知的財産研究室

弁護士高橋淳のブロクです。最高裁HPに掲載される最新判例等の知財に関する話題を取り上げます。

弾塑性履歴型ダンパ事件判決

2021-09-08 12:19:51 | 審決取消請求事件

第1 書誌情報

1 令 和2年10月21日

2 令和元年(行ケ)第10161号

3 知財高裁第2部

4 弾塑性履歴型ダンパ事件判決

 

第2 事案の概要等

1 事案の概要

本件は,発明の名称を「弾塑性履歴型ダンパ」とする本願発明についての拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟であり,争点は,独立特許要件違反(進歩性欠如)の有無である。

 

2 本件補正発明の内容

「建物及び/又は建造物に適用可能で,想定される入力方向に対して機能する向きに設置される弾塑性履歴型ダンパであって,互いの向きが異なる二つの剪断部が,当該ダンパの端部を成す連結部を介して一連に設けられ,上記ダンパを囲繞する空間が,二つの該剪断部の間の空間に一連であって,上記想定される入力方向に対し,二つの上記剪断部の面内方向が傾斜するように上記剪断部が設置され,上記剪断部は,外部からの一定以上の入力時に弾塑性的に面外方向を含む方向に変形してエネルギー吸収することを特徴とする弾塑性履歴型ダンパ」

 

3 引用発明

3-1 引用発明1-1及び1-2

特開2000-73603号公報(以下「引用文献1」)には,「引用発明1-1」及び「引用発明1-2」)が記載されており、両者を併せて「引用発明1」という。

 

3ー2 引用発明2

特開2011-64028号公報(以下「引用文献2」)には,以下の発明(以下「引用発明2」)が記載されている。

 

4 相違点

4-1 相違点4

「本件補正発明では,『想定される入力方向に対して機能する向きに設置される』弾塑性履歴型ダンパにおいて,『二つの剪断部が,当該ダンパの端部を成す連結部』で連結され,『ダンパを囲繞する空間が,二つの該剪断部の間の空間に一連』であり,剪断部が,『想定される入力方向に対し,二つの上記剪断部の面内方向が傾斜するように上記剪断部が設置され』るのに対し,引用発明1-2では,上下のエンドプレート32間に設けられた4枚の極低降伏点鋼製パネル54からなる極低降伏点鋼製パネル部52が,平面視した場合の断面が中空の矩形となる四角柱状に形成され,四角柱の隣接する二つの側面を構成する2枚の極低降伏点鋼製パネル5の間の空間は,四角柱の残る2側面を構成する他の2枚の極低降伏点鋼製パネル54によって閉鎖されており,『ダンパを囲繞する空間』と『一連』ではなく,上記極低降伏点鋼製パネル54が,それら震動をX成分とY成分とに分担して塑性変形し,これにより水平面における全方向についての震動エネルギを吸収するものであること」

 

4-2 相違点1

「本件補正発明では,『想定される入力方向に対して機能する向きに設置される』弾塑性履歴型ダンパにおいて,『二つの剪断部が,当該ダンパの端部を成す連結部』で連結され,剪断部が,『想定される入力方向に対し,二つの上記剪断部の面内方向が傾斜するように上記剪断部が設置され』るものであるのに対し,引用発明1-1では,上下のエンドプレート32間に設けられた2枚の極低降伏点鋼製パネル34は,平面視した場合に断面が互いに直交する十字状であり,『連結部』が『ダンパの端部』を成しておらず,水平方向の全方向からの震動について,互いに直交するように配置された極低降伏点鋼製パネル34が,それら震動をX成分とY成分とに分担して塑性変形し,これにより水平面における全方向についての震動エネルギを吸収するものであること」

 

第3 主たる争点

1 相違点4に関する容易相当性判断

2 相違点1に関する容易相当性判断

 

第4 判旨

本判決は,概ね、以下のとおり判示して,本件補正発明の進歩性を否定した審決を取り消した。

1 取消事由1:相違点4の容易想到性

引用発明2の略L字状に配置された二つの剪断パネル型ダンパー90の各パネル部は,端部で連結されていないことが認められる。

引用発明1-2においては,各側面のパネルはすべて端部で隣接するパネルと連結されているが,引用発明1-2のこの構成に代えて,引用発明1-2に,二つの剪断パネル型ダンパー90のパネル部を,端部を連結することなく,略L字状に配置するという引用発明2の上記構成を適用して,ダンパの断面形状をL字状とするなど2枚のパネルを端部で連結する構成とすることの動機付けは認められない。

引用文献3及び4の記載によると,塑性変形する部材を用いて震動を吸収するダンパー部材において,塑性変形する部材の降伏強度を調整するなどの目的で,穴又はスリットを設けることは,周知技術であることが認められるが,引用発明1-2にこの周知技術を適用したとしても,ダンパを囲繞する空間と一連とはなるが,ダンパの断面形状をL字状とするなど2枚のパネルを端部で連結する構成となるものではない。

以上からすると,その余の点について判断するまでもなく,引用発明1-2に基づいて本件補正発明を容易に発明することができたとは認められない。

 

2 取消事由2:相違点1の容易相当性

引用発明2の略L字状に配置された二つの剪断パネル型ダンパー90の各パネル部は,端部で連結されていない。

引用発明1-1においては,2枚のパネルは中央部分で連結しているが,パネルを中央部分で連結させるという引用発明1-1の構成に代えて,引用発明1-1に,二つの剪断パネル型ダンパー90の各パネル部を,端部を連結することなく略L字状に配置するという引用発明2の上記構成を適用して,ダンパの断面形状をL字状とするなど2枚のパネルを端部で連結する構成とすることの動機付けは認められない。

 

3 小括

以上からすると,その余の点について判断するまでもなく,引用発明1-1に基づいて本件補正発明を容易に発明することができたとは認められない。

 

第5 検討

本件においては、審決及び被告の主張が、何を以て「動機付け基礎付け事由」と位置づけているのかが判然としない。例えば、被告は、「上下のエンドプレート32間」に複数の方向の震動成分を分担して吸収する複数枚の極低降伏点鋼製パネルを設ける場合について,「L字状」や「T字状」の配置を積極的に排除しているものでもない」と述べているが、これは、阻害事由がないという主張であり、「動機付け基礎付け事由」の主張とはいえない。また、被告は、塑性変形する部材を用いて震動を吸収するダンパー部材において,塑性変形する部材の降伏強度を調整するなどの目的で,穴又はスリットを設けることは,周知技術である旨主張しているが、周知技術の適用に際しては、慣用技術とは異なり、動機付け基礎付け事由の主張立証が必要であるにもかかわらず、判決文を見る限り、この点の主張立証はなかったようである。

本件においては、進歩性判断の体系化が未整備であることが審決の誤りの遠因であったと推測される。

以上