの課題論」)。本判決は、引用発明における課題の解決に改良の余地があると当業者が認識できる場合において、解決済みの課題論が適用されないことを示したものとして意義がある。
解決済みの課題論とその例外を意識すれば、主引用発明の課題及び構成を出発点として無効論を組み立てる場合には、出願時における当業者の視点から、課題の解決が不十分であり改良の余地があることを示す必要があり、逆に、敢えて、そのような主引用発明を選択する必要があることに留意するべきである。
なお、本件に関しては、引用発明における「示唆」は、結局、改良の余地を示していることと等価ではないかとの疑問もある。
以上