知的財産研究室

弁護士高橋淳のブロクです。最高裁HPに掲載される最新判例等の知財に関する話題を取り上げます。

重金属固定化審取

2011-12-16 11:09:29 | 記載要件裁判例

重金属固定化審取

平成22年(行ケ)第10348号 審決取消請求事件

請求棄却

裁判所の判断は18ページ以下。

本件は無効不服審判不成立審決に対して取消を求めるものです。

争点は実施可能性と容易想到性です。

本判決は、まず、「本件特許は、平成7年12月1日出願に係るものであるから、平成14年法律第24号附則2条1項により同法による改正前の特許法(以下「法」という。)36条4項が適用されるところ、同項には、「発明の詳細な説明は、…その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない。」と規定している」と法の適用関係を明らかにした上で、一般論として、「特許制度は、発明を公開する代償として、一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから、明細書には、当該発明の技術的内容を一般に開示する内容を記載しなければならない。法36条4項が上記のとおり規定する趣旨は、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には、発明が公開されていないことに帰し、発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解される。そして、方法の発明における発明の実施とは、その方法の使用をすることをいい(特許法2条3項2号)、物の発明における発明の実施とは、その物を生産、使用等をすることをいうから(同項1号)、方法の発明については、明細書にその方法を使用できるような記載が、物の発明については、その物を製造する方法についての具体的な記載が、それぞれ必要があるが、そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその方法を使用し、又はその物を製造することができるのであれば、上記の実施可能要件を満たすということができる」と述べ、本件に関し、「当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願日当時の技術常識から本件各化合物を入手して、飛灰中の重金属の固定化に使用できるということができるので、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者がその実施をすることができる程度に十分に記載されているものということができる」と判断しました。

さらに、本判決は、容易想到性に関し、「引用発明1は、前記(1)ウに認定のとおり、ジチオカルバメート基等のキレート形成基が重金属と反応するという原理に基づくものであり、引用例1には、前記(1)エ及びオに認定のとおり、本件各化合物に関する具体的な記載がなく、飛灰中の重金属を水不溶性のキレート化合物に転化するジチオカルバミン酸基を有する低分子量の化合物として、ジエチルジチオカルバミン酸のほかには具体的な化合物名が特定されていない。 しかしながら、ジチオカルバミン酸基を有する低分子量の化合物には多種多様なものが含まれるから、このような化合物からなるキレート剤であっても、それが廃棄物等の焼却により発生する飛灰を水やpH調整剤と混練するという環境下で、そこに含まれるやはり多様な物質(例えば、引用例1の表1の1欄参照)の中で鉛等の重金属と錯体を形成し、これを固定化するものであるか否かは、それ自体直ちに予測ができるものではない。また、引用例1に具体的に記載されているジエチルジチオカルバミン酸は、鎖状のアミンにジチオカルバミン酸が結合した化合物であり、環状アミンにジチオカルバミン酸基が結合した本件化合物1及び2とは化学構造が異なる。したがって、引用例1にジエチルジチオカルバミン酸の記載があるからといって、これと化学構造を異にする本件化合物1及び2が飛灰中の重金属を固定化できることを示唆することにはならない。したがって、引用例1には、ジチオカルバミン酸基を有する低分子量の化合物の中から、飛灰中の重金属固定化剤として本件各化合物を想起させるに足りる記載又は示唆があるとはいえず、本件発明1の相違点1に係る構成を採用するに足りる動機付けがないというほかない」と述べ、さらに、「引用例2は、上記のような金属錯体の構造の同定に関する学術論文であって飛灰中の重金属の固定化とは技術分野を異にするものであり、引用例2には、そこに記載の化合物又は本件各化合物が廃棄物等の焼却により生じる飛灰を水やpH調整剤と混練するという環境下で、そこに含まれる多様な物質の中で鉛等の重金属と錯体を形成し、これを固定化するということについては何らの記載も示唆もない。 したがって、引用例2には、これを他の引用例と組み合わせるなどすることで、引用発明1に本件発明1の相違点1に係る構成を採用させるに足りる動機付けがない。」と判断しました。

本判決は、実施可能性要件の一般論について、「方法の発明については、明細書にその方法を使用できるような記載が、物の発明については、その物を製造する方法についての具体的な記載が、それぞれ必要があるが、そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその方法を使用し、又はその物を製造することができるのであれば、上記の実施可能要件を満たすということができる」と明快に述べており、参考になると思われます。


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