第1 書誌情報
名称:ガスセンサ事件判決
判決日:令和元年10月30日
事件番号:平成30年(行ケ)第10092号
種類:審決取消請求事件
第2 内容
1 事案の概要等
1-1 事案の概要
本件は、無効請求不成立審決に対する取消訴訟である。
1-2 本件訂正発明
1-2-1 クレーム
【請求項1】多気筒の内燃機関に用いられるガスセンサであって,/被測定ガス中の特定ガス濃度を検出するセンサ素子(2)と,/該センサ素子(2)を内側に挿通して保持するハウジング(13)と,/該ハウジング(13)の軸方向先端側(X1)に配設された素子カバー(3)とを備え,/上記センサ素子(2)の先端部(201)には,その内部に被測定ガスを導入するためのガス導入部(271)が設けられており,/上記素子カバー(3)は,上記センサ素子(2)の先端部(201)を覆うように配設されたインナカバー(4)と,該インナカバー(4)の外側に配設されたアウタカバー(5)とを有し,/該アウタカバー(5)には,該アウタカバー(5)内に被測定ガスを導入するためのアウタ導入開口部(52)が設けられており,/上記インナカバー(4)には,該インナカバー(4)内に上記センサ素子(2)の上記ガス導入部(271)に到達させる被測定ガスを導入するためのインナ導入開口部(42)と,インナ排出開口部(43)が設けられており,/上記センサ素子(2)の上記ガス導入部(271)の軸方向中間位置(C1)は,上記インナカバー(4)の上記インナ導入開口部(42)の軸方向基端位置(D1)よりも軸方向基端側(X2)にあり,/上記センサ素子(2)の軸方向先端位置(C3)は,上記インナカバー(4)の上記インナ導入開口部(42)の軸方向基端位置(D1)よりも軸方向先端側(X1)にあり,/上記アウタカバー(5)の上記アウタ導入開口部(52)の軸方向先端位置(E1)は,上記インナカバー(4)の上記インナ導入開口部(42)の軸方向基端位置(D1)よりも軸方向基端側(X2)にあり,/上記インナ導入開口部(42)から上記インナカバー(4)内に導入された被測定ガスが,まず,軸方向基端側(X2)へ向かって流れ,その後,上記インナ導入開口部(42)より軸方向先端側(X1)に設けられた上記インナ排出開口部(43)に向けて流れるように構成されていることを特徴とするガスセンサ(1)。
1-2-2 本件訂正発明の課題及び効果等
本件発明は,被測定ガス中の特定ガス濃度を検出するためのガスセンサに関するものである。(【0001】)
多気筒の内燃機関では,気筒間の燃料噴射量のばらつき等により,気筒間において空燃比のばらつき(気筒間インバランス)が生じるところ,排ガス規制,燃費規制により,内燃機関の気筒間インバランスをガスセンサにおいて精度よく検出し,内燃機関の各気筒の空燃比制御を行うことが求められ,各気筒の空燃比変化に伴うガスセンサの応答性を高めることが必要になり,センサ素子を保護する素子カバーにおいて,センサ素子のガス検出部により多くの被測定ガスを短距離で迅速に到達させることに加え,到達するまでの間に各気筒から順次排気される被測定ガスを混合されにくくすることが不可欠となる。
しかし,従来のガスセンサでは,センサ素子の被水防止に重点が置かれ,気筒間インバランスを検出する応答性が十分でなかった。(【0005】~【0007】)
そこで,本件発明では,センサ素子の先端部を覆うインナカバー(4)に,インナカバー内にセンサ素子の先端部に設けられたガス導入部に到達させる被測定ガスを導入するためのインナ導入開口部(42)(構成G1)を設け,インナカバー内に導入された被測定ガスが,まず,軸方向基端側(X2)へ向かって流れ,その後,インナ導入開口部より軸方向先端側(X1)に設けられたインナ排出開口部(43)からインナカバー外に排出されるように構成する(構成X)とともに,ガス導入部の軸方向中間位置(C1)を,インナ導入開口部の軸方向基端位置(D1)よりも,軸方向基端側(X2)とする構成(構成H)を採用し,被測定ガスがガス導入部に到達するまでの距離を短くして,混合が進む前の被測定ガスの測定を順次行うことができるようにし,もって,気筒間インバランスを検出する応答性に優れたガスセンサを提供し得るようにしたものである。
そして,実施例3において,インナカバーのインナ導入開口部からの軸方向基端位置ガス導入部の軸方向中間位置までの軸方向距離が異なるガスセンサに対して,インバランス応答値を求めたところ,センサ素子のガス導入部の軸方向中間位置がインナカバーのインナ導入開口部からの軸方向基端位置よりも軸方向基端側にあることにより,ガスセンサの応答性を高めることができること,軸方向距離を0.7mm以上,3.0mm以下とすることが好ましいことがわかったとされる。(【0042】)
アウタ導入開口部からアウタカバー内に導入された被測定ガスが,インナ導入開口部からインナカバー内に導入され,センサ素子のガス導入部に到達するという被測定ガスの流れにおいて,インナ導入開口部からインナカバー内に導入された被測定ガスがセンサ素子のガス導入部に到達するまでの距離を短くすることが気筒間インバランスを検出する応答性に寄与する。本件発明は,被測定ガスがインナカバー内に導入される部分であるインナ導入開口部の軸方向基端位置よりも,被測定ガスがセンサ素子の内部に導入される部分であるガス導入部の軸方向中間位置を軸方向基端側とすることにより,インナ導入開口部からインナカバー内に導入された被測定ガスをできるだけ短距離で迅速にセンサ素子のガス導入部に到達させることがきるとともに,被測定ガスを他のインナ導入開口部から流れ込んだ被測定ガスと混合させることなく,センサ素子のガス導入部に到達させることできるとされる。(【0009】~【0014】)
2 検討対象争点
本論考にて検討する争点は、相違点11の容易想到性についての判断である。
相違点11とは、本件訂正発明と引用発明1Bとの相違点であり、具体的には、以下のとおりである。
「センサ素子(2)のガス導入部(271)と,インナカバー(4)のインナ導入開口部(42)との軸方向位置関係について,本件発明1では,(構成H)「上記センサ素子(2)の上記ガス導入部(271)の軸方向中間位置(C1)は,上記インナカバー(4)の上記インナ導入開口部(42)の軸方向基端位置(D1)よりも軸方向基端側(X2)にあ」るのに対し,引用発明1Bでは,この位置関係についての特定がない点」
3 裁判所の判断
3-1 動機付け基礎付け事実の不存在
引用発明1Bは,引用例1の実施例1の構成に,「ガスセンサ素子2の先端位置は,インナカバー41の内側開口部411よりも先端側にあり,インナカバー41における内側径変部413の複数箇所に凹部417を設け,該凹部417の基端を開口させることにより,内側開口部411を形成し,即ち,いわゆるルーバー形状の内側開口部411とし,」との構成を付加するものである。
引用例1に記載された発明は,「ガスセンサ素子の被水割れを防止すると共に応答性に優れたガスセンサを提供」することを目的としてなされたものであること,引用例1には,インナカバー41の内側に導入された被測定ガスの流れ方や,ガス導入部の配置位置により,被測定ガスの混合を防いで応答性を向上させることについて,記載も示唆もないこと,また,引用例1の実施例9では,内側開口部(インナ導入開口部)との関係において,構成Hとは反対側となる位置に被測定ガス側電極(ガス導入部)の軸方向中間位置が位置するものとなり,このような位置関係とすることによって,「応答性に優れたガスセンサとすることができる」旨の記載があること,これらの記載によれば,引用例1においては,本件発明1の構成Hに係る位置関係とすることについては想定されていないことは,前記のとおりであるから,相違点11に係る構成を採用する動機付けはない。
3-2 原告の主張に対する応答
センサ素子の先端部にガス導入部を設けることは,技術常識であり,当業者は,技術常識に従ってガス導入部をセンサ素子の先端部に適宜設けることができる旨主張する。
しかし,ガスセンサにおいて,センサ素子の先端部に,その内部に被測定ガスを導入するためのガス導入部が設けられるとの技術常識を引用発明1Bに適用したとしても,その具体的な位置について直ちに決まるものではなく、引用発明1Bにおいて構成Hの位置関係にすることは想定されていない以上,当業者が,ガス導入部の位置を適宜構成Hの位置にすることができるとはいえないから,相違点11に係る構成を想到することが容易であるとはいえない。
4 コメント
4-1 動機付け基礎付け事実の不存在
まず、本判決が動機付けを否定した理由は、動機付けを基礎付ける事実の不存在であり、具体的には、以下の3点にまとめることができる。
第1は、引用例1に記載された発明は,「ガスセンサ素子の被水割れを防止すると共に応答性に優れたガスセンサを提供」することを目的としてなされたものであること。
第2は、引用例1には,インナカバー41の内側に導入された被測定ガスの流れ方及びガス導入部の配置位置により被測定ガスの混合を防いで応答性を向上させることについて,記載も示唆もないこと。
第3は、引用例1の実施例9では,内側開口部(インナ導入開口部)との関係において,構成Hとは反対側となる位置に被測定ガス側電極(ガス導入部)の軸方向中間位置が位置するものとなり,このような位置関係とすることによって,「応答性に優れたガスセンサとすることができる」旨の記載があること。
そして、本判決は、以上の3点を理由として、「引用発明1Bにおいて構成Hの位置関係にすることは想定されていない」ことを直接の理由として容易想到性を否定している。
当職の進歩性判断モデルによれば、本判決は、結局のところ、動機付けを基礎付ける事実が存在しないことを、目的の相違、引用例の記載及び本件明細書の記載に照らして、多角的な視点から述べたものであり、「引用発明1Bにおいて構成Hの位置関係にすることは想定されていない」という判断は、動機付けを基礎付ける事実が存在しないことを表現していると解される。このように、本判決が、多角的な視点から検討を加えている理由は、納得性を高めるためのものであり、これら3点の理由には強弱があることを認識する必要があろう。
4-2 設計事項といえないこと
本判決は、原告の主張に対する応答として、「ガスセンサにおいて,センサ素子の先端部に,その内部に被測定ガスを導入するためのガス導入部が設けられるとの技術常識を引用発明1Bに適用したとしても,その具体的な位置について直ちに決まるものではなく、引用発明1Bにおいて構成Hの位置関係にすることは想定されていない以上,当業者が,ガス導入部の位置を適宜構成Hの位置にすることができるとはいえない」と述べている。
当職の進歩性判断モデルによれば、本判決は、結局のところ、センサ素子とガス導入部の位置関係は、最適又は好適数値の選択並びに材料の選択とは異なり、当業者が適宜調整して選択するものとはいえない上、当該位置関係が当業者が適宜調整して選択するものであることの的確な証拠を示していないために、当該位置関係の選択が設計事項であるとはいえないと判断したものと整理できる。
以上